『ムーンストーン』(湊かなえ著、角川春樹事務所刊『サファイア』収録)ネタバレ書評(レビュー)です。
ネタバレあります、注意!!
また、小泉喜美子先生『弁護側の証人』(集英社)についても触れています、注意!!<あらすじ>
市議会議員の選挙アルバイトを始めたことがきっかけで、議員の妻となった私は、幸せな日々を送っていた。激務にもかかわらず夫は優しく、子宝にも恵まれ、誰もが羨む結婚生活だった。だが、人生の落とし穴は突然やってきた。所属する党から県議会議員への立候補を余儀なくされた夫は、僅差で落選し、失職。そこから何かが狂いはじめた。あれだけ優しかった夫が豹変し、暴力を振るうようになってしまった。思いあまった私は……。絶望の淵にいた私の前に現れた一人の女性――有名な弁護士だという。彼女は忘れるはずもない、私のかけがえのない同級生だった……。(「ムーンストーン」より)7つの宝石が織りなす物語。湊かなえ新境地がここに。
(角川春樹事務所公式HPより)
<感想>
見事な叙述トリックが効果的な短編。
作中は時系列が「現在」「過去(中学時代)」「現在」と変遷して行くワケですが、実は時系列通り3つのパートに分かれています。
すなわち「現在(1)」「過去(中学時代)」「現在(2)」となっており、それぞれのパートでの「私」が誰なのかが大きなポイント。
簡単に説明するとこんな感じ。
「現在(1)」では「私」のみ。
「過去(中学時代)」では「私」との表記と「久実」や「小百合」が混在。
「現在(2)」で「久実」や「小百合」の正体が判明し、全体の構図の意味に気付くことに。
また、この構図により「檻の中の人物を誤認」させており、トリックも含めて小泉喜美子先生『弁護側の証人』と同じ手法となっています。
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『弁護側の証人』(小泉喜美子著、集英社刊)ネタバレ書評(レビュー)さらに本作では、この錯誤により読者が中学時代の久実の想いをダイレクトに窺える作品となっており、結果としてラストでの久実と小百合の再会に胸を突かれるのです。
同時にラストで小百合側の心情も窺えるようになっていることから、久実と小百合が一方通行ではなく双方向の親友であることが明確に示されている点も良し。
キーアイテムでありタイトルでもある「ムーンストーン」の用い方も含めて、此の辺りのバランスが非常に巧みになっています。
是非、読むべし!!
あらすじはまとめ易いようにかなり改変しています。
興味を持たれた方は本作それ自体を是非ご覧頂きたい!!
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
私:代議士の妻、夫を殺害してしまう。
弁護士:私の中学時代の親友。
小百合:???
久実:???
【現在】
今、「私」は夫殺害の罪で逮捕されている。
どうして、こんなことになったのかは正直分からない。
だが、何が契機なのかははっきりしていた。
数年前、「私」は叔父の紹介で若手市議会議員候補の選挙事務所にスタッフとして加わった。
かなり苦しい選挙戦が予想されたが結果はトップ当選を果たすことに。
歓喜に包まれる中、苦楽を共にするうちに当の候補と恋を育んでいた「私」は仕事だけではなくプライベートでもパートナーとなった。
そう、「私」は市議会議員の妻になったのだ。
市議会議員の妻は本当に大変であった。
何しろ、ほとんどプライベートが存在しないのだ。
会合があれば参加し、催し物があれば参加する。
「私」は日々精神的に擦り減って行った。
だが、そんな「私」を、もっと精神的に負担を強いられているであろう夫は優しく支えた。
頼り甲斐のある夫に「私」は心底感謝したものである。
やがて、娘が生まれ、あの頃の「私」たちは本当に幸せだった。
ところが、夫が県議会議員選に出馬してから雲行きが怪しくなった。
其処でも健闘した夫であったが、惜しくも現職に敗れ落選を喫した。
それでも「私」は楽観視していたのだ。
現に夫の支持者は彼の再起を信じていた、「私」も同様だったのである。
しかし、そんな「私」たちを裏切ったのは当の夫であった。
夫は落選して以来、事あるごとに「私」に暴力を奮うようになった。
夫に寄り添おうとすれば「心の中で笑っているんだろう」と殴られる。
夫と距離を置こうとすれば「俺を見捨てる気なんだろう」と殴られる。
顔を合わせれば罵られ、それでも夫を支えようとすれば殴る蹴るの暴力に曝される。
だが、「私」はそれでも夫が再起することを信じた。
それもこれも再選するまでの辛抱だ、と。
何より、如何な夫も娘の前では暴力を奮わなかったことも期待を抱かせた。
ところが、あの日は違った。
夫は遂に娘にも手を上げたのだ。
「私」は娘を救おうとして夫を突き飛ばし、倒れ込んだ夫に凶器を振り下ろした。
こうして、夫は死亡した。
「私」は殺意があったとみなされ逮捕された。
もはや、絶望的であった。
誰しもが私の罪を批難した。
もはや、「私」の両親さえも「私」に近付こうとはしない。
そんな中、1人の女性弁護士がやって来た。
彼女を一目見た「私」は彼女が何者かを悟った。
それはそうだろう、彼女は「私」の中学時代の親友だったのだ。
【過去(中学時代)】
中学時代の「私」は孤独であった。
両親からは「久実はダメな子」と罵られ、妹からも侮られていた。
クラスでもあがり症であったことが仇となり、教師からも同級生からもイジメられていた。
「私」があがり症になったことには発端がある。
それは小学校時代のことだ。
当時、「私」は朗読に大きな自信を持っていた。
感情を込め、抑揚をつけるその読み方は教師からも「上手い」と褒められていた。
「私」はそれを純粋に信じていたのだ。
ところが、ある日のことである。
「私」が意気揚々と読み上げていると周囲の子供たちが目を伏せているではないか。
やがて、クスクスと笑い声が聞こえ始めた。
そして、それは大きなうねりとなり、大爆笑へと繋がった。
驚き慌てる「私」の目に、一緒に笑っている教師の姿が映った。
彼らは「私」の朗読を心の中で馬鹿にしていたのである。
以来、「私」は人前に出ることが大の苦手となっている。
中学に進学してからはさらにあがり症が酷くなり、英語のテキストも文字が躍って直視出来ないようになるほどであった。
そんな「私」の姿を教師も同級生も共にせせら笑った。
そうなると不思議な物でさらに状況は悪化して行く。
でも、「私」1人ではどうしようもない。
破局はすぐ其処に迫っているように思えた。
ところが、たった1人だけ「私」を認めてくれる存在が居た。
それが「小百合」であった。
「小百合」はクラスのヒロイン的存在の少女であり、皆の憧れであった。
「小百合」は利発で聡明であり、誰もが一目置いていた。
そんな彼女は「私」の置かれた状況を悟ると、教師の怠慢を批判しクラスメートの嘲りを糾弾した。
一方で、「私」の不甲斐なさに対して自分のことのように怒り、励ました。
後に「私」のあがり症の理由を知るや、共に克服しようと戦ってさえくれたのだ。
「小百合」は「私」を決して能力的に他者に劣っているワケではないと評していた。
むしろ、他者よりも優れているがそれを表現することが出来ないだけなのだ、と。
また、「無知の知」、「無知の無知」、「知の知」、「知の無知」との言葉を以て「私」に奮起するよう促し続けた。
それぞれ、「無知の知」は「己の力不足を弁えている人」のこと。
「無知の無知」は「己の力不足を弁えず、他者を見下す人」のこと。
「知の知」は「実力があり、それを誇る人」のこと。
「知の無知」は「実力があるにも関わらず、それを知らない人」のこと。
此の中で「小百合」は「私」を「知の無知」だと評した。
これは「私」にとって大きな自信となった。
何しろ、誰しもが認める「小百合」に評価されたのだから。
やがて「私」は「小百合」がリーダーとなっているグループに加わるようになった。
そして、あの日が訪れた。
あの日のことを思い出すと、今でも胸が熱くなる。
あの日、グループの少女が海外旅行から帰国しお土産を渡してくれると語っていた。
喜んだ「私」だが、すぐにソレは吹き飛んだ。
少女が手にした指輪やピアスのお土産の数がどうしても1つ足りないのだ。
そして、それを誰も言い出そうとしない。
「私」は直感した。
そもそも「私」がグループの一員として認められていないのだ、と。
「私」はどう対応すべきか悩み、泣き出しそうになった。
そんな「私」を「小百合」の声が救ったのだ。
「小百合」は少女からムーンストーンのピアスを選び取ると、ペアのそれを「私」と分け合った。
そして、高らかに「私」と彼女は親友だと皆の前で宣言したのだ。
こうして「私」は「小百合」の一番の親友となった。
自信がついた「私」は実力を発揮できるようになり、成績もぐんぐんと伸びた。
そのおかげで県下一の進学校にただ1人進学することが出来た。
だが、「小百合」は家の方針でお嬢様学校に進学が決まっていた。
卒業後、別の学校に進んだ「私」と小百合は次第に交流も絶えるようになった。
それでも「私」にとって「小百合」との友情は永遠であった。
【現在】
そして現在、「私」は檻の中から有名弁護士となった親友・久実と対峙していた。
「親友である小百合を救いに来た」そう語る久実。
だが、「私」は首を横に振らざるを得ない。
何しろ、状況が状況だけに敗北は必至なのだ。
久実を巻き込むワケにはいかない。
しかし、そんな「私」に久実の方が頭を振る。
「こうして弁護士になれたのは、あのときの小百合のおかげだもの」
「それはあなたの実力よ、私はそれに気付くきっかけを与えただけ」
目に涙を溜めて訴える久実に、「私」は再度首を振る。
だが、次の一言が「私」の考えを変えた。
「どんなに実力があってもきっかけが無く埋もれて行く人も居るわ、それに私はこれをあなたに貰ったもの」
そう語る久実の耳には、あのムーンストーンのピアスが輝いていた。
久実はムーンストーンのピアスのお礼をしたいと繰り返す。
私は涙ながらに彼女の友情に感謝し、頭を下げるのであった―――エンド。
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