先生の次回作「奇面館の殺人」についてもちょっと触れられたみたいですよ。
ソースの「読売新聞」さんによれば―――
第一線で活躍中の作家が創作の裏側や、自作にまつわる様々なエピソードを明かす「第28回よみうり読書 芦屋サロン」が9月17日、兵庫県芦屋市のルナ・ホールで開かれた。ゲストの綾辻行人さんが、本紙に書き下ろした掌編小説『蒼白い女』(8月31日付朝刊に掲載)を題材にしながら、参加者と一緒に読書の楽しみを探った。聞き手は文化・生活部の浪川知子記者。
司会 掌編小説『蒼白い女』には、綾辻作品の怖さの一端が表れています。
綾辻 前半は去年の暮れ、新宿の某喫茶店での実体験が基になっています。あの時は一瞬、「まさか幽霊?」と思えたんですね。実際には携帯電話の光が顔を照らしているだけだと分かって笑い話になったんですが、膨らませれば面白いショート怪談が書けるかも、と思ってノートにメモしておいたんです。
司会 後半、店内の客の携帯が圏外なのに次々に鳴り始め、メールが着信します。
綾辻 そのアイデアが出てきた時に「あ、これでこの作品はできたな」と。わりと理詰めで、ここからどんな展開があれば最も異様だろうか、怖いだろうか、と考えていった結果でした。
司会 携帯電話が普及した現代だからこその新たな怪談ですね。謎は謎のまま物語は終わりますが、皆さんはどんな風に読まれましたか。
(女が幽霊だとする声とそうでないとする声とが、ほぼ半数ずつという反応)
綾辻 最後の場面、メールの文面を読んで少しゾッとして読後の1、2分、余韻に浸っていただけたなら、この作品は成功だと思っています。
司会 読み方に正解はなく自分なりに楽しんでもらえれば、ということですよね。
綾辻 基礎的な読み解きの力というのは、もちろん必要ですよね。けれどもそこから先、どのように作品を解釈して楽しむかという話になると、これはもう読み手の自由ですから。
司会 作品の中で、「作家としてはたまにホラー小説などを書いてはいるけれど、はっきりいって私は、まったく信じていない人間なのである」と書かれています。
綾辻 超常現象については本当に僕、完全否定派なんですよ。幽霊だの何だのの心霊現象はほぼ100%、気のせいか錯覚か思い込みだろうと考えています。だから全然、怖くないんですね。ただ、フィクションの中であれば、お化けが出てきても怪獣が出てきても、ばかばかしいとは感じずに楽しめてしまう。読む場合も書く場合も、です。
司会 綾辻さんが一番怖いものって何でしょう。
綾辻 つまるところはやはり、死なんでしょうね。死があるから恐怖が生まれる。恐怖というのは、生物としての防衛機制ですから。死そのものも怖いし、死に至る苦痛というのもリアルに怖い。若い頃は他人事的な距離感で『殺人鬼』みたいな小説も書けたんですけれど、年をとるとだんだん、ああいうのを書くのはしんどくなってきますね。
司会 今後、作風が変わっていくかもしれないですか。
綾辻 いや、基本的なところはきっと変わらないでしょう。読者をびっくりさせたいとか怖がらせたいとか、そういった子供っぽいモチベーションは一生消えないだろうし、もし消えたら、それは自分が作家をやめる時だなと。
司会 『最後の記憶』や『黒猫館の殺人』など登場人物のアイデンティティー(自己同一性)の不連続が重要な要素になっていますが。/p>
綾辻 僕自身、どうもそういう不連続感が強い人間なんですよ。どこかで断絶があって、続いていない感じ。この何年かはつながっているけど、それと次の何年かとの間に大きな段差がある、みたいな。その繰り返しなんですね。
司会 特にショックな出来事があってとか、そういうことではないわけですね。
綾辻 はい、そういうわけではなくて。ここより前の自分は違う人間だったのでは、と思えるような時期がいくつかあるんですね。今日のこのイベントも、いずれ「あれは何だったんだろう」みたいな思い出し方をすることになるかもしれませんね。
司会 新本格ミステリーの旗手として、「本格」観を聞かせて下さい。
綾辻 今、幅広くミステリーと呼ばれている小説の中でも、「謎と論理と意外な解決」を主軸にしたものが「本格ミステリー」だと定義できますね。分かりやすい例を挙げれば、アガサ・クリスティーや横溝正史の諸作品のような。僕の持論としては、「トリッキーなプロットをジャンケンの後出しをしない努力を怠らずに書ききった小説」が広義の〈本格〉です。「実は三つ子がいました」とかいう話を、伏線もなしにいきなり後出しするのは最低。ホラーやSF、恋愛小説や童話であっても、その辺がきっちりしている作品ってあるんですね。何らかの謎とその解決の間にちゃんと伏線が張ってあって、うならされるような作品。そういうものも、僕としては〈本格〉だと思うんです。
司会 ジャンルにかかわらず、<本格>を中に仕込んでいる作品はあるわけですね。
綾辻 できれば全部伏線を張っておきたい、という努力を最後まで放棄せずに作家が書き切っていたら、それは〈本格〉だろう、と。
会場から デビューされた1980年代からミステリー人気は続いています。
綾辻 ポーの『モルグ街の殺人』に始まり、ドイルがシャーロック・ホームズの物語で世界的に歓迎されて以来、ミステリーの人気は急落したことがない。エンターテインメントの、良い意味での王道なんですね。謎というストレスを読者に与えておいて、解決でそれを取り除いてカタルシスをもたらす。これは普遍的に有効な手法なんですね。力強い構造を備えたジャンルなんだと思います。今後もきっと、衰退したり滅びたりすることはないでしょう。
会場から ホラーとミステリーの融合点、もしくは区別を教えて下さい。
綾辻 僕の中では明確な線引きはないんです。車の両輪のように、ミステリーとホラーがある。そのどちらにバランスを傾けるか、によって作品の色が決まってくる感じ。たとえば『Another アナザー』だとホラー寄りのバランス、現在執筆中の『奇面館の殺人』はミステリー寄り、という風にです。
<蒼白い女> あらすじ
地下の喫茶店。客の中に異様に蒼白い顔の女を見つけて私は驚く。まさか幽霊か。近くで確認すると、女は携帯電話の画面を見つめていて、その光が反射していただけだと分かる。が、自分の携帯には圏外の表示が。違和感が膨らむ中、店のあちこちで着信音が鳴り響く。そして、見知らぬアドレスから1通のメールが届いていた。「どうして気づいてくれないの」。いつの間にか、女は消えていた。
サロンを聴いて―――たつみ都志(武庫川女子大教授)
夜道を歩いていて、向こうから来る人の蒼白い顔にぎょっとした経験はないだろうか? 近づいてそれが、携帯のメールを歩きながら打っているせいだと知って苦笑する。そんなところに『蒼白い女』の発想の原点があるのか、と考えていたところ、「前半はほとんど実体験」だという。ゼミ生の予測通りだった。
舞台となった喫茶店の名称「誰(たそ)彼(がれ)屋(や)珈(コー)琲(ヒー)店」と「どうして気づいてくれないの」とが呼応するのは分かるが、この女は何に気づいてほしいのだろうか。存在に? そもそも存在しているのか、いや何故(なぜ)死んだのか? そんなB級疑問に作者は触れず、余韻を残したまま終わるのがリドル・ストーリー(謎の物語)だという。
幽霊、おばけ全部信じない、と断言する綾辻は「一番怖いものは?」と問われ、やや間をあけて「死」と真面目(まじめ)に答える。関西的ノリで「女房」など、笑いを取れる答えを予測した大勢に肩すかしをくらわせた。
真面目、誠実、正攻法という印象。そういえば京大大学院では教育学専攻だったとか。
(2010年10月02日 読売新聞)
(読売新聞さんより)
綾辻先生のミステリ観(ないし本格観)がよく分かるトークだった様子。
この記事には載ってないですが、当日には「奇面館の殺人」がちょっと遅れてるみたいな話も出たとの情報もありますが果たして……。
◆関連外部リンク(外部サイトに繋がります)
・第28回 綾辻行人さん「蒼白い女」を語る(読売新聞さん)
http://osaka.yomiuri.co.jp/dokusho/ds101002a.htm?from=ichioshi
◆関連過去記事
・綾辻行人先生、次回作は「奇面館の殺人」!!
・綾辻行人先生次回作「奇面館の殺人」執筆好調!?
綾辻行人先生[館シリーズ]ネタバレ書評(レビュー)はこちら。
・「十角館の殺人」(講談社)
・「水車館の殺人」(講談社)
◆綾辻行人先生の他の作品はこちら。
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