『片桐大三郎とXYZの悲劇』(倉知淳著、文藝春秋社刊)ネタバレ書評(レビュー)です。
ネタバレあります、注意!!<あらすじ>
この一冊で、エラリー・クイーンのX・Y・Zの悲劇≠ノ挑戦!
歌舞伎俳優の家に生まれたものの、若くして映画俳優に転身、世界的な人気を博す名監督の映画や、時代劇テレビシリーズなどに主演し、日本に知らぬものはないほどの大スターとなった片桐大三郎。
しかし古希を過ぎたころ、突然その聴力を失ってしまった――。
役者業は引退したものの、体力、気力ともに未だ充実している大三郎は、その特殊な才能と抜群の知名度を活かし、探偵趣味に邁進する。
あとに続くのは彼の「耳」を務める新卒芸能プロ社員・野々瀬乃枝(通称、のの子)。
スターオーラをまき散らしながら捜査する大三郎の後を追う!
「ドルリー・レーン四部作」を向こうに回した、本格ミステリー四部作をこの一冊で。
殺人、誘拐、盗難、そして……。最高に楽しくてボリューム満点のシリーズ連作。
(文藝春秋社公式HPより)
<感想>
倉知淳先生がドルリー・レーン4部作に真っ向から挑んだ作品。
それが『片桐大三郎とXYZの悲劇』!!
本作については『このミステリーがすごい!2015』(宝島社刊、2014年12月10日発売)でも既に明かされていましたね。
下記のまとめ記事にも記載があります。
・
2015年(2014年発売)ミステリ書籍ランキングまとめ!!そんな倉知先生版ドルリー・レーンの名は片桐大三郎。
往年の銀幕スターにして、今も知らぬ者は居ない大御所です。
具体的なモチーフは故・三船敏郎さんか。
他にも故・黒澤明監督や仲代達矢さんをモチーフとすると思われる人物も登場。
此の点も読者を楽しませます。
ただし、片桐大三郎は聴覚を喪失しています。
此の点もまさにドルリー・レーン。
そんな片桐大三郎の耳となるのは野々瀬乃枝。
本作は“基本”野々瀬乃枝の視点を通じて描かれています。
また、扱われている内容はかなり凶悪な犯罪なんだけど、倉知先生の筆にかかるとそれを感じさせないのが魅力。
それでいて、テーマ性も高いんだよなぁ……。
そんな本作の収録作は次の4篇。
『冬の章 ぎゅうぎゅう詰めの殺意』、『春の章 極めて陽気で呑気な凶器』、『夏の章 途切れ途切れの誘拐』、『秋の章 片桐大三郎最後の季節』。
何故、四季がそれぞれに冠せられているのかは『秋の章』で分かる。
各篇ともにドルリー・レーン4部作を見事に本歌取りしている。
本家の設定を上手く活用して新たな謎とその解を成立させているのだもんなぁ……これは物凄いよ!!
本家4部作を既読の方はネタバレを目にする前に本作を読んでおくべきと断言する。
今ならまだ間に合う、此の先を読む前に回れ右して書店へ駆け込むべき。
あるいは、本記事をさっと飛ばして下部にあるアマゾンさんのリンクから購入するべき。
それくらいオススメの傑作。
2015年に管理人が読んだミステリの中でも間違いなく5本の指に入ると断言しよう。
少なくとも倉知先生ファンならマストの作品だし、ドルリー・レーン4部作を読んでいる場合も読むべき作品。
では、各篇について語って行くぞ!!
此処から『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』『レーン最後の事件』について触れます。
出来る限り本編も含めてネタバレをさけたつもりですがご注意ください!!・『冬の章 ぎゅうぎゅう詰めの殺意』
本家では『Xの悲劇』に該当する作品。
「満員電車の中で毒殺」とのシチュエーションや本家と同じく凶器にニコチンを用いている点が心憎い。
同時に、片桐大三郎や野々瀬乃枝など登場人物の設定を明かしている一篇。
・『春の章 極めて陽気で呑気な凶器』
本家では『Yの悲劇』に該当する作品。
本家のマンドリン同様に「何故、ウクレレを凶器としたのか?」との「ホワイダニット」がポイントとなる一篇。
本家の犯人を知っていれば「あの人」が疑わしく思えて来る筈ですが、其処は上手く活用されています。
・『夏の章 途切れ途切れの誘拐』
本家では『Zの悲劇』に該当する作品。
「何故、脅迫電話は途切れ途切れとなったのか?」との「ホワイダニット」から「何故、片桐が犯人の名を言い当てることが出来たのか?」との「ハウダニット」に繋がる点が凄い!!
さらに「意外な誘拐事件の真相」には脱帽。
これまた見事な転換が決まっています。
・『秋の章 片桐大三郎最後の季節』
本家では『レーン最後の事件』に該当する作品。
まさに「エピソード0」。
タイトルの意味は『片桐大三郎(○○を喪失する前の)最後の事件』。
語り手の推理が決まれば本家同様に「あの人」しか犯人が居なくなる。
ところが、「作者の仕掛けたあのトリック」によりそもそもの前提を覆すのだ!!
語り手の推理自体が物凄く丁寧で読者を綺麗に誘導したところへアレなんだものなぁ……なるほどラストが「秋」になった理由も頷けます。
そもそも、四季がタイトルとなったのはこの連作短編集が円環状になっているからなんですね。
言わば「大坂冬の陣」「大阪夏の陣」と同じ。
さて、時系列上でどちらが先に起こったでしょうか!?
同時に乃枝憧れのマネージャー銀子さんの見習い時代も拝見出来て微笑ましく思ったり。
個人的には『夏の章 途切れ途切れの誘拐』と『秋の章 片桐大三郎最後の季節』にこそ、倉知先生のエッセンスが凝縮されているように感じました。
正直、下記のあらすじでは明らかに本作を表現し切れていません。
まとめ易いようにかなり改変しましたが、改変すればするほど本作の構成の凄さが身に染みたほど。
興味を持たれた方は倉知先生の緩急自在ぶりを味わう為に本作それ自体を読むべし!!
こうなると、猫丸先輩の新作も読みたいぞ!!
<ネタバレあらすじ>
・『冬の章 ぎゅうぎゅう詰めの殺意』
野々瀬乃枝は往年の大スター・片桐大三郎の付き人である。
先代の付き人・銀子がマネージャーになったのを機に、就活に失敗した乃枝が担当することとなったのだ。
そして、片桐の付き人は彼が耳を悪くして以来、「耳」代わりとなることが求められている。
そんな片桐大三郎は知らない者は居ないほどの有名人。
まさに破天荒を地で行く人物で誰しもが彼に敬意を払っている。
ある日のこと、片桐からお遣いを頼まれた乃枝が身動きできないくらい鮨詰めの電車に乗っていたところ殺人事件に遭遇する。
逸早く気付いた乃枝と、少し遅れて気付いた男性により事件は通報されることに。
被害者は長道なる男性。
どうやら吊革に掴まっていたところを何者かの手でコート越しに背中からニコチンを注射されたらしく、倒れ込んだ遺体からは一直線に貫通した針穴が確認された。
何しろ鮨詰めの車内である、狙って殺害することは不可能。
だとすれば無差別殺人なのか……事態を重く見た警察は片桐に相談を持ちかけた。
実は片桐は大スターであると同時に、知る人ぞ知る名探偵だったのだ。
片桐は乃枝を介して情報を収集するとある推理に辿り着く。
まず、片桐は無差別殺人を否定する。
一直線に貫通した針穴に矛盾を感じたのだ。
鮨詰めの社内で長道は吊革につかまっていた。
だとすればコートは上に釣られていた筈だ。
その状況下で針穴が一直線に並ぶはずはないのだ。
此処で片桐は長道がコートを脱いだ時にニコチンを注射したと推理。
ならば、改めてコートに針穴を開ける工作を行う必要がある。
それが出来た人物が1人だけいる……そう、犯人は乃枝と共に第一発見者となった男性であった―――エンド。
・『春の章 極めて陽気で呑気な凶器』
片桐のもとに捜査協力の依頼が寄せられた。
この事件は有名画家・秦が物置で撲殺死体で発見されたもの、第一発見者は7歳になる秦の孫であった。
不思議なことに凶器は古びたウクレレ、物置に埃まみれとなっており楽器として音を奏でる機能も喪失していた。
もちろん、凶器としての殺傷能力も極めて低い。
秦の死因もウクレレを打ち付けられた後に転倒したことであった。
さらに不思議なことに現場とされる物置にはウクレレ以外に凶器になりそうな物がゴロゴロ転がっていたのだ。
捜査に乗り出した片桐。
家政婦の川久美里によれば秦は普段から車椅子で生活していた。
その車椅子が物置にあった為に犯行現場と考えられているらしい。
これに対し、片桐は3つの疑問点を提示する。
1.犯人は誰か?
2.何故、ウクレレを凶器に用いたのか?
3.何故、犯人は秦が物置に居ると知っていたのか?
片桐は、3についてありとあらゆる仮説を否定し「犯人は秦が物置に居ることを知り得なかった」と結論。
其処から「犯人による秦の殺害が計画的犯行ではない」と導いた。
さらに「秦は物置ではなく別の場所で殺害された」と推理する。
「秦と言えば車椅子」との思い込みがあるから「車椅子のあった物置が犯行現場」だと思い込む。
「物置が犯行現場だ」と思い込むから「他にも凶器があるのに何故、ウクレレを用いたのか?」と謎が生じる。
簡単だ、そもそも秦が別の場所で殺害され、其処にウクレレしか無ければ何ら問題は無い。
また、此の点からも秦殺害が偶発的な事件であったことが明らかだろう。
では、犯行現場は何処か?
アトリエだ。
犯人がウクレレを用いたことから犯行現場にソレがあったことは明らかだ。
では何故、ウクレレがアトリエにあったのか?
此処でウクレレの要素を思い浮かべる片桐。
それは「楽器」である。
確かに音を奏でる機能は喪失しているが、ウクレレとしての形は残っている。
つまり、秦はウクレレを絵のモチーフにすべくアトリエに持ち込んだのだ。
そして、トラブルが起こり犯人に殺害された。
此処で片桐は犯人として美里の名を挙げる。
秦はウクレレと美女をモチーフに新作に挑もうとしたのだ。
ところが、美里を眺めるうちに抑制を欠き欲情して襲いかかった。
抵抗しようとした美里が手にしたウクレレで秦を殴りつけてしまったのだろう。
その後、美里が自首したことで片桐の推理の正しさは証明されることとなった―――エンド。
・『夏の章 途切れ途切れの誘拐』
季節は夏である。
街には選挙カーが行き交い、投票を呼び掛けている。
やけに田中が多いなぁ……そうぼやく片桐。
それもその筈、立候補者は揃いも揃って田中姓だったのである。
これは投票する側もされる側もよくよく気を付けるべき事態だろう。
そんな中、資産家の貴島家で凄惨な誘拐事件が発生した。
被害に遭ったのは貴島夫妻の一子・瞬。
また、この際にベビーシッターの遠藤亜里沙が殺害されていた。
その凶器は何やら表面が柔らかいが芯の堅い鈍器だったそうだ。
この事件に片桐が乗り出した。
ところが、誘拐犯は身代金要求の電話を何度となく架けて来る割には途中途中で切ってしまうのである。
発信先は公衆電話で居場所を特定されないよう点々と移動しているようだ。
だが何故、用件の途中で電話を切ってしまうのか―――首を傾げる捜査陣を片桐が一喝する。
片桐は再び架かって来た電話口の犯人に向けて暴言を吐く。
「おい、田中。お前のやったことは全部分かってるんだ。大人しく自首しろ!!」
色を失う捜査陣一同。
ところが、その数分後に田中を名乗る犯人が自首して来たことが判明する!!
これは一体、どうしたことだろうか……。
片桐は自身の推理の結論を語り出す。
何故、犯人が田中だと分かったのか?
それは途切れ途切れとなった脅迫電話にあった。
田中は聞かれては困る音声が入るのを避けたのだ。
自分が何とか出来る音なら電話を切る必要は無い。
自分でどうしようもない外部の音だからこそ、電話を切った。
そう、それこそ選挙カーから流れる「田中」の大合唱であった。
想像して欲しい。
「身代金を用意しろ」、「田中、田中でございます」
「金を運べ」、「田中、田中でございます」
「他言するなよ」、「田中、田中でございます」
事あるごとに自身の名前がバックに流れるのだ。
犯人としては良い気持ちがする筈がない。
其処で片桐は犯人の名前が田中であることを看破したのだ。
では、瞬君は何処に居るのか?
これについても片桐は意外な結論を口にする。
そもそも、この事件は誘拐事件では無かったのだ。
田中は亜里沙殺害が目的だった、瞬君連れ去りは「ある必要」に駆られた為であった。
では、その「ある必要」とは何か!?
田中は亜里沙と揉めており、ベビーシッター先の貴島家まで押しかけこれを殺害した。
この一点からも分かるように田中の犯行は偶発的なものだ。
当然、凶器も用意していない。
では、亜里沙を死に至らしめた「何やら表面が柔らかいが芯の堅い鈍器」とは何か!?
それは殺害された際に亜里沙が抱いていた……瞬本人だ。
田中は逆上した際に瞬を奪うと亜里沙の頭に叩きつけたのだ。
亜里沙が死に至ったのだ、当然、瞬も無事では無い。
脅迫電話は、この事実を隠蔽し事件を誘拐事件に摩り替える為のものだったのである。
田中は適当なところで、貴島夫妻の非を主張し瞬の引き渡しを反故にするつもりだったのだろう。
それにしても……あまりに鬼畜な犯行に義憤に駆られる乃枝であった―――エンド。
・『秋の章 片桐大三郎最後の季節』
名監督の遺稿が発見された。
その報を聞き付けた片桐は嬉々として駆け付けることに。
ところが、その直後に遺稿が消えてしまう。
何者かが盗み出したのか!?
色を変える関係者だが、今回に限って片桐は仕事中で手が離せない。
此処まで片桐の活躍を目にして来た付き人が片桐の推理法を真似て挑むことに。
彼女は犯行が警報装置が鳴り響く中で行われたと推理し、警報装置に気付けない人物の犯行と断ずる。
すなわち、警報装置の音が聞こえない人物だ。
と、其処へ片桐が戻って来た。
片桐は彼女の推理を耳にするや、一笑に付す。
何故なら、関係者の中には片桐も含めて耳が悪い者は1人も居ないからだ。
「だから、おめぇは甘い」
片桐は懐から遺稿を取り出す。
もしものことがあってはいけないので預かっていたらしい。
そもそも、窃盗事件自体が勘違いだったのだ。
これに当時の付き人……銀子は顔を真っ赤に染めて照れることに。
片桐の聴覚が失われたのはこの直後のことである―――エンド。
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