本記事は「エディプスの恋人」、「魔性の子」、「神狩り」、「インシテミル」について触れています。
ネタバレあります、注意!!
三部作はこの結末の為に存在したのだろう。
すべては智広の花嫁となる七瀬を育てる為に。
<あらすじ>
ある日、少年の頭上でボールが割れた。強い“意志”の力に守られた少年の謎を探るうち、テレパス七瀬は、いつしか少年を愛していた。
(新潮社公式HPより)
<感想>
人の持つ根源的な恐怖を火田七瀬というスーパーヒロインを用い見事に表現した作品。
話のモチーフは小野不由美先生「魔性の子」に近い。
七瀬が見かけた不思議な少年・智広を軸に話が展開する「エディプスの恋人」。
広瀬が見かけた不思議な少年・高里を軸に話が展開する「魔性の子」。
本人が不思議な力を行使するわけではない点も共通。
まぁ、智広と高里の力へのスタンスに大きな違いがありますが。
そういえば、どちらも「版元は新潮社」かつ「絶対的支配者による運命論的な帰結に落ち着く」のも興味深い。
さらに山田正紀先生「神狩り」との関連も見逃せないだろう。
そんな「エディプスの恋人」は「家族八景」、「七瀬ふたたび」と続く「七瀬三部作」の三作目。
結論は最初に書いたとおり。
「三部作はこの結末の為に存在したのだろう。
すべては智広の花嫁となる七瀬を育てる為に」
珠子が神になった当時、七瀬は既に生まれている。
これにより、仕組まれたのではなく偶々七瀬が選ばれたかに見える。
だが、ラストから分かるように存在すら自由に操れる神の事。
それ(時間を動かすこと)すら万能たる神の御業からすれば容易いことのように思える。
七瀬が智広よりも年上なのも智広を保護させる為に神が設定したとも考えられる。
あるいは万能の神の手によれば年齢すら改変できるのでは―――。
こうして、ついに七瀬は「七瀬ふたたび」で失った肉体どころか精神までも支配されてしまった。
七瀬は永遠に出ることの出来ない牢獄に囚われてしまったのである。
一方で、米澤穂信先生「インシテミル」のごとくメタ的に見れば、智広を作者に愛された主人公(作者の分身)、七瀬をスーパーヒロイン、神を作者(筒井康隆先生)と捉えることも出来る。
こう捉えると「スーパーヒロイン・七瀬は読者の自由にはさせない。あくまで作者のものだもんね〜〜〜ほら、作者の分身である主人公とくっつけちゃえ」とでも言いたげな筒井先生のメッセージが聞こえてくるようだ。
なんだか、こちらの方がほのぼのした印象を受け本編での七瀬の衝撃も多少薄らぐような気がしないでもないなぁ……。
一読者としては複雑だが……。
蛇足:ちなみにタイトルの「エディプス」とは、ギリシア悲劇の一つ「オイディプス(エディプス王)」のこと。
この中でエディプスは知らずに父王を殺し自分の母親と結婚した。
エディプスコンプレックスの語源となっている。
◆関連過去記事
【七瀬三部作】
・「家族八景」(筒井康隆著、新潮社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・「七瀬ふたたび」(筒井康隆著、新潮社刊)ネタバレ書評(レビュー)
【その他関連過去記事】
・小野不由美先生の「屍鬼」アニメ化!!
・「インシテミル」(米澤穂信著、文藝春秋社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・ドラマ原作は山田正紀先生の「女囮捜査官(おとり捜査官)」シリーズ。
土曜ワイド劇場「おとり捜査官北見志穂 獄中女に間違われた女刑事!銀行襲撃犯が殺される理由…消えた拳銃と2300万の謎」(8月7日放送)ネタバレ批評(レビュー)
<ネタバレあらすじ>
とある私立高校の事務員となった七瀬。
テレパスの彼女は未だ健在。
その特異な力を隠しつつ一般社会に溶け込んで生きて来た。
ある日、彼女は学校で奇妙な現象を見かける。
それはある男子生徒の頭上で彼に向っていた筈のボールが破裂するという光景だった。
その男子生徒こそ香川智広。
超能力者とは思えないが、奢りも昂りもなく純粋に「周囲は己に奉仕する者」であるとの思考を持つ彼に何故か強く興味を惹かれる七瀬。
知らず知らずのうちに彼の過去について調べ始めてしまう。
それによると智広の周囲では七瀬の見た光景は特別なことではなく日常茶飯事であると知れる。
彼に仇なすものは悉く手酷い目にあっていたのだ。
七瀬は調べて行くうちにそれが彼の意志によるものではなく彼を守ろうとする別の意志によるものと考えるようになる。
その意志を脅威に思う七瀬。
それは七瀬の知るどの超能力者でも不可能のように思えたからだ。
やがて、天の導きにより喫茶店で智広と出会った七瀬は智広に惹かれて行く自分を意識するとともにこれが何者かによる精神支配ではないかと考え始める。
だが、それでも智広への思慕の念は収まらない。
一方、智広も七瀬に強く興味を持ち彼女へと接近する。
智広を警戒する七瀬だが、気持ちは抑えられず二人の間に急速に強固な愛情が育まれていく。
もはや、それは七瀬の理性では押し留めようもなかった。
そう、それは七瀬の知る初めての“愛”だったからである。
しかし、七瀬はテレパス。
その精神力は常人を上回っていた。
辛うじて疑念を維持し続けた七瀬は智広の父で高名な画家である頼央に会うべく足を運ぶ。
そこで知らされる驚愕の真相。
智広は知らないことだが、彼は現在の宇宙意志いや神とでも云うべき存在の息子だったのだ!!
智広の母・珠子は当時、才能に限界を感じていた売れないアマチュア画家である頼央を支える為に彼と結婚した。
珠子は頼央の村では憧れの君としてアイドル化された存在だったので頼央自身がこの結婚を信じられなかったと云う。
頼央によれば、珠子は奉仕的精神の持ち主だったのかもしれない。
だが、珠子が頼央と結婚したのは紛れもない事実であり結果智広が生まれた。
幸せな日々が続くかに思われたが、それからしばらく後に珠子が行方不明になってしまう。
頼央の必死の捜索も虚しく珠子は発見されなかった。
だが、珠子恋しさに苦しむ頼央の前にソレは現われた。
ソレは淡い金色の光を纏い怯える頼央に話しかけた―――自分は珠子である、と。
驚く頼央にソレ―――珠子は語る。
宇宙意志(仮にこれを神と呼ぶ)は近年、世界を動かす上でそのシステム運営上の壁に直面していたらしい。
これの解決には女性的な思考を導入する必要があった。
そこで目をつけたのが珠子。
珠子に絶対者としての全権を譲る代わりにシステムの運営責任を担わせる契約を交わしたのだと云う。
こうして珠子は人の身から神となった。
始めこそ半信半疑だった頼央だが、珠子を名乗るソレと話すうちに間違いなくソレが珠子であると確信する。
人から神となった珠子は現世に介入出来る権限を利用し、それまで売れなかった頼央の絵に不思議な魅力を添え一躍時の人に押し上げた。
同時に現世に残した己の息子・智広を影からずっと見守っているという。
智広の周囲で起こる不思議な現象はすべて珠子の行いだったのである。
頼央は「自分の絵には本来、人を感動させる力などない」と力なく笑う。
それは常人ならぬテレパスである七瀬やほんの一握りの者以外わからないことだった。
これも珠子が智広の養育費として自分に与えてくれたものと理解しているらしい頼央。
珠子が教育ママ的な側面を強く持っていることを指摘した上で、七瀬はその珠子に認められた智広の公式な恋人であると断言する。
だから、あまり気に病まない様にと言い添える頼央。
彼はどこか疲れて見えた……。
事実の余りの大きさと重さに一時は智広と別れようと考える七瀬だが、絶対者である神の計らいかどうしても智広への想いを断ちきれない。
それどころか日に日に大きくなっていくばかり。
テレパスである七瀬には、智広もまた七瀬を真剣に想っていることが分かり過ぎるほど分かってしまう。
仕組まれた愛かもしれないとの疑念は拭えないもののこの愛に溺れてしまおうと決意する七瀬だった。
ついに智広を受け容れると決めた当日、これまた仕組まれたように七瀬の部屋には智広が既に居た。
智広の求めに応じ関係を結ぶ七瀬だったが、ここで何者かに精神を飛ばされ身体を奪われてしまう。
すぐに奪った相手に思い当たる七瀬。
こんなことが出来るのは絶対者たる神しかいない。
つまり智広の母・珠子だ。
珠子は絶対者たるおおらかさで、肉体的には他人であるが精神的には息子である智広と倫理を無視し関係しようとしていた。
珠子を批難する七瀬だが相手との力の差は絶対的でどうしようもない。
泣く泣く事が終わるのを見届けるのだった……。
数日が過ぎ、どうやら珠子の介入はあれが最後だったかと七瀬が思い始めた頃、七瀬の前に“天使”を名乗る老人が現われる。
それが冗談ではないことはテレパスである七瀬には良く分かっていた。
老人は珠子の先代の絶対者・神だった人物。
今では珠子の為に行動しているらしい。
老人によれば珠子は前回の行為を彼女なりに反省しており、もう二度としないことを約束した上で、七瀬にお詫びしたいと云う。
七瀬は物質的に何も望まないことを告げ、智広と自分をそっとしておいてくれるよう願う。
そんな七瀬の判断を聡明であると認めた上で、老人は恐ろしい提案を七瀬に持ちかける。
「七瀬の大切な人物に会いたくないか」と云うのだ。
「大切な人なんて……」と口にしかけ、急に記憶を刺激される七瀬。
不意にノリオ、恒夫、藤子、ヘンリーのことを思い出す。
同時に七瀬の頭に響くノリオの声「お姉ちゃん!!」。
七瀬は懐かしさのあまり崩れ落ちそうになる。
彼らが近くのホテルにある一室にいること。
珠子が存在する限り、組織にふたたび狙われることはないことを告げ彼らに会うよう促す老人。
七瀬は一も二も無くその場を駆け出す。
駆けながらあの事件を思い出す七瀬。
恒夫が殺され、藤子が殺され、ノリオが殺され、ヘンリーが殺された。
そこまで考えふと足を止める七瀬。
相変わらずノリオは七瀬を呼び続けている。
だが、彼らは確かに一度死んだのだ。
なぜ、此処に居るのだろう。
しかも、七瀬はテレパスである。
彼らの思考を捉え損ねる筈はない。
それが、つい先程、降って湧いたように彼らの思考が現われた。
おかしい、おかしい、何かがおかしい。
七瀬の頭がフル回転する。
足はいつの間にかホテルとは反対方向に向かい走り出していた。
刹那、ノリオたちの思念がふっと消えてしまう。
まるで初めから居なかった者のように。
七瀬はすべてが絶対者に用意されていたことを知り恐怖する。
慌てて自分の記憶を探る七瀬。
組織に銃撃され致命傷を負った自分を神=珠子が救ったことになっているが、この記憶は本物だろうか?
そもそもノリオたちの記憶自体が改竄されていたではないか!!
もしや、ノリオたちのように自分もまた……。
ここまで考えを進めて七瀬は思考を諦めた。
どのみち、相手は絶対者である。
どうしようもないのだ。
そして、七瀬は智広の待つ自宅へと歩き始める。
その足は少しずつスピードを上げていく。
まるで一刻も早く「エディプスの恋人」の役割を終えてしまわんとするばかりに―――エンド。
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