ネタバレあります!!注意!!
<あらすじ>

それぞれのパートナーと同居している、ギンちゃんとムーちゃんの兄妹は一風変わった名探偵だ。実は彼ら兄妹は、人間の生命エネルギーを糧にする謎の生命体。宿主であるパートナーの「おいしい」清らかな生命エネルギーが濁らないように、偶然遭遇した殺人事件や騒動を、鋭い観察をもとに鮮やかに解き明かす。個性的な設定とシャープな謎解き、そして切なさが魅力の連作ミステリ。解説=東川篤哉
(東京創元社公式HPより)
<感想>
収録作品は「白衣の意匠」「陰樹の森で」「酬い」「大地を歩む」「お嬢さんを下さい事件」「子豚を連れて」「温かな手」の全7本。
特殊な設定を活かしながらも、ほんわかしてどこか切ない物語を描ききった作品。
ギンちゃん、ムーちゃんは謎の寄生生命体。
これだけ聞くとギョッとしますが、ギンちゃん、ムーちゃんは生物として確立された存在で人間に対して害意は持っていないようです。
彼らは清らかなエネルギーを供給できるように宿主の心を常にクリーンに保つべく、宿主が巻き込まれた事件を解決しようとします。
結果、探偵役をつとめることになるのでした。
暖かい話の中に幾許かのアイロニーを込めているのも上手い設定です。
人間が家畜を育てるために音楽や食べ物に気を使うように、ギンちゃんたちもまた宿主の周囲に気を使っている。
どぎつく云えばそういうことだからです。
だからこそ客観的かつ冷静な推理が出来るのかもしれません。
名探偵が事件を駒に見立て挑むときのように。
このどぎつい真実は、しかし、本作品中でのギンちゃん、ムーちゃんの行動を見て行くうちにただそれだけではないことを示してくれます。
決してギンちゃん、ムーちゃんはクレバーに事を行っているわけではないのです。
斜に見れば家畜に対する同情にも見え、正面から見れば異なる種への深い愛情とも感じられます。
う〜〜〜ん、本作はまさに読む人間の心理を露わす鏡みたいなもの。
ささくれだった心で読めばどぎつい真実に囚われるだろうし、穏やかな心で読めばまた別の真実が顔を覗かせるでしょう。
石持先生の作品は愛情の中に皮肉が隠されていたり、逆もあったりして油断なりません。
残念ながら本作に続編はありません。
本作ラストの「温かな手」の終わり方をみればそれは明らかです。
畑さんや北西さん以外のパートナーとの物語ならば可能でしょうが、もはやそれは蛇足のような気がします。
畑さんや北西さんの視点を通して見たギンちゃんやムーちゃんの生態(心情)を読者に伝えることこそがこの物語のもうひとつのテーマなのですから。
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
ギン:心の純粋な人間をエネルギーとする謎の生物。ムーの兄。
ムー:心の純粋な人間をエネルギーとする謎の生物。ギンの妹。
畑:ギンのパートナー。生物学者。女性。
北西:ムーのパートナー。男性。
【温かな手】
数々の事件を経てより絆を深めたギンと畑。
しかし、最近になってギンの様子がどこかおかしい。
だが、畑には漠然とした不安があって聞き出せない。
思い詰めた様子のギンと共にとある老人ホームへと赴く畑。
そこにはひとりの老女が居た。
老女はひとり身らしく身寄りもないとのことだった。
ギンを見つけると微笑む老女。
ギンは老女に寄りそうと普段、畑にしているようにそっとエネルギーを吸った。
だが、普段に比べると一点違いがあった。
吸収量が違ったのだ。
それは老女の生命を縮めるものだった。
老女はどこか安堵したような穏やかな笑顔を浮かべる。
思いも寄らぬギンの行動に驚き呆然とする畑。
ギンが老女を殺害したようなものだったからだ。
やがて、ギンは畑の前から姿を消してしまう。
1人残された畑。
そこへ現れたのは畑と同じくギンの妹ムーのパートナーをつとめる北西。
彼によればムーもまた姿を消したらしい。
申し合わせたような行動に何か意図を感じる畑。
そんな畑に北西は自分の推測を口にする。
今回のギンの行動―――老女から生命エネルギーを奪ったことはすべてギンの思いやりから起こったことだったのでは?
ギンやムーは年を取らない。
だから擬態して生きている、居場所も転々としている。
年を取らないということは現在の畑や北西と同じく過去にもパートナーが存在したのでは?
それがあの老女だったのでは。
だからギンを見たとき、老女は喜びを表情にあらわしエネルギーを吸った時に笑顔を浮かべたのだ―――過去を思い出したから。
ギンはその性格上パートナーに対して配慮を欠かさなかった筈だ。
当然、パートナーの将来を考えある程度の年齢(29歳)にて共生関係を解消するようつとめていた。
老女ともそうして別れたのだった。
だが、偶然か必然か解からないものの老女はひとり身を通してしまった。
ギンはつい最近までそのことを知らなかった。
が、知ってしまった以上、自分にも責任があるのでは……と苦しむ事になった。
その責任を果たす為、老女に安らかな死を与える為に危険を冒して老女からエネルギーを奪い、そのまま姿を消した。
畑には北西の言葉に思い当たることがあった。
最近のギンの様子。
自分自身がギンと過ごす時間がモラトリアムに過ぎないと考えていたこと。
それらは北西の言葉を肯定していた。
ショックを受ける畑を北西が励ます。
なぜ、ギンとムーがそれぞれパートナーを残し姿を消したか。
それは残されたパートナー同士で支え合って生きて欲しいからではないか……。
北西はそっと畑の手を握る。
その手はギンとは違う―――だが、確かに“温かな手”だったのである―――エンド。
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