「愚者のエンドロール」以外に「探偵映画」、「毒入りチョコレート事件」、「どんどん橋落ちた」の一部ネタバレがあります!!未読の方は注意!!
<あらすじ>
文化祭の準備に追われる古典部のメンバーが、先輩から見せられた自主映画。廃屋で起きたショッキングな殺人シーンで途切れたその映像に隠された真意とは!? ちょっぴりホロ苦系青春ミステリの傑作登場!
(角川書店公式HPより)
<感想>
「古典部シリーズ」の2作目。
シリーズは他に「氷菓」「クドリャフカの順番」「遠まわりする雛」「ふたりの距離の概算」がある。
「小市民シリーズ」が「狐」や「狼」として特別と認じてやまない二人が「小市民」になろうと努力することを通じて自分を見返す物語ならば、「古典部シリーズ」は思春期の葛藤(自分は特別な何かになれるだろうか?)を描く作品。ある種、共通項もありながら対照的。
古典部シリーズは登場人物それぞれが起承転結の役目が振られているような気がする。
起・千反田
承・伊原(福部の場合あり)
転・福部(伊原の場合あり)
結・折木
千反田が発端となり折木が出馬。伊原か福部が情報(推理の叩き台)を持ち込み折木が一応の推理を出す。後に伊原か福部が折木の推理を否定し、最終的に折木が結論に辿り着くといった感じ。
で、「愚者のエンドロール」。
我孫子武丸先生の「探偵映画」を踏襲しつつ、アントニィ・バークリーさんの「毒入りチョコレート事件」をモチーフにしている作品。これに綾辻行人先生の「どんどん橋落ちた」のある作品(ABC放送でテレビ化もされた)のネタバレを含んでいる。
オリジナリティはこれらの作品を破綻無く取り込み吸収している点にあると思う。
本当に面白い。
ここからネタバレ多発します!!注意!!
まずは「探偵映画」のトリック=カットバックを使わずに作品を成立させている点がスゴイ。
「毒入りチョコレート事件」の推理に推理を重ねる方式を採用している点が古典部のキャラクターにマッチしておりスゴイ。
「どんどん橋落ちた」のあの作品のトリックがまるまる使われている点は?だが、それがメインではないので瑕疵たりえない。
「愚者のエンドロール」を読んで「毒入りチョコレート事件」を気にいられた方は芦辺拓先生の「殺人喜劇のC6H5NO2」(「探偵宣言 森江春策の事件簿」収録)もいかが?こちらは「毒入りチョコレート事件」の別解釈を述べたもの。興味深いですよ。
「毒入りチョコレート事件」&「探偵宣言 森江春策の事件簿」に興味がある方はこちら(11月11日(水)のミステリ)。
<あらすじネタバレ>
「愚者のエンドロール目次」
「見取り図」
神山高校古典部―――現在、そこには4人の部員が居る。姉&千反田に頭があがらないモラトリアム主人公・折木奉太郎、桁上がりの四名家(神山市内にある4つの旧名家のこと。苗字に十、百、千、万とつくことから里志が命名)の出身で好奇心の強いお嬢様・千反田える、歩くデータベースにしてホームジストを自称する男・福部里志、ダブルスタンダードながら正義を標榜する・伊原摩耶花。全員一年生だ。
2年F組の“女帝”こと入須冬実に誘われて自主制作のミステリ映画観賞と洒落込んだ古典部の面々。
映画は古い館を訪れたメンバーの一人が上手袖で腕を切断された無残な姿で殺害されるものだった。
ところが肝心の映画は誰が犯人なのか明らかになる前に終わってしまう。
脚本担当の女生徒が途中で倒れてしまい制作がストップしてしまったためらしい。
結局、入須からの依頼でこの映画の結末を究明することに。
入須の差配で制作に関わった3人から話を聞くことに。
3人はそれぞれの物の見方による独自の結末(3つのアプローチ)を持っていた。
@「古丘廃村殺人事件」は2時間サスペンスによる視点(帰納法)。
知っているサスペンスでは密室など意味が無いから、合鍵等でなんとかしたのだろうという推理。
だが、折木は合鍵を使うにしても人目につく筈で犯人の心理を考えていないと却下。
A「不可視の侵入」は本格推理による論理的視点(消去法)。
ザイルが小道具にあった点に注目。2階から1階上手袖の窓へと侵入し殺害したと推理。
だが、折木は前提となるデータに誤り(上手袖の窓は錆ついており実行は困難。よって現地の状況とそぐわない)があるして机上の空論に終わる。
B「Bloody Beast」はミステリーの広義カテゴリによる視点。
広義ミステリーにはホラーやサスペンスを含む考え方もある。
それにより、謎の人物(幽霊)が殺害した。解決篇では全滅エンドもありうるという推理。
折木は事前に用意された実際の血糊の量が1人分にも満たなかったことに注目。ホラーだとすれば被害者が1人ではないだろうと却下。
こうして、行き詰ってしまった。
入須に呼び出された折木。能力を見込まれ自ら結末を推理することに。
そうして出来たのが―――
C「万人の死角」
撮影映像のアマチュア的な点を利用したカメラマンが犯人(映像に映らない第3の人物)という結末を推理する。
この評価は高く、入須にも認められる。
ところが、折木を除く古典部のメンバーはそれぞれ違和感を抱いていた。
伊原はザイルを使用しないトリックにぎこちなさを。
福部は脚本を書いた少女が参考にしていた「ホームズもの」に叙述トリックがないことを指摘。アイデアとして思いつけないのではと苦言を呈す。
千反田も脚本担当者がイメージ的にそんなトリックを使わない気がすると語る。
ショックを受けた折木。自室で真実を見極める。
後日、入須を呼び出す折木。
「なぜ、脚本を担当した少女の親友・江波に結末を聞くことを頼まなかったのか?」から思考を始め、入須の依頼は「結末を推理すること」だったが端から結末は無かったのではと問い詰める。
つまり、さまざまな人間に「結末を考えさせ、いいアイデアを出させる」ことが目的だったのだ。
いわば「脚本コンクール」。
実は脚本を担当した少女は殺人事件を想定しておらず、傷害事件を想定して脚本を描いていた(そのために血糊が1人分にも少なかった)。
それが、いつの間にやら殺人事件になってしまい。少女にはどうしようもなくなってしまった。
そこで、入須が今回の件を考え付いたのだ。
入須に踊らされていたと感じた折木は傷つき、その場を後にする。
後日、チャット上にて。
入須が「わ・た・し」というハンドルネームの人物とやりとりしている。今回のアイデアは全部その人物によるものらしい。
入須は折木に悪いことをしたと気にかけている様子。
不意に「わ・た・し」はチャットを打ち切る。
新たにチャットを始めたのは「ほうたろ」こと折木と「エル」つまり千反田だ。
折木はいぶかしむ。
チャットは初めてなのだが、誰かが利用した形跡があったのだ。
だが、気にしても居られず、そこで本来の脚本が明かされる。
実際は傷害事件だったので、犯人は控室の窓から侵入。
犯行後、被害者が加害者と和解し、内側から鍵をかけたというシナリオだった。
最初から何かに気付いていた様子の千反田にそれが何か尋ねる折木。
千反田は語る「私も悲しいお話よりハッピーエンドが好きなので」と。
エンド。
(劇中では明かされないが折木のPCでチャットをしていたのは折木の姉・供恵と思われる。だからアクセスログが残っていた。つまり「わ・た・し」は供恵。入須とのチャット中に「わ・た・し」が中断したのは折木が現われた為か)
◆米澤穂信先生のその他の著作に対するレビューはこちら。
・「インシテミル」(文藝春秋社)
・「儚い羊たちの祝宴」(新潮社)
・「追想五断章」(集英社)
[小市民シリーズ]
・「夏期限定トロピカルパフェ事件」(東京創元社)
[古典部シリーズ]
・「氷菓」(角川書店)
・「クドリャフカの順番」(角川書店)
・「遠まわりする雛」(角川書店)
・「ふたりの距離の概算」(角川書店)
・『鏡には映らない』(米澤穂信著、角川書店刊『野生時代』2012年8月号 vol.105掲載)ネタバレ書評(レビュー)
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- 『陰の季節』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『陰の季節』収録)