ネタバレあります!!注意!!
<あらすじ>
折木奉太郎は〈古典部〉仲間の千反田えるの頼みで、地元の祭事「生き雛」へ参加するが、事前連絡の手違いで祭りの開催が危ぶまれる事態に。その「手違い」が気になる千反田は、折木とともに真相を推理する――。
さわやかでちょっぴりホロ苦い そして、あざやか――
青春ミステリの傑作登場!!
神山高校で噂される怪談話、放課後の教室に流れてきた奇妙な校内放送、魔耶花が里志のために作ったチョコの消失事件――〈省エネ少年〉折木奉太郎たち古典部のメンバーが遭遇する数々の謎。入部直後から春休みまで、古典部を過ぎゆく一年間を描いた短編集、待望の刊行!
(角川書店公式HPより)
<感想>
古典部シリーズの一冊。
古典部は作品内時系列順に「氷菓」「愚者のエンドロール」「クドリャフカの順番」「遠まわりする雛」が刊行されている。
最新作は「ふたりの距離の概算」。
古典部シリーズは登場人物それぞれが起承転結の役目が振られているような気がする。
起・千反田(姉が裏にいる場合あり)
承・伊原(福部の場合あり)
転・姉や福部(伊原の場合あり)
結・折木
千反田が発端となり折木が出馬。伊原か福部が情報(推理の叩き台)を持ち込み折木が一応の推理を出す。後に伊原か福部が折木の推理を否定し、最終的に折木が結論に辿り着くといった感じ。
本作「遠まわりする雛」は短編集。
収録作は次の7作。
・「やるべきことは手短に」
・「大罪を犯す」
・「正体見たり」
・「心あたりのある者は」
・「あきましておめでとう」
・「手作りチョコレート事件」
・「遠まわりする雛」
表題作「遠まわりする雛」は本作ラストに配されている。
短編はそのどれもが完成度高め。
トリックとストーリーのバランスも絶妙。
「古典部」ファンならば読むべし。
特にオススメなのは「心あたりのある者は」と「手作りチョコレート事件」、表題作「遠まわりする雛」か。
「心あたりのある者は」は『九マイルは遠すぎる』がモチーフ。
「手作りチョコレート事件」は『毒入りチョコレート事件』のタイトルをもじったものかな。
『九マイル〜〜〜』と『毒入り〜〜〜』はどちらも海外古典の名作中の名作。
「手作り〜〜〜」は里志の心情を描くことで奉太郎自身の気付きも促している。
「心あたり〜〜〜」は、モチーフを上手く本歌取りしており、古典部らしさが出ている名作。
・「九マイルは遠すぎる」(ハリイ・ケメルマン著、永井淳訳、深町眞理子訳、早川書房刊)ネタバレ書評(レビュー)
「遠まわりする雛」には「三國志」の「赤壁の戦い」で知られる美周郎(周瑜)と孔明のやりとりを模したものが出て来るのでファンならばニヤッとさせられるだろう。
ラストの奉太郎とえるの行方も気になるところ……青春してるなぁ。
<ネタバレあらすじ>
神山高校古典部―――そこには4人の部員が居る。
姉&千反田に頭があがらないモラトリアム主人公・折木奉太郎。
桁上がりの四名家(神山市内にある4つの旧名家のこと。苗字に十、百、千、万とつくことから里志が命名)の出身で好奇心の強いお嬢様・千反田える。
歩くデータベースにしてホームジストを自称する男・福部里志。
ダブルスタンダードながら正義を標榜する・伊原摩耶花。
入学から月日がたち、それぞれがそれぞれの悩みを抱えていた―――。
・「やるべきことは手短に」
入学1カ月目の奉太郎。
これは、奉太郎がえるとの出会いにより自身の信念が揺らぐことを予感していた頃の物語。
省エネ主義を標榜する奉太郎にとって、疑問とその解決を求めてくるえるはある意味天敵だった。
ある日の放課後、里志に「音楽室の怪」について聞かされた奉太郎。
なんでも、人の居ない筈の音楽室から音楽が流れると、若い女が走り去ったと言う。
そこへ、えるがやって来る。
奉太郎はここで何故か別の不思議に話を変えてしまう。
謎の倶楽部による部員勧誘の貼り紙について話し出した里志に、えるの興味は津々。
噂に留まる倶楽部の存在の真偽を巡り、奉太郎は貼り紙の貼られている場所を推理する。
それは、部活勧誘の掲示板だった。
そこは新入生以外に気を配らない。
したがって、なかなか見つからない盲点となっていたのだ。
こうしてその存在を確認した奉太郎たち。
えるは満足して去って行くが……。
帰り道、里志は奉太郎にえるを避けた理由を尋ねる。
えるは奉太郎に「音楽室の怪」について推理して貰おうと足を運んだのだ。
それを見越した上で奉太郎は別の不思議を持ち出し、えるの興味を誘導していたのだ。
奉太郎は「音楽室の怪」の正体を、泊まり込んだ部員が目覚まし代わりにCDラジカセを使ったものと見抜いていた。
もしも、これを明かせば事実確認に音楽室へ足を運ばなければならなくなる……それを避けたのだ、と説明する奉太郎。
だが、里志から見ればこれは奉太郎らしくない行動だった。
不思議に不思議をぶつけるなど、エネルギーの無駄遣いである。
省エネ主義ならば、そもそも訊かれたところで相手にしないことも出来るのだから。
「今回の行動は保留したに過ぎない。結果としてえるに大きな借りを作ることになった」と語る里志。
奉太郎は里志の言葉に自身の変化に気付き始めるのだった―――エンド。
・「大罪を犯す」
「える」と言えば「温厚」。
「温厚」と言えば「える」。
そんなえるが怒った!!
原因は、とある教師が授業進度を誤った為にクラスメイトが窮地に立たされたことだった。
なぜ、教師は授業進度を誤ったのか?
「わたし、気になります!!」
えるの言葉を受けて理由を推理する奉太郎。
去年のテキストを使用していたワケでもない―――仮説を立てては消して行く。
辿り着いた結論、それは数学ならではの「a」と「d」の読み間違いによるクラス誤認だったのだ―――エンド。
・「正体見たり」
幽霊の正体とは!?
幽霊騒動から明らかになる、とある姉妹の相克―――エンド。
・「心あたりのある者は」
ある日の放課後、えると2人で教室に居た奉太郎。
そこで聞いた校内放送の文言から推理を進めることになった。
誰に呼ばれたか?
何故、放課後なのか?
と『九マイルは遠すぎる』ばりに推理を展開。
文房具屋などのヒントをもとに奉太郎が導き出した答えは「偽札事件」までに発展していく。
流石にこれは当らないだろうと思っていた奉太郎だったが……実はそれこそが真実なのだった―――エンド。
・「手作りチョコレート事件」
バレンタインデー。
伊原が里志にチョコレートを渡すことに。
伊原はチョコレートを教室に置いておく、それを里志が受け取るとの手筈だ。
これを受け取ることは里志が伊原と正式に交際することを認めることになる。
ところが、教室に置いていた伊原手製のチョコレートがどこかへと消えてしまう。
第一発見者は里志本人。
室内に入ったところ、チョコレートが無かったと言う。
実は教室の外では事の成り行きを文字通り見守っていたえるが居り、チョコレートを持ち出した人物はいなかったと証言。
これにより不可能状況が生まれてしまう。
この謎に奉太郎が挑む。
奉太郎はえるを傷付けない為に敢えて偽の犯人を指摘する。
実は真犯人は里志自身だった。
里志は一見、チョコレートを持ち出せる状態では無い。
ところが、伊原手製のチョコレートを細かく割ることで持ち運び可能としたのだ。
心のこもった手製のチョコレートを何故粉々にするような真似をしたのか?
それには里志なりのワケがあった。
里志は物事に拘らないことをポリシーに生きて来た。
それは奉太郎の省エネ主義と同じである。
だが、ここで里志のポリシーを揺るがす事態が発生。
他でもない伊原である。
里志は伊原を大切な存在だと思っていた。
疎かにしたくは無い。
だが、それでは伊原に拘ることになる。
それは里志のポリシーに反する。
里志のポリシーは自身を自信たらしめている根源的な問題。
それを捨てることは自分を捨てることに等しい。
だが、伊原自身も失いたくはない。
大切だからこそ選べない―――迷った末に里志は結論を先送りにすることにしたのだ。
伊原はこの事実を知っていると言う。
知らぬはえるばかりなりだったのだ。
奉太郎は伊原がえるのことを知りつつ放置していたのは、里志にチョコレートを受け取らすためだったのではないかと疑念を抱く。
だが、人はそれぞれ胸の内にさまざまな想いを抱えている。
現に奉太郎自身も里志にすべてを打ち明けているワケではない。
人間である以上、これはこれで仕方がないことなのだ―――エンド。
・「あきましておめでとう」
ある年の瀬、ひょんなことから閉じ込められてしまった奉太郎とえる。
2人はこれをきっかけに距離を縮める―――エンド。
・「遠まわりする雛」
地元の名家の娘・えるが祭の雛役をすることに。
祭の主旨はえるが雛役として担がれて神社まで移動するという神事。
これにより市内の穢れを雛役が負い、神社にて禊ぐというものだった。
移動ルートの途中には大きな橋があり、そこを通らずには直線コースでは目的地に辿りつけない。
だが、出発直前思わぬアクシデントが。
大橋が工事の為通行できないというのだ。
事前の段階では工事中止の要請をしていた筈が何故?
実は何者かがルート変更に伴う工事再開の電話をいれていた。
慌てる参加者たちの中でえるが地元の名家として関係各位に連絡を入れ事態を取りまとめる。
結局、雛の行列は橋を大きく迂回するコースをとることに。
祭が終わり、えると会話する奉太郎。
えるは奉太郎には事件の真相がわかったのでは?と尋ねる。
実はわかっていた奉太郎。
えると共に手に犯人を表現する文字を書いて見せ合うことに。
お互いの指し示す相手はひとりだった。
茶髪の男―――カメラマンを目指している人騒がせな若者。
えるによれば彼ぐらいしかこんな人騒がせなことをする人物はいないと云う。
茶髪の目的は雛役のえるにしだれ桜の下を通らせること。
そしてその光景をフィルムに収めること。
それは凄惨なまでに妖艶な光景。
カメラを手にする者として是が非でも撮りたい被写体だったのだ。
とはいえ後先考えないその行動は多くの迷惑を生んだわけだが……。
しかし、奉太郎にもその気持ちがわからないわけでもなかった。
まったく、えるの姿ときたら!!
人を惹きつけて止まない何かを持っていたのだから。
思考にのめり込んでいた奉太郎をえるの言葉が現実に引き戻す。
「ところで進路ですけど、文理どちらの選択にしましたか?」
得意分野から文系に進む事にした奉太郎に寂しげにえるは語る。
自分には名家の娘として地元を支えるべき責任がある。
そのために進路を決めなければならない。
道はふたつだった。
ひとつは理系、地元の土地や特産品を活かし、それらを地元に還元する方法を学ぶこと。
ひとつは文系、経営者として人を使う方法を学ぶこと(経営学)。
えるには前作「クドリャフカの順番」での経験(入須の原稿を読み上げたあの放送のこと)もあって人を使う自分の姿が想像できなかった。
そこで理系を選択したのだった。
奉太郎はえるに対し「自分が経営学を修める」ことを提案したい衝動に駆られるが何故か素直にその言葉を口に出来ないのであった―――エンド。
◆米澤穂信先生の著作に対するその他のレビューはこちら。
・「インシテミル」(文藝春秋社)
・「儚い羊たちの祝宴」(新潮社)
・「追想五断章」(集英社)
[小市民シリーズ]
・「夏期限定トロピカルパフェ事件」(東京創元社)
[古典部シリーズ]
・「氷菓」(角川書店)
・「愚者のエンドロール」(角川書店)
・「クドリャフカの順番」(角川書店)
・「ふたりの距離の概算」(角川書店)
・『鏡には映らない』(米澤穂信著、角川書店刊『野生時代』2012年8月号 vol.105掲載)ネタバレ書評(レビュー)
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- 『陰の季節』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『陰の季節』収録)