ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
第12回『このミステリーがすごい!』大賞大賞受賞作!「週刊新潮」「毎日新聞」「産経新聞」…各紙誌で話題!
大物政治家の孫を誘拐した犯人グループの狙いは何か?国家の威信をかけた空前の捜査が、いま始まる。
第12回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞受賞作。元副総理の孫が誘拐された。日本政府に突きつけられた犯人からの要求は、財政赤字とほぼ同額の1085兆円の支払いか、巨額の財政赤字を招いた責任を公式に謝罪し、具体的再建案を示すかの二択だった─。警視庁は捜査一課特殊犯係を直ちに全国に派遣し、国家の威信をかけた大捜査網を展開させる。やがて捜査陣は、あるブログを見つけるが……。
(宝島社公式HPより)
<感想>
第12回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。
タイトル『一千兆円の身代金』は受賞時タイトル『ボクが9歳で革命家になった理由』を改題したもの。
・第12回「このミステリーがすごい!」大賞が決定!!栄冠は『警視庁捜査二課・郷間彩香 特命指揮官(仮)』と『一千兆円の身代金(仮)』の2作に!!
なお、同回は他に梶永正史先生『警視庁捜査二課・郷間彩香 特命指揮官』も大賞を受賞している。
さて、本作について。
一読した印象では「全体的にかなり諧謔的な作品」だと感じた。
テーマとしては「誘拐事件」を舞台に「財政赤字に対して、その責任の所在と対応について問う」もの。
それは「国民の無関心を弾劾するもの」でもある。
すなわち「日々の生活に追われることを言い訳にして逃げてはならない」との意味もあろう。
これを描くにはテーマがテーマだけに相当の説得力が必要とされる。
さもないとテーマが形骸化してしまうことは明らかである。
これについて成功しているかどうかは本作それ自体を読んで判断して頂きたい。
そんな本作だが、此処からかなり諧謔的な様相を見せる。
まず、これを訴えるのが平岡ナオトを名乗っていた余命幾許も無い伊藤直哉。
ところが、彼自身も日常の中で薄々気にかけつつも行動の機会が無く、死が迫ったから行動する必要に迫られて実行した感じなのである。
当然、「今更感」が生じてその主張には説得力があまり無い。
まるで、去り行く自身の自己アピールの方法の1つとして革命が選択されたかのような印象さえ受けるのだ。
ある種、ファッション的でさえある。
さらに、ナオトが想起した主な弾劾内容が描かれるのが「9歳の革命家」の章になるのだが「9歳の雄真の主張」を借りて語られる為か、この弾劾がどうにも「優等生然とした子供の主張」に留まっており具体性や実効性に欠けるものに終始する。
それは「どこまでも机上の空論」であって「必死さや真に迫るところ」が無い。
これは「9歳でも分かる理屈を、敢えて大人が直視しようとしない」ことを揶揄したものだろうか?
あるいは「その主張の空虚さを演出すること」こそが狙いなのだとしたら、それはこれ以上なく成功しているだろう。
同時に本作では「洗脳の恐怖」を描いたとも言えると思う。
例えば、作中で取り上げられた大きいところでは「国民へのプロパガンダ」などはこの最たるものだろう。
そして、小さいところでは「嘆願ブログ」を目にしナオトにより思想的な調整を施された雄真もそうだろう。
どう読んでも雄真はナオトに共鳴したと言うよりは、思想的な感化を受けて洗脳されたようにしか見えない。
雄真は「汚職疑惑のある人物の孫」との周囲の自身への視線に常日頃から忌避感を抱いており、此処から逃れる為にナオトの思想に依存したのだ。
あくまで雄真が自身の思想を確立出来ていないが故の洗脳である。
此の点、先の「主張の空虚さを演出すること」と併せて「洗脳の恐怖」も描き尽くせている。
ただ、本作ではナオトと雄真の関係を否定的には描かない。
むしろ肯定的に描いており、かなり諧謔的なのだ。
また、誘拐事件の真相についてだがミステリ熟練者にとっては看破することは難しくない。
何しろ、受賞時のあらすじを目にして2013年10月7日に思った内容と実際がそれほど変わらなかった。
とはいえ、本作のメインは此処には無いだろう。
あくまでそれはテーマにこそある筈だ。
此の点も諧謔的である。
・第12回「このミステリーがすごい!」大賞が決定!!栄冠は『警視庁捜査二課・郷間彩香 特命指揮官(仮)』と『一千兆円の身代金(仮)』の2作に!!
かのようになかなか諧謔的な本作、興味のある方は読むべし!!
ちなみにネタバレあらすじはまとめ易いように改変しています。
また、かな〜〜〜りバッサリ省略したり改変していて、あくまで雰囲気を伝えるに留まってます。
正確なところは本作をお読み頂きたく思います。
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
今村敦士:刑事、特殊班SIT所属。
高田寛子:刑事、特殊班SIT所属。
片岡晋太郎:今村の上司。
篠田雄一:雄真の父、医師。
国武:雄真の祖父。元副総理大臣経験者。
平岡ナオト:誘拐事件の首謀者と思われる人物。
篠田雄真:誘拐された被害者。
橋本沙織:雄一と同じ病院で働いていた看護師。
伊藤直哉:???
特殊班SIT所属の刑事・今村敦士と高田寛子のもとに上司の片岡晋太郎からある事件の捜査命令が下る。
それは元副総理大臣・国武の孫である篠田雄真誘拐事件であった。
犯人は「財政赤字とほぼ同額の1085兆円の支払い」か「巨額の財政赤字を招いた責任を公式に謝罪し具体的再建案を示すか」の二択を要求する。
これに対し、片岡たちが捜査を開始。
ネット上にて「嘆願ブログ」なる犯人の要求と良く似た内容を掲載していたサイトを発見。
此処から平岡ナオトなる人物を容疑者として調べ始める。
その一方で、あまりの手際の良さから複数犯が疑われ共犯者探しも開始。
浮上したのは橋本沙織なる看護師、沙織は雄真の父で医師の篠田雄一の部下であった。
雄一は沙織と不倫していたが一方的に捨てており、動機が存在したのだ。
その頃、当の沙織はナオトと連絡を取り合っていた。
沙織は雄一の子供を妊娠していたが、それと知らずに堕胎させられていた。
其処で雄一を恨み、復讐の機会を窺っていたのだ。
もちろん、ナオトの共犯者は彼女である。
そして、共犯者がもう1人。
それは当の雄真本人であった。
今回の誘拐は狂言誘拐だったのだ。
雄真はかねてから祖父や父に疑問を持っており、ナオトの「嘆願ブログ」を目にしその思想に感化されていたのである。
一方、雄一への復讐を企んでいた沙織は雄真に密かに接触し彼が「嘆願ブログ」に影響を受けていることを知った。
其処で彼女自身も「嘆願ブログ」に興味を持ちナオトに近付くことに。
遂にはナオトと肉体関係を持ったことから彼の仲間となり雄真と引き合わせたのである。
その頃のナオトは余命幾許も無い状態ながら国を憂い焦っていた。
そんな彼と直接出会った雄真はナオトの情熱を知り、誘拐計画を持ちかけたのだ。
こうして、前代未聞の誘拐計画が実行に移されたのであった。
沙織を介し捜査の手が迫ったことを悟ったナオトは最終計画を実行に移す。
なんと、自らナイフを振り回し「自分が誘拐犯の平岡ナオトだ!!」と叫びつつ騒ぎを起こしたのだ。
耳目を集めることで脅迫状に対する決断を迫ったのであった。
同時に沙織と雄真を庇ったのだ。
当然、ナオトは捜査員たちに取り囲まれることに。
一方、取調を受けることとなった沙織は事前にナオトに教えられた通り「ナオトに脅迫されて手伝った」と供述。
雄真もまた「事件を無かったこと」にするべく登校したところを保護された。
同じ頃、逃げ場を失ったナオトは捜査員に組み伏せられ自決するのであった。
後日、ナオトの本名が伊藤直哉であることが分かった。
また、ナオトからメディア各社に書面が届けられた。
其処には今回の事件の動機について詳細に描かれていた。
そして、あれほどナオトが庇った雄真と沙織も数々の証拠が出て来たことから共犯であることが露見するのであった―――エンド。
2015年10月20日追記:
土曜プレミアム「一千兆円の身代金 このミス大賞映像化!香取慎吾が誘拐犯!女児誘拐と国を脅迫する劇場型犯罪!傷を抱える少女に仕掛けた驚きの結末とは」(10月17日放送)ネタバレ批評(レビュー)追加しました。
・土曜プレミアム「一千兆円の身代金 このミス大賞映像化!香取慎吾が誘拐犯!女児誘拐と国を脅迫する劇場型犯罪!傷を抱える少女に仕掛けた驚きの結末とは」(10月17日放送)ネタバレ批評(レビュー)
追記終わり
◆「このミステリーがすごい!」関連過去記事
【第13回】
・『女王はかえらない』(降田天著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『いなくなった私へ』(辻堂ゆめ著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
【第11回】
・『生存者ゼロ』(安生正著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
【第10回】
・『弁護士探偵物語 天使の分け前』(法坂一広著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『僕はお父さんを訴えます』(友井羊著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『Sのための覚え書き かごめ荘連続殺人事件』(矢樹純著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『保健室の先生は迷探偵!?』(篠原昌裕著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』(岡崎琢磨著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『公開処刑人 森のくまさん』(堀内公太郎著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
【第9回】
・「完全なる首長竜の日」(乾緑郎著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・「ラブ・ケミストリー」(喜多喜久著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・「ある少女にまつわる殺人の告白」(佐藤青南著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
【第8回】
・「さよならドビュッシー」(中山七里著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『死亡フラグが立ちました!』(七尾与史著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
【第7回】
・「臨床真理」(柚月裕子著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
【第3回】
・『果てしなき渇き』(深町秋生著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
【その他】
・第13回「このミステリーがすごい!」大賞が決定!!栄冠は『女王はかえらない』に輝く!!
・第12回「このミステリーがすごい!」大賞が決定!!栄冠は『警視庁捜査二課・郷間彩香 特命指揮官(仮)』と『一千兆円の身代金(仮)』の2作に!!
・第11回「このミステリーがすごい!」大賞が決定!!栄冠は『生存者ゼロ(仮)』に!!
・第10回「このミステリーがすごい!」大賞が決定!!栄冠は「懲戒弁護士」に
・第9回「このミステリーがすごい!」大賞が決定!!栄冠は「完全なる首長竜の日」に
・2012年(2011年発売)ミステリ書籍ランキングまとめ!!
・2011年ミステリ書籍ランキングまとめ!!
・2010年ミステリ書籍ランキングまとめ!!
◆「このミステリーがすごい!」関連書籍はこちら。