ネタバレあります!!注意!!
<あらすじ>

美少女殺害事件から3年後、投げつけられた激情の言葉が、彼女たちの運命を変えた。
取り柄と言えるのはきれいな空気、夕方六時には「グリーンスリーブス」のメロディ。そんな穏やかな田舎町で起きた、惨たらしい美少女殺害事件。犯人と目される男の顔をどうしても思い出せない4人の少女たちに投げつけられた激情の言葉が、彼女たちの運命を大きく狂わせることになる──これで約束は、果たせたことになるのでしょうか?
衝撃のベストセラー『告白』の著者が、悲劇の連鎖の中で「罪」と「贖罪」の意味を問う、迫真の連作ミステリ。本屋大賞受賞後第1作。
●著者のことば
コンプレックスを持った子どもが、そのコンプレックスに命を救われたら、その後どのような人生を送るのだろう。外見の小さなコンプレックスなど、年をかさねるにつれて、忘れたり、どうでもよくなっていくことのはずなのに、逆に重くのしかかってくることになるかもしれない。
その子どもが「償い」をしなければならない状況に置かれたら、どんな手段を選ぶだろう。
――そんな話を書きたいと思いました。小さな田舎町を舞台に。
この作品が書けたことを、自分自身、心の底から満足しております。
一人でも多くの方々にお読みいただければ幸いです。
*讀賣新聞2009年7月14日(日)読書欄「本よみうり堂」内「書店員のオススメ読書日記」で紹介(青山ブックセンター六本木店・間室道子氏)
目次
「フランス人形」
「PTA臨時総会」
「くまの兄妹」
「とつきとおか」
「償い」
(東京創元社公式HPより)
<感想>
「贖罪」というタイトルと内容は大分乖離している印象。
「贖罪」よりは「エゴ」か「スーパー・エゴ」が正しい。
「衝突するコンプレックス」でも可。
少なくとも「償って」はいないので注意。
相変わらず著者特有の“毒”は健在。
「告白」同様、読後感は悪い。
著者が用意したとってつけたような“救い”が実は“救い”にも何にもなっていないことを著者自身が理解しているらしいのが一番怖い。
そんな作品「贖罪」を一言で言い表せば「一に麻子、二に麻子、残り全てみんな麻子」。
正しい楽しみ方は、麻子の活躍ぶりを読むこと。
いや、暗躍(としか評しようが……)する麻子をじっと眺めることか。
「告白」、「少女」、「贖罪」の三作品を読んでみてこんな印象を持った。
「告白」は一度読めば(読者の精神的に)充分(ただし、読む価値はある)、「贖罪」は読めば読むほど毒がまわる(麻子怖いよ!!)、「少女」は印象が薄い。
この作者の作品を読むにあたり、注意がひとつ。
絶対に立て続けに読まないこと。精神的にダメージを負うから。
用量用法を守って読書ください。
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
紗英:子供時代のエミリの友人。現在は結婚し新婚生活を送っている。
真紀:子供時代のエミリの友人。現在は教員になっている。
晶子:子供時代のエミリの友人。現在は引きこもり生活を送っている。
由佳:子供時代のエミリの友人。現在は妊婦に。出産を控えている。
エミリ:故人。殺害された被害者。紗英、真紀、晶子、由佳の友達。
麻子:エミリの母。発端となった人物。
秋恵:故人。麻子の大学時代の友人。自殺した。
南条:フリースクールの教師。
第一章「フランス人形」
子供時代の紗英は真紀、晶子、由佳、エミリたちといつも遊んでいた。
エミリは都会から来た可愛い女の子でちょっと居丈高だったけれどそれでも友達だった。
そんなある日、あの事件が起きた―――
事の起こりは学校の校庭で5人で遊んでいたこと。
そこへ作業着を身に着けた1人の男がやって来る。
男は5人を呼んで、「プールにある更衣室の換気扇の修理を手伝ってくれないか」と頼んできた。
紗英、真紀、晶子、由佳は口々に協力を申し出た。
ひとり、エミリはなぜか渋っていたが。
だが、男は5人のうちでエミリを選んだ。
選ばれなかった4人はついていこうとしたが男に押し留められた。
男は紗英たちに云った。
「待っててくれればアイスをあげよう」と。
紗英たちはその言葉を信じ、素直に待ち続けた。
時間がたつが誰も戻って来ない、流石に異変を感じた紗英たちが更衣室で見たもの、それは変わり果てたエミリの姿だった。
紗英たちはそれぞれ手分けして大人たちに事件を伝えようとする。
紗英は現場の見張りを。
真紀は怖くなって逃げ帰ってしまった。
晶子はエミリの母・麻子へ連絡を。
由佳は派出所のお巡りさんを。
エミリの母・麻子が駆け付けるまでの間、紗英はひとりでエミリを見守り続けた。
可愛かったエミリは無惨にも悪戯をされて殺害されていた。
その光景をまじまじと見続けさせられる紗英の心の中には「エミリが一番大人だったから狙われた」との思いが強く残った―――。
事件発生から数日、紗英たちは大人たちからいろいろなことを尋ねられた。
「犯人の服装は?」
「犯人は何歳くらい?」
「犯人の顔は?」
しかし、服装も年齢もそれぞれで証言が食い違った上、顔は誰もが「覚えていない」と証言した。
当時、紗英の住む町では各家庭に飾られたフランス人形を見て回る遊びがあったが、そのフランス人形が盗まれる事件が発生していた。
やがて、その盗難とエミリ殺害は結びつけられて考えられるようになった。
その後も一向に犯人は捕まらず事件から3年が過ぎた―――が、紗英は纏わりつくような視線を常に感じ恐怖していた。
ある日、紗英たちはエミリの母親に呼び出された。
そこであの呪詛の言葉を浴び―――契約をさせられたのだ。
紗英は恐れ慄き、自らが女になることを否定した。
彼女は子供であろうとしたのだ。
月日がたった。
それでも紗英には子供を産む機能が働いていなかった。
精神が肉体を抑制したのかもしれない。
紗英は男性との交際を諦めかけていた。
そこへ運命の人が現われた。
彼は紗英を優しく支えてくれた。
ずっと見守り続けると約束してもくれた。
紗英は彼との結婚を決意した。
結婚式当日、紗英の前にあの魔女が現われた。
エミリの母・麻子である。
型通りの挨拶をしてくる麻子に紗英は混乱した。
それでも紗英には夫が居る筈だった。
だが、その夢は儚く散った。
夫は紗英のストーカーだったのである。
それも子供の頃からの。
纏わりつくような視線の正体は夫だった。
エミリ殺害犯ではないが、フランス人形盗難犯も彼。
紗英にフランス人形の面影を見た彼は恋心を抱いた。
初恋だったと云う。
それ以来、ずっと見守り続けて来たのだ。
夫には紗英を人形として飾りつけようとする性癖があった。
夫の思わぬ告白に驚く紗英だが、その愛を信じて受け容れることに。
じょじょにではあるが、紗英の身体が女性のものへと変わろうとしていた。
それに伴い腹痛に苛まれる紗英。
それでも人形として飾りつけようとする夫。
紗英はそんな夫を「変態」と罵ってしまう。
夫は逆上し、紗英を襲う。
そして……紗英は自身の身を守る為に夫を殺してしまった。
こうして殺人犯となってしまった紗英は麻子にこれまでのことをしたためた手記を送る。
それこそが契約の償いになるとでもいうように。 第一章了
第二章「PTA臨時総会」
大人になり教師となった真紀がPTA臨時総会で発言している。
内容はとある事件―――つい先日、起こった暴漢の校内侵入事件である。
それは、プールの授業中に起こった。
ナイフを持った暴漢がプールの授業中に乱入。
手当たり次第に生徒に切りつけたのだ。
その場にいた教師は二人。
ひとりは暴漢を怖れ身を潜めていた男性教諭。
もうひとりが真紀だった。
真紀は果敢にも暴漢に挑み、プールへと突き飛ばしたがはずみで暴漢は死んでしまった。
当初、マスコミは男性教諭を責め真紀を褒め称えた。
だが、状況が一変する。
男性教諭の婚約者(女性教諭)が真紀の過剰防衛を訴えたのだ。
それによれば、真紀は暴漢を何度も何度も足蹴にしたと云う。
勿論、事実と反していた。
真紀はたった一回、それも暴漢が水際から再び襲撃しようとしたのを阻止しただけだった。
だが、男性教諭を庇いたいという婚約者の想いと新たな攻撃先を見つけた世論に加え、暴漢の父親が有力者だったこともあり殺人者として追い詰められることになった。
数日以内に殺人罪で拘束されることになったのだ。
真紀は訴える。
「暴漢と闘ったのは勇気があったからじゃない。暴漢があのエミリちゃんを殺害した犯人に見えたからです。私には過去のあの約束がすべてだった」と。
それは、エミリの母・麻子にかけられた呪詛の言葉。
「なんで揃いも揃って犯人の顔を忘れてるのよ。この能無しが!!あんたたちがエミリを殺したのよ。いい、必ず犯人を見つけなさい。でないとあんたたちをエミリがされた以上の痛い目にあわせてやるから!!」
真紀はしっかりものとされていた自分が他の3人と違い1人逃げ出してしまったことにトラウマを感じていた。
他の3人に劣等感を抱いたのだ。
「犯人の顔を知らない」と云った真紀だったが、実は犯人の顔を見ていた。
証言当時、真紀の記憶と喰い違う発言をする他の3人に劣等感も加わりつい「知らない」と云ってしまったのだった。
そこに加え麻子のこの言葉に真紀は必要以上に自分を縛りつけてしまうことになる。
真紀は最近、エミリ殺害犯に似た人物をテレビで見たと云う。
その人物はフリースクールを経営する南条。
だが、犯人よりももっと……に似ているような……。
ここまでの真紀の訴えはすべてある1人に向けて行われたものである。
会場に来ていた麻子、その人に。 第二章 了
第三章「くまの兄妹」
晶子はエミリの事件以降、引きこもりがちになった。
晶子には自慢の兄が居た。
エミリ殺害時、晶子は麻子に急を伝えた。
その際、慌てふためく麻子に突き飛ばされ額を怪我した晶子を助けたのも兄だった。
晶子は自分のことをのろまなくまだと思っていたが、兄を誇りに思っていた。
数年前、そんな家族の期待を一身に受けた兄が結婚した。
相手は家族の思いも寄らぬ子連れの平凡な容姿の女性だった。
ただ、容姿に反し彼女の経歴は普通ではなかった。
都会に出て悪い男に引っかかり虐待を受けながら娘を生んだ。
そして―――捨てられた。
まさに波乱万丈に富んだ人生である。
どこか陰のある嫁に家族は反発したが、兄の熱意と連れられて来た娘の可愛さに家族は折れた。
不思議なことに兄夫婦にはいつまでたっても子供が出来なかった。
そして現在、晶子は怯えていた。
麻子から手紙が届いたのだ。
なぜか、あの事件の日、出会った不動産屋さんが語っていた言葉を思い出した。
「フリースクールの敷地を捜しに来た人が居てねぇ……」
思い出すと急に怖くなって晶子はその手紙を封も開かず放置していた。
ある日、晶子は兄の家を訪ねた。
そこから聞こえてきた言葉に晶子は驚愕する。
そこにはエミリとエミリを襲う犯人の男がいた。
晶子はエミリを救うべく凶器をふるった。
男はピクリとも動かなくなった。
その光景を見た兄嫁は「余計なことを……」と呟いた。
後にわかったことだが兄嫁は過去の男からの虐待により兄と一度も夫婦関係を結んでいなかった。
兄嫁は生活の為に結婚し、兄を愛していなかったのである。
やがて、精神に変調をきたした兄は義理の娘に鬱憤をぶつけだした。
生活を守るべく兄嫁も率先したそうだ。
兄の行為がエスカレートしていくのにさして時間はかからなかった―――。
くまの家族は多くを望んではならなかったのだ。
晶子はすべてを誰かに語り続けていた。
誰かは静かに聞いているだけだった―――。 第三章 了
第四章「とつきとおか」
由佳は出産しようとしていた。
子供の父親は姉の夫、つまり義理の兄だ。
その事実は由佳と義兄しか知らない……筈だ。
もともと義理の兄を好きになったのは彼が警官だったからだ。
エミリの事件が起き由佳は交番へお巡りさんを呼びに走った。
当時、フランス人形盗難事件につきっきりだった警察だったが、担当したお巡りさんは由佳の言葉を信じ現場へと足を運んでくれた。
姿の見えぬ犯人、もしかすると自分がエミリの立場だったのではと恐怖する由佳にお巡りさんは様々なフォローをしてくれた。
由佳はお巡りさんと触れ合うことで心の平静を得るようになった。
庇い支えるなど本来それは家族の役目だっただろう。
だが、由佳の家庭に限ってはそれは望むべくもなかった。
由佳は愛されていなかったから。
少なくとも由佳自身はそう感じていたから。
由佳には姉がひとり居た。
喘息持ちの姉。由佳が生まれる前から彼女は何でも持っていた。
両親の愛、周囲の優しさ、そして世の中を生き抜く知恵を。
姉は両親の注意が由佳に向こうとするたびに病気になった。
そして由佳から両親の関心が薄まるたびに快復した。
エミリの事件で傷ついた心を癒してくれる相手が由佳にはお巡りさん以外に存在しなかった―――。
やがて、そのお巡りさんも転勤となった。
後任の巡査は家族持ちのおじさんで由佳はなぜか彼には頼れなかった……。
そのうち由佳は周囲の関心を集めるべく万引きを繰り返し不良グループに入った。
そのうちに姉は年頃となり彼氏を作ると家族の愛情を疎ましがるようになった。
次第、両親の注意は由佳に向きそれを機に由佳は不良グループを抜けた。
それでも両親の中では由佳は姉に次ぐ二番目だったが……。
それから数年後のことだ。姉が義兄を連れて来たのは。
由佳はどこかお巡りさんの面影のある義兄に惹かれていき、ある日ついに一線を踏み越えてしまった。
由佳は妊娠し、お腹の子どもの父親を知らない両親は姉よりも由佳を大切にするようになった。
由佳は喜び、今度は義兄を手に入れるために彼に手柄を提供しようと考える。
そこで思いついたのがエミリ殺害犯のことだ。
由佳は調べ始めた。
そして、ある一人の男に行き着いた。
由佳は喜び勇んで義兄に報告しようとした。
だが、報告するより先に義兄から臨月にも関わらず子供を堕ろすように告げられる。
ショックを受ける由佳。
姉へ配慮した義兄の裏切りだった。
由佳はこの瞬間すべてを悟る。
自分が愛していたのは義兄ではなく、過去のお巡りさんだったのだということに。
そして、義兄はどうやっても自分のものにはならないのだ。
すべてを諦め疲れ果てた由佳はその場を去ろうとするが、返事をしない由佳の様子に不審を抱いた義兄は由佳を押し留めようとする。
非常階段で揉み合いになった二人。
そこへ不意に鳴り響く由佳の携帯電話。
バランスを崩した義兄はそのまま転落、救急車で運ばれるがそのまま死亡する。
由佳自身は産気づき、出産のために病院へ。
出産直前―――由佳の前に現れる人影。
由佳はその人物にこれまでのことすべてを告白し突き止めた男の名を告げるのだった。 第四章 了
終章「償い」
麻子にはひとつ償わなければならない大きな罪があった。
それは麻子がエミリを産むよりも前―――そんな過去の物語。
当時、大学生だった麻子。
女優と見紛うほどの容姿を持ち、洗練されたセンスを身に付けた彼女は華やかな世界に生きていた。
そんな麻子だが心に孤独を抱えていた。
それなりの友達はいたものの、親友と呼べる存在はいなかったからだ。
麻子はどこか冷めていた。そして飢えていた。
そんなある日、麻子にとって今まで付き合ったことのないタイプの友人に出会う。
それが秋恵だった。
彼女は麻子とは対照的に野暮ったく真面目でどこか垢抜けない娘だった。
真逆の存在である麻子と秋恵。
だが、麻子はそんな彼女に惹かれ何くれとなく面倒を見てやった。
ファッションについても助言し、物を買い与え、常に連れ立って行動した。
振り返れば、あれは優越感を感じたいがための行動だったのかもしれない。
いや、飾り切った自分に疲れ果て、全く逆の世界に住む秋恵に癒しを求めたのかもしれない。
それは麻子自身にも理解できなかった。
そんなある日、麻子は秋恵に破格の値段がする高級靴を買い与えようとした。
しかし、麻子の予想に反し秋恵は頑として受け取らなかった。
そこで麻子は気付いた。
以前から秋恵に物を買い与えたとしても必ず等価とまではいかないがそれなりのお返しがあったことに。
高級レストランで奢れば、居酒屋に誘われる。
それなりのものをプレゼントすれば、秋恵なりの精一杯のお礼を貰った。
当時はわからなかったが、秋恵は麻子と対等であろうとしたのだろう。
だが、それが麻子には不満だった。
“してあげているのに何がいけないのだろう?”
そう考えた麻子は善意のつもりでちょっとした悪ふざけを口にした。
「私の好意を受け取れないと云うのなら、私も男友達を紹介したことがあるのだからあなたも最低5人私に紹介してよ。それでチャラでしょ」と。
翌日、秋恵は本当に男性5人を麻子に紹介してきた。
彼らは教育学部の男性。
麻子には彼らが口にする「教育とは!!」や「教育論」がなにひとつ理解できなかった。
そんな中にひとりだけ、あくまで教育について話すものの麻子にわかりやすく歩調を合わせようとした人物が居た。
秋恵と親しげに話す彼に麻子は惹かれた―――それが麻子と南条の出会いだった。
麻子は南条と交際したくて堪らなかった。
秋恵に南条のことをしつこく訊ねたがなぜか秋恵の返答は煮え切らなかった。
「ひとりで南条と付き合うのは難しいかもしれない、しかも自分だけ幸せになるのは秋恵に悪い」と考えた麻子は自分が秋恵に引きあわせた男友達が彼女と交際したいと云っていたことを思い出した。
そうだ!!秋恵に彼氏を作りグループ交際をしたら上手くいくのでは?それならば秋恵も私も幸せになれる―――そう思い込んだ麻子は相手の男に秋恵を強引に口説き落とすよう指示。肉体関係を持ってしまえば秋恵はすぐにものになるとまで唆す。ご丁寧にチャンスのセッティングまでしてやった。
男から成功報告を受けた数日後、なぜか憔悴した様子の南条に接近する麻子。
南条は思いの外もろかった。
ついには関係を結び、同棲にまで漕ぎつける。
一方、秋恵と付き合っている筈の男からは上手くいかずに別れたとの報告を受けた。
可哀想な秋恵、何がいけなかったのかしら……と心配する麻子。
だが麻子の心労の種はそれだけではない。
押しかけ女房的に同棲にまで漕ぎつけたもののどこか南条の様子がよそよそしいのだ。
時が過ぎたある日、麻子は南条の隠し持っていた手紙を発見する。
「好きだ……忘れられない」と記された手紙に最初は自分のことかと有頂天だった麻子だが、読み進めるうちに顔色が変わる。
そこには驚くべき事実が書かれていたのだ。
南条の想い人は“秋恵”だった。
二人は過去に交際していたのだ。
「なぜ、別れてくれなどと君は云ったのだろう?」そこには南条の秋恵に対する諦めきれない思いのたけを綴ったメッセージが記されていた。
読み終えて秋恵に裏切られたと感じた麻子は秋恵に電話。
南条の子供を妊娠したと嘘を吐く。
それを真に受けた秋恵は手首を切り自殺。
自殺直前電話で秋恵に死を仄めかされた麻子は彼女の自宅で手首を切った秋恵を発見。
混乱のあまり、南条に助けを求めてしまう。
急を聞いた南条は車を借りて現場に向かうが、折悪くその途中事故を起こしてしまう。
借り物の車で飲酒運転、しかも事故まで加わったために南条の教員免許は剥奪。
南条は夢を断たれてしまう。
死んでしまった秋恵、生活力を失くした南条。
事態の急変ぶりに怖れをなした麻子は南条を捨て実家に戻り、他の友人に薦められるまま別のエリート男性と結婚してしまった。
お腹の中に南条の子供を宿したまま……。
麻子の夫は子供が出来ない身体だった。
対面の為にも都合がいいと語る夫に麻子はほっとする。
こうして麻子はエミリを産む。
実は秋恵は事の真相を記した遺書を残していた。
だが、麻子は遺書を友情の証であった指輪と共にそれを盗んだ。
破棄しようと思ったが流石に青春の思い出を失うのは忍びなくこっそり保管した。
すくすくと育ったエミリは綺麗な指輪を見つけた。
母によればそれは「いずれエミリのものになる」という。
母が隠すようにしていた秘密のそれには、もう一通見慣れぬ手紙が付属していた。
エミリはそれらを母の留守中にこっそり持ち出し―――手紙を紛失した。
運命だったのだろうか?
当時、夢破れなんとか生き抜きながらあがき、新たな進むべき道を見出そうとした男がいた。
南条である。
彼はたまたま麻子たちが住む町にフリースクールの敷地となる物件探しにやって来ていた。
そこで偶然、あの手紙を見つけてしまう―――秋恵の遺書を。
南条がどう考えたのかわからない。
天啓だろうか?
秋恵の意志だろうか?
だが、南条は自分からすべてを奪い、逃げ去り、ぬくぬくと生きている女の存在を知った……。
そしてエミリの事件が起こった。
事件当時、麻子は南条のことなど覚えていなかった。
犯人の心当たりなど無かったのだ。
ただ、「犯人の顔がわからない」と語る娘たちが憎かった。
お前らがもっとしっかりしてれば、エミリは……。
お前らさえ……そう考えた麻子は呼び出した四人の子供に呪詛をぶつける。
それがどういう意味を伴うか考えもせずに。
年月が流れ、麻子の中でエミリの事件は未だ風化していなかった。
そんな麻子の慰めになったのはひとりの男の存在―――フランス人形盗難犯である紗英の夫だった。
足繁く通い詰め事件のことを気にかける彼に麻子は好感を抱いていた。
だが、麻子は知らなかった。彼はフランス人形盗難犯とエミリ殺害犯が同一人物と見られていないか……その一点を気にかけ情報収集に訪れていたことを。
そのうちに四人の子供たちへの憎しみも緩和されていった……。
ある日、彼から四人のひとり・紗英と結婚することを聞かされた麻子。
複雑な気持ちだったものの、好感を抱いていた彼の結婚ということもあり祝福することにする。
紗英にどう接していいか悩んだがとりあえず結婚式に参加することに。
成長した紗英を見てホッとする一方、あの事件ではエミリだけが被害者だったのかと落胆する麻子。
素直に祝福したつもりだったが、後日、紗英から手紙が届く。
そこには第一章での出来事が綴られていた。
このとき、初めて麻子は自分の言葉が紗英を苦しめていたことを知った。
そして、紗英が殺人者になってしまったことも。
まさか他の子供たちも同じなのでは?
いや、紗英だけが特別だったのだ……自らに言い聞かせるべく他の3人に連絡を取ろうとする麻子。
そんな折、今度は真紀の事件が発覚。
子供の頃にしっかりものだった真紀が暴漢を撃退したというニュースは「やはり杞憂だったのだ」と麻子を喜ばせた。
だが、真紀に呼び出されPTA総会に参加した麻子は真紀もまたトラウマに悩んでいたと知り慌てる。
このままでは……と、晶子に過去のことを謝罪する手紙を送るが当の晶子は恐怖から封を開けず目も通してもらえなかった。
その後、あの事件が起こった。
こうなったら……と、相手に直接伝えることにする麻子。
由佳の妊娠を知り幸せそうだとほっとしたのも束の間、由佳と争う義兄の姿を見て助けるべく電話したことが裏目に出て、由佳を事故とはいえ殺人犯にしてしまう。
だが、四人との交流を経て麻子はついに原罪がどこに端を発しているか気付いた。
紗英から―――フランス人形盗難事件の犯人とエミリ殺害犯は別であること。
真紀から―――エミリ殺害犯は南条に似ていたこと。そして、エミリにもまた似ていたこと。
晶子から―――フリースクールの敷地を求めて男が町に居たこと。
由佳から―――南条に対しての調査結果を。
奇しくもあの呪詛の言葉のように四人の子供たちは麻子に犯人を指し示した。
麻子はついに南条と直接対決を決意する。
エミリ殺害事件の起こった学校の校庭にて―――
大人になった真紀と由佳があの日の続きをしている。
真紀はあの人―――麻子の雇った弁護士の尽力と味方になってくれた父兄の協力もあり無罪になった。
だが、教職を失ってしまう。
これからは過去だけではなく未来について考えてみたいらしい。
由佳は義兄が妊婦である自分を助けようとして転落したと主張。
それが認められていた。
母は強し、今後は子供の為に生きると語る。
この場に居ない紗英と晶子はそれぞれ正当防衛と心神喪失で争うらしい。そのすべてに麻子が助力を申し出ていた。
「結局、巻き込まれただけだったんだね」
真紀が口にする。
あの後、麻子は南条と対決。
エミリが南条の子供であることを明かした。
南条は膝から崩れ落ちたらしい。
その後のことはわからない。
そこへグリーンスリーブスが聞こえてくる。
「この学校も統廃合されるんだって」
真紀の言葉に残念がる由佳。
エミリと二人の友人を想う真紀と由佳。
過去は戻らない。だからこそ未来を望むべきだ。
四人の果たした贖罪の行方のためにも―――。 終章 了
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