ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
幸か不幸か生まれながらのテレパシーをもって、目の前の人の心をすべて読みとってしまう可愛いお手伝いさんの七瀬――彼女は転々として移り住む八軒の住人の心にふと忍び寄ってマイホームの虚偽を抉り出す。人間心理の深層に容赦なく光を当て、平凡な日常生活を営む小市民の猥雑な心の裏面を、コミカルな筆致で、ペーソスにまで昇華させた、恐ろしくも哀しい本である。
(新潮社公式HPより)
<感想>
「七瀬三部作」の一作目。ニ作目に「七瀬ふたたび」、三作目に「エディプスの恋人」がある。
「家族八景」は八編からなる短編集。
個性的な八つの家庭をテレパス(読心能力者)である火田七瀬というフィルターを通じて眺めて行く。
一作一作が現代社会が抱える闇に光を当てているが、それに留まらずそれぞれの諧謔的なラストが印象的。
管理人が考える各話テーマはこちら。
【無風地帯】事なかれ&家庭の事情
【澱の呪縛】目覚め&自己を知ることの恥ずかしさ
【青春讃歌】“老い”と“若さ”
【水蜜桃】定年退職者の悲哀
【紅蓮菩薩】内面夜叉&理性と本能&ストレス
【芝生は緑】“愛”と“欲望”の差は何か?
【日曜画家】芸術家のエゴ&欲望の行方
【亡母渇仰】マザコン
で、「家族八景」のラスト以降、七瀬はどうなったのか?
それを解き明かすニ作目「七瀬ふたたび」ネタバレ書評は明日のこの時間に行います。
お楽しみに。
補足:1979年2月に東芝日曜劇場で「芝生は緑」のタイトルで放送されたそうです。
七瀬役は「七瀬ふたたび」と同じく多岐川裕美さん。
◆関連過去記事
【七瀬三部作】
・「七瀬ふたたび」(筒井康隆著、新潮社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・「エディプスの恋人」(筒井康隆著、新潮社刊)ネタバレ書評(レビュー)
<ネタバレあらすじ>
【無風地帯】
とある上流家庭に家政婦として勤めることになった火田七瀬。
七瀬には両親も既に亡く、天涯孤独な身の上だった。
家政婦をステータスと見ていたその家族は表向き非常に微笑ましい家族だった。
だが、七瀬にはその本質が分かってしまう。
なぜなら、彼女は人の心が読めるテレパスだったから。
彼女はこの能力が人に知られることを怖れ定住しないで済む家政婦という職業を選んだのだった。
テレパスの前では誰しもが思考を読まれ裸にされてしまう。
この家族はお互い仲がよさそうに見えるものの内心では互いを見下し罵り合っていた。
その二面性の酷さに呆れ果てた七瀬は本音でぶつかりあえるよう干渉するものの、それさえ軽くいなしてしまう家族たち。
やがて、この歪な家族を歪ながらも辛うじて成立させているのが家族から一番無視されている母親であることに気付くのだった。
【澱の呪縛】
とある大家族宅へと勤めることになった七瀬。
そこは異臭漂う不潔な屋敷だった。
早速、仕事に取りかかる七瀬。
年頃の男の子が多いこの家では男性の生理がそのままの形で無造作に残されていた。
これが異臭の原因だったのである。
頭を抱えながらもなんとか仕事をこなした七瀬。
出かけていた子供たちが帰って来ると何故か少しづつ自分に敵意が集まりつつあると感じ始める。
そして、それは年齢の高い子供ほど強まる傾向だった。
やがて、事態に気付き始める七瀬。
彼らは自分たちが不潔であると気付いていなかった。
それを外からやって来た異物(七瀬)によって清掃されたことにより初めて気付き、気恥かしさと共に異物へと憎悪を募らせ始めたのだ。
「これ以上、ここに留まるのはまずい」と判断した七瀬はこの家を去ることを決意する。
【青春讃歌】
とある中年の女性宅へと勤めることになった七瀬。
彼女は自身が理性的過ぎるゆえに自身の老いを怖れ、若くあろうと努力していた。
しかし、彼女の夫は彼女の気持ちを理解しようとはしない。
彼女は若さの象徴として若いツバメと遊び始める。
だが、老いは現実のものであり、彼女は若いツバメに見放されてしまう。
老いを呪った彼女は若い七瀬へ嫉妬を募らせる。
理性的な彼女に憧れていた七瀬はショックを受ける。
ある日、夫と喧嘩した彼女は若いツバメと復縁すべく彼の家へと向かう。
途中、苛立った彼女は数年ぶりに100キロオーバーで車を運転。
操作を誤りそのまま前方の車に衝突し命を落としてしまう。
「どう、猛スピードで事故死なんて若くないと出来ないでしょ」と誇らしげな彼女。
初めて人の死をテレパスした七瀬はさらにショックを受ける。
夫はといえば「自分との喧嘩が原因で彼女が死んだわけではない」と必死に言い聞かせるのだった。
【水蜜桃】
とある定年退職者の家に勤めることになった七瀬。
家長として権威を奮いたいものの退職以降、家で居場所を失ってしまった彼は息子の嫁に欲情する奇妙な性癖を持っていた。
理性でそれを抑え込む彼だが、彼以外の家族は全員それを承知しており彼を軽蔑していた。
彼は家庭で孤立していく。
趣味に興じようとする彼だが元来ワーカホリック気味だった彼は遊ぶことが出来ない。
そのうちに手が出せない息子の嫁より、まだ女性として未成熟な七瀬に性の対象を移していく。
彼の心の動きが手に取るように分かる七瀬は危機感を募らせるが具体的な対策が立てられない。
ある夜、ついに彼が七瀬を襲ってしまう。
力では勝てないと悟った七瀬はテレパス能力を利用。
彼が幼い頃に恐怖していた“さとりのバケモノ”を利用し彼に精神崩壊を引き起こすのだった。
【紅蓮菩薩】
とある心理学教授宅に勤めることになった七瀬。
教授は妻を軽蔑しており、妻はそれを知りながら内面の夜叉を抑え無理矢理に良妻賢母であろうとしていた。
教授は心理学の一環として超能力研究も行っていた。
火田七瀬という名前に興味を抱く教授。
七瀬のみたところ、教授は学生相手に不倫を繰り返していた。
妻もまたそれに薄々感づいてはいたが七瀬さえ舌を巻く驚異の精神力で爆発を抑え込んでいる様子だった。
ある日、超能力に関係する書籍を求めて教授の部屋へ忍びこんだ七瀬はそこで父が教授の被験者として優秀な成績を挙げていたことを知る。
慌ててデータを盗み破棄する七瀬。
だが、教授はひょんなことから七瀬と父の関係を知り彼女に研究へと協力するよう迫る。
涙ながらに拒否する七瀬。
そんな七瀬の様子に閉口した教授は次の機会を狙いつつ七瀬を解放する。
その様子を眺め見ていた教授の妻は七瀬が教授に関係を迫られたと誤解。
これ以上、教授に関わりテレパス能力が露見することをおそれた七瀬はその誤解に乗じて彼女へ教授の不倫の実態を教える。
怒り狂う彼女を前にそのまま辞去する七瀬。
後日、教授の妻は子供を連れ自殺してしまう。
教授が七瀬を追いかけることは無かった。
【芝生は緑】
医社宅に勤めることになった七瀬。
医社の妻は夫を軽蔑しており、隣の建築家に心惹かれていた。
当の建築家はと云えばこちらはこちらで妻に不満を抱いており医社の妻に興味を抱いていた。
一方でまた医者と建築家の妻も互いに惹かれているらしいと知った七瀬は実験と称して互いが結びつくよう干渉することに。
結果、不倫と知りつつ燃え上がった二組のカップルは急速に接近。
ついに最後の一線を踏み越える直前にまで漕ぎつける。
ところがここで不倫カップル二組が顔を逢わす事態が発生。
急に本来のパートナーへの独占欲を見出した二組の夫婦は七瀬の思惑をよそにイチャイチャし始める。
結果、翌朝には以前以上の強固な絆で夫婦として結びついてしまう。
これは決して愛じゃない、単なる欲望だ……七瀬は呆れ果てるのだった。
【日曜画家】
普段はサラリーマン、日曜日にだけ画家になる男性宅に勤めることになった七瀬。
彼の家には欲深い妻とその血をひく欲深な息子がいた。
日曜画家は妻と息子に金の為に絵を描くことを強要されるが頑として拒否する。
日曜画家に殺意を抱く妻と息子。
ただ耐えるだけの日曜画家。
日曜画家の思考はテレパスの七瀬でも抽象的にしか受け取れなかった。
七瀬はそんな日曜画家に好意を抱くようになる。
彼の作品の不思議な魅力は七瀬をも虜にしようとしていた。
日曜画家の普段の思考が知りたくなった七瀬は休みを利用し、密かに彼の会社へと赴く。
そこで驚愕の実態を知った七瀬。
日曜画家は女子社員の秘密を握っては脅迫して肉体関係を結ぶ卑劣な俗物だったのだ。
彼は余りにエゴが強過ぎたために思考が独自の発展を遂げており、七瀬でさえまともに受信できないレベルに達していたのだ。
彼の作品は彼の思考世界を表現したものであり、自分本位なエゴに満ちていた。
これまでとは逆に日曜画家に憎悪さえ抱くようになった七瀬は彼が次に狙おうとした女性社員に忠告する。
結果、日曜画家の欲望はあてが外れたために身近な七瀬へと向き始める。
さらに父親同様、息子まで七瀬に対して男性の欲望をぶつけ始めた。
もはや、これ以上留まる事は出来ないと判断した七瀬は日曜画家の妻の小言に送られながら辞去するのだった。
【亡母渇仰】
27歳のマザコン男の家に勤めることになった七瀬。
マザコン男には社会的地位もあり、母と妻がいたがその母が病死する。
悲嘆に暮れ地に足のつかないマザコン男に周囲は困惑。
七瀬は彼の思考法に呆れ、上司は彼を見捨てることを決意、妻も離婚を考え始める。
だが、本人はそんな周囲の考えも知らずただ母を求めて泣いていた。
七瀬は周囲の自分を見る目が男性の欲望に満ちたものであると感じていた。
成熟した女性になりつつあった七瀬の魅力は周囲を惑乱するほどに大きくなっていたのだ。
七瀬はもはや家政婦を続けて行くことすら危険であると判断し、この仕事を最後に辞めることを決意する。
そんな中、どこからかマザコン男の妻を呪う思考を拾う七瀬。
思考元を探るうちにそれが死んだ筈のマザコン男の母であると気付く。
マザコン男の母は生き返ったのだ。
彼女は七瀬や医者や嫁を呪いながら荼毘にふされる。
彼女が生きていることを話せばテレパス能力がバレてしまう七瀬はひたすら念仏を唱え続けるのだった……「七瀬ふたたび」に続く。
こちらは清原なつの先生によるコミック版。
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