2010年05月17日

龍造寺氏の居城・村中城見つかる?

龍造寺氏の居城・村中城と思われる柱穴が発見されたそうです。

ソースの「asahi.com」さんによれば―――

安土桃山時代に北部九州を支配していた龍造寺氏の居城・村中城(むらなかじょう)とみられる遺構が、佐賀市城内1丁目の佐賀城西の御門橋の東側で見つかり、14日、市教委が公開した。市教委は「村中城に関する遺構の発見は初めて。今後、村中城の研究を行ううえで重要な手がかりとなる」という。遺構周辺からは瓦の破片なども見つかっている。調査は7月まで行われる。

市教委は今年2月から発掘調査を始め、約350平方メートルの範囲で、柱を立てた跡とみられる穴25個を発見した。穴の大きさは直径約55センチで、地下約1メートルにあった。同時に16世紀後半のものとみられる備前焼のすり鉢や高麗青磁の破片、祭祀(さいし)に用いられたと考えられる器も見つかった。柱に用いられた木の種類は、現在分析を行っている。

当時の文献や絵図がないため、どのような形状、大きさの建物が建っていたかは不明だが、市教委文化振興課によると「柱の間隔が約2メートルと等間隔なので、それなりの地位の人の建物があったと考えられる」としている。

16日午前9時半〜午後3時に一般公開する。説明会は午前10、11時と午後2、3時の4回(1回30分程度)。雨天中止。駐車場は佐賀城本丸歴史館臨時駐車場を利用する。
(asahi.comさんより)


九州三強の一角を担った「五州二島の太守」こと龍造寺隆信はここに住んでいたのでしょうか?

◆関連外部リンク(外部サイトに繋がります)
・龍造寺氏の居城・村中城 柱穴発見 遺構か(asahi.comさん)
http://mytown.asahi.com/saga/news.php?k_id=42000001005140002

・龍造寺隆信の居城・村中城、初の遺構確認(読売オンラインさん)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/local/saga/20100515-OYS1T00261.htm

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