<あらすじ>
■特別企画『折れた竜骨』刊行記念、米澤穂信インタビュー■第7回ミステリーズ!新人賞佳作一挙二作品掲載。深緑野分「オーブランの少女」、明神しじま「商人の空誓文」■第20回鮎川哲也賞・第7回ミステリーズ!新人賞贈呈式レポート■探偵ジョー・ヴェニス待望の復活! 木村二郎「永遠の恋人」■帰ってきた福家警部補。大倉崇裕「福家警部補の帰還」【前編】■好評〈パ・マル〉シリーズ、近藤史惠「共犯のピエ・ド・コション」■翻訳ミステリ、アンドリュー・クラヴァン「クリスマスの殺し屋」ほか
(東京創元社公式HPより)
<感想>
第7回「ミステリーズ!新人賞」佳作。
佳作は深緑野分「オーブランの少女」との2作受賞だった。
第7回新人賞自体は美輪和音(受賞時大良美波子名義)「強欲な羊」が受賞している。
・「オーブランの少女」(深緑野分著、東京創元社刊「ミステリーズ vol.44」掲載)ネタバレ書評(レビュー)
本作は「ミステリーズ! vol.44」に「オーブランの少女」と同時掲載された。
本作の感想としては凄く面白い。オススメである。
ただ、一部に詰め込み過ぎたきらいが無きにしもあらず。
それがラストの怒涛の展開に繋がるワケで、話のキモなのだが……。
@現在、キドウの物語
A過去、商人とカルマの物語
B過去、影男の物語
と3つの物語が並列で進行する為、読み難い。
ただし、丁寧に伏線が張られているのでそこさえ乗り越えられれば面白さに繋がる筈。
ファンタジー色は事前に想像していたよりも薄かったので気にならない。
つまり、全体的にダークなおとぎ話テイストとの理解でよいのでは?
ラストも印象的。
人は禁じられるとついつい破りたくなるものなのか……。
あれやられたら、精神的にアウトだろうなぁ。
補足(蛇足)説明:
・現在のキドウの立場から、キドウの国は戦争を起こし隣国の手で滅ぼされたのだと思われる。
・フェイは隣国の和平派の貴族だと思われる。
・少女は影男の物語に出て来る“女”の娘。
影男から禁じられた為に母親へすべてを話してしまうのだろう。
それを聞いた母親は恐慌状態に陥る筈だ。
これが影男の復讐か。
<ネタバレあらすじ>
現在。ある酒場にて、キドウは因縁の相手である黒いローブ姿のカルマを見つけ出した。
見間違う筈もない、カルマはあの当時のままの容姿だった。
キドウは意を決してカルマを呼び止める。
「この国では偽の銀貨が出回っていてな。捕まると終身刑らしい……」
軽口を叩くカルマに憤りを隠せないキドウ。
そんなキドウにカルマは面白い話を語って聞かせる。
それは影男の話だった。
とある国に男がいた。
男は通りを挟んだ向かいに住む女性に懸想した。
だが、彼女には婚約者がおり、暫くすると婚約者と結婚しそのまま生活を始めてしまった。
男は恋破れ彼女の姿を見るに耐えず酒に溺れた。
そんな男に語りかけて来る者があった。
男自身の影である。
男は影との会話を楽しみ、苛立ちや愚痴をぶつけた。
そんなある日、男は酒場で黒いローブに身を包んだ蛇のような男に出会う。
蛇男は男が影と会話するのを見て、ある提案を行う。
影を切り離してみないかと言うのだ。
冗談半分ながら蛇男に勧められるまま影を切り離した男。
影は男とそっくりの姿を取る。
以来、男と切り離された影は別個の存在となった。
とある国にて、商人が困っていた。
なんでも、遠い国から叔父と共に旅をしていたが叔父に死なれ旅費が足りず郷里にも帰ることが出来ずに困っていると言うのだ。
商人によればこの国で商品を売り切り旅費に代えたいらしい。
だが、その国はとても貧しく誰もが商人に同情するものの商品は一向に売れなかった。
その噂を伝え聞いた国王は商人を呼び出すと、その扱っていた商品を買い取ることにする。
大変喜んだ商人は国王にある商品を奨める。
それは貧しいこの国を救う救世主となる食べ物だった。
一方、影を切り離された男は影男に常識を教え込むと、蛇男から勧められ影を仕事に行かせ、自身は遊び呆けることにした。
影男は忠実に働き、男の思いも寄らない成果を上げる。
遊び疲れた男は影男に代わり職場に出てみるが、影男の能力は男のそれを超えており男は職場に居場所がないことを知る。
焦った男は影男への苛立ちを募らせるが……。
商人はある食べ物を国王に奨めた。
それは木の根のように見えるが痩せた土地でも育つ植物。
味も悪くなく、当初は嫌悪していた料理長も調理後は非常に喜んだほどだ。
国王はこれを採用し、国に普及させようと目論むが見た目が災いし普及率は上がらない。
困った国王に商人はある提案を行う。
それは国内でその食物の育成を禁じてしまい、王宮の一部でのみ育てるというものだった。
禁じられれば気にかかるのが人の常、ましてや王宮で育てられているとなれば……。
きっとイイものに違いないと考えた国民はこっそりと植物を王宮から持ちだし育てるように。
やがて、その良さが広く知れ渡るようになる。
ここで商人は国王に更なる献策を。
それは、「盗人により広まってしまった為に育成の禁止を撤回する」というものだった。
これで公に育てることが出来るようになり、国内は大いに潤った。
国は豊かになり、問題は何もないかに思われたが……そんなある日、1人の男が自分が盗人だと自首して来る。
彼こそはカルマであった。
現在。キドウはカルマの話を黙って聞いている。
ピクリとも動かない。
そんなキドウにカルマはとある旅行のコツを教える。
それは「既に荷物を準備している人間から奪えばいい」との強引なものだった。
影男は通りを挟んだ人妻に恋をした。
彼女は日常的に夫に暴力を振るわれていた。
いたたまれなかった影男は同居する男に助けるよう求めるが男に無視されてしまう。
過去、女を愛していた筈の男にはその気が無かったのだ。
影男は意を決すると自身が女を助けようとするが、誤って植木鉢で女の夫を殺してしまう。
愕然とする影男を笑う女。
女の手には包丁が握られていた。
影男が殺さなければ女が夫を殺していたのだ。
でも、何のために?
そう、すべての罪を影男になすりつけるためだ。
すべては女の企みだったのである。
女は男(本当は影男)が窓から自宅を覗いているのを知っており、あえて弱い女を演じ邪魔な夫を殺害させたのだ。
しかも、その殺害現場を隣人に目撃させていた。
こうして追われる身となった影男。
だが、影男には女の知らない秘密があった……影の主であった男の存在である。
姿を消した影男。
主である男は代わりに捕まり処刑される。
男は死の寸前まで自身の無実を訴えると証人として蛇男を捜すよう依頼したが蛇男の姿は煙のように消えていた……。
盗人として自首してきたカルマ。
国王は対処に困った。
もともと自身の計画であり自首して来る人間がいるとは思わなかったのだ。
とりあえずカルマを引見した国王に、カルマは「さらに豊かになりたくないか」と持ちかける。
それは隣国への侵略戦争の提案だった。
心を動かされる国王。
そんな国王を商人は自身への褒美の代わりとして戦争を取り止めるよう必死に口説く。
その行動に考え直そうとする国王だったが、再度会ったカルマの言葉にまたも揺れ動く。
国王が悩んでいた頃、カルマは盗人して牢に居た。
そこへ料理長の息子・キドウが現われる。
キドウはカルマが何らかの目的を持っているのではないかと疑っていた。
そんなキドウにカルマは商人こそが別の目的を持ち国王に近付いたと指摘。
そもそもこの貧しい国で帰国代を稼ごうとしたことが作為的であり、かさ張るであろう植物を持ち込んでいたのもおかしいと語る。
商人がどこかの国から派遣された人間だと結論付けるカルマ。
しかも、カルマはキドウが牢へ出入り出来た理由まで推理する。
それは牢番に居もしない女性の話を吹き込み、その女性との仲介役を引き受けておいて恩を売っているとのものだった。
カルマの明晰さに驚くキドウ。
キドウはカルマの推測の正確さを確認する為に商人を訪ねる。
商人はあっさりとカルマの推測を認める。
芝居を打ったのは国王に会い素直に話を聞いて貰う為だった。
商人の名はフェイ。
隣国の国民でこの国と隣国が争わないことを目的としているらしい。
「この国を豊かにし他国への侵略を行わないようにしたかった」と言う。
フェイは自身の目的を見抜いたカルマも別の目的があると推理。
「人は良い道を選ぶことが出来る筈だが……」と嘆く。
「最後まで国王を信じる」と語るフェイは「キドウが悪意から牢番を騙しているのではなく女性は存在しているがキドウ自身がその女性に恋心を抱いている為に複雑化している」と看破。
キドウに正直に告白することを奨める。
フェイのアドバイスに感謝するキドウ。
フェイは数日後、帰国した。
一方、カルマも釈放され隣国へ帰国。
そこでは隣国の貴族が待ち受けていた。
隣国の貴族は侵略に対する防衛戦争という大義名分を得て逆侵略することが目的だった。
カルマはその為にわざと国王に近付いたのだ。
成果を問う貴族にカルマは「人は禁じられると破りたくなるものだ」と成功を語って聞かせる。
再び現在。
キドウはカルマの物語(影男の話)の信憑性を認める。
何故ならキドウの影をカルマの持つナイフが縫い止めていたからだ。
カルマこそが蛇男だと考えたキドウはその説をカルマに語って聞かせる。
カルマは軽く笑うとキドウの分まで銀貨を置いて姿を消した。
逃がしてなるかと後を追うキドウ。
慌てて支払いを済ませると店の外へ飛び出す。
そんなキドウの目の前でカルマは姿を消していく。
そこであることに気付きヒヤリとするキドウ。
案の定、今出て来たばかりの店で騒ぎが起こっていた。
急いでその場を離れることに。
キドウは全ての解を見出しつつあった。
なぜ、カルマは以前のままの容姿だったか?
なぜ、カルマは国を滅ぼそうと罠にかけてまで戦争を起こしたか?
なぜ、カルマは自分の支払いまで立て替えたか?
答えは―――。
なぜ、カルマは以前のままの容姿だったか?
カルマは蛇男では無い。
姿を消した影男こそがカルマだった。
以前のままの容姿だった理由、オリジナルが死んでしまった為に影男は年を取れなくなったからだ。
そして、カルマはこうも言った。
旅行のコツとして「既に荷物を準備している人間から奪えばいい」と。
逃げ出したカルマは蛇男を殺し荷物を奪ったのだ。
だから、蛇男は姿を消した。
なぜ、カルマは国を滅ぼそうと罠にかけてまで戦争を起こしたか?
カルマが影男であることを見抜けるのは過去のカルマを知る人間だ。
現にキドウは見抜いてしまった。
だから、影男は以前のカルマを知る人間を根こそぎ殺す為に戦争を起こすことを望んだ。
なぜ、カルマは自分の支払いまで立て替えたか?
この国では「偽造銀貨は終身刑」だ。
影男の話をしたのも、もう二度と会う気が無いからに他ならない。
つまり、キドウを罠にかけ捕まえさせるつもりだったのだ。
九死に一生を得たキドウは通りで林檎を売る少女に出会う。
少女は趣味で林檎を売っていると言う。
少女のバスケットには小さな鉢植えが置かれていた。
キドウはふと思い立ち少女に問う。
「この鉢植えは誰に貰ったの?」と。
少女は笑いながら答える。
「さっき、そこで会った男の人。昔、お母さんにお世話になった人なんだって」
キドウの脳裏をある人物の姿が過る。
「お母さんに会いに来たらしいんだけどもういいんだって。でも、自分のことや鉢植えを貰ったことについてお母さんに決して話しちゃいけないよって言われたの……何でだろう」
不思議がる少女―――エンド。
【第7回「ミステリーズ!」新人賞各選考委員選評】(管理人による要約)
・桜庭一樹先生
推薦作「商人の空誓文」
「強欲な羊」はどこかで見たモチーフが多く、借り物の印象を受けた。
その点でも「商人の空誓文」の方を推した。
・辻真先先生
推薦作「強欲な羊」ほか
「強欲な羊」は手堅い半面、面白味が無かった。但し、作者はこのレベルの作品を継続的に送り出すことが出来る人だと思う。
「商人の空誓文」、「オーブランの少女」についてはまだまだ改善の余地が残されているものの未知の面白さがあった。
結局、「手堅いが伸びしろが少ない作品」と「今後の可能性を残す作品」どちらを選ぶかで迷い前者を選ばせてもらった。
佳作についても異存はない。
・貫井徳郎先生
推薦作「強欲な羊」
「強欲な羊」はレベルも完成度も高い。
これで決まりだと思った。
佳作の「商人の空誓文」、「オーブランの少女」についてはまだまだ改善の余地があったが、他の推薦もあり、今後伸びようとする芽を摘んでしまわぬようあえて反論する必要性も見出せず同意した。
◆関連過去記事
【第7回「ミステリーズ!」新人賞受賞作】
・「強欲な羊」(美輪和音著、東京創元社刊)
【第7回「ミステリーズ!」選考状況記事】
・「第7回ミステリーズ!新人賞」第一次選考結果発表!!
・「第7回ミステリーズ!新人賞」第二次選考結果発表!!
・「第7回ミステリーズ!新人賞」決定!!
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