ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
STORY NEVER DIES! 大好評アンソロジー第3弾。
大好評アンソロジー第3弾のお届けです。前々作、前作に登場した超豪華執筆陣に加え、新たに湊かなえさん、さだまさしさんが登場。オール読みきり、読み応え抜群の作品を収録します。エッセイあり、ミステリあり、笑える話や、ホロリとさせる恋愛小説あり。あらゆる世代の方々にご満足いただける読書体験をお約束します。本とともに過ごす、至福の時間をお楽しみください。
目次
男派と女派 ポーカー・フェース 沢木耕太郎
ゴールよりももっと遠く 近藤史恵
楽園 湊かなえ
作家的一週間 有川浩
満願 米澤穂信
555のコッペン 佐藤友哉
片恋 さだまさし
(新潮社公式HPより)
<感想>
「満願」、そのあらすじはこんな感じ。
「弁護士のわたしのもとに昔世話になった下宿先の奥さんが殺人の罪で起訴されたとの報が届く。わたしは奥さんの罪を軽減するべく弁護活動を始めるが……意外な真相が浮かび上がるのだった」
視点は弁護士である“わたし”の一人称。
下宿時代の過去を思い出しつつ、それに連動して弁護状況が綴られ、最終的には当時の弁護活動を振り返る形で真相(弁護士の考える)が描かれます。
「過去のわたしが見た良妻が実はどんな人物であったか?」
というテーマは「人の内面」に通じ、非常に恐ろしく重苦しいものを表現しています。
このひっくり返り具合が凄いです。
当初の主人公に感情移入していればいるほどギャップが大きい。
そのギャップはそのままラストに繋がり、後味の悪いものとなっています。
どうしても言っておきたいことなので、ネタバレあらすじに先んじてネタバレすると。
弁護士のわたしが思っていた原因と結果が逆転していたことこそが本作のメイン。
それは、感状の件(奥さんの殺意を否定する証拠だった筈が、実は動機そのものだった)でもそうですし、「わたしの鵜川夫妻(特に奥さん)への認識」という点でもそうです。
過去のわたしは、「夫の遊びが原因で妻が塞ぎ込んでいた」と考えていたが、実は現在のわたしが思うように「妻の夫を否定する姿勢が原因で夫が妻から逃げていた」との結末は男性にとって恐怖以外の何物でもないでしょう。
う〜〜〜ん、何事も思いつめず楽観的なのが一番なのかも……。
<ネタバレあらすじ>
弁護士のわたしのもとに矢場殺害容疑で鵜川妙子が起訴されたとの報が届く。
妙子はわたしが学生時代にお世話になった下宿先の奥さんだった。
そこで、わたしは恩に報いるべく弁護活動を始めることに。
妙子の犯行は、現場となった居間に置いてあった達磨や感状から採取された被害者の血痕からも決定的。
妙子自身も罪を認めており、争えるとすれば罪の軽減くらいのものだった。
被害者は矢場という金融業者。
矢場は、かなり強引なやり方であちこちに恨みを買っていた。
なんでも、目的の物があれば人でも骨董でも手に入れる為に金を貸し、返済の代わりに取り上げるという性格だったらしい。
事件の発端も、妙子の夫である重治が遊ぶ金欲しさに矢場から借金し、その返済の代わりに妙子に関係を迫ったことが原因と思われた。
妙子が拘束されたことで、返済のあてがなくなり鵜川家の家財は差し押さえられていた。
しかも、重治は遊びが祟り肝硬変を患っていた。
原因となったにも関わらず妙子は重治を慮り、その容態を詳しく聞きたがる。
わたしは丁寧に教えるのだった。
もともと、妙子と出会ったのはわたしが下宿先を失くして困っていた際に友人から新しい下宿先として紹介されたことがきっかけだった。
わたしを下宿させることに批判的な重治に対し、妙子は「(妙子の)先祖が殿様から感状を下賜されたことが誇りである」と当の感状を見せながら説明しつつ「先祖同様に恵まれない境遇の若人を支援することこそが自分の願いだ」と語る。
結果、妙子の計らいで下宿させて貰えるようになった。
下宿生活が始まり、夏が来た。
相変わらず重治はわたしに否定的で好意を示してくれるのは妙子のみ。
ある日、勉強に行き詰ったわたしに妙子は西瓜を奨める。
包丁を片手に西瓜について語る妙子。
こうして、西瓜に塩を振ることを初めて知ったわたしは大変感動するのだった。
矢場殺害の凶器はこの想い出の包丁だった。
なんでも、矢場を来客として迎えた際に西瓜を振舞ったらしい。
そこで、矢場から強引に関係を迫られ抵抗した際に殺してしまったというのが妙子の供述だった。
下宿時代にこんなことがあった。
実家の家業が上手く行かず下宿代を払いかねることがあった。
このままでは重治に追い出されてしまう。
とりあえず事情を説明するべく重治に会ったところ、重治は酔い潰れていた。
「酒を飲んでも酔えないことは不幸だ」と語る重治。
重ねて「賢過ぎる妻を持つことも同様だ」と言う。
わたしはよく重治を支えていた妙子に同情すると共に重治に強い反感を抱き、結局打ち明けられなかった。
困り果てたわたしは妙子に相談した。
妙子は居間へ向かうと達磨を逆さに置いた。
わたしたちに背を向けた達磨。
達磨の目を憚るように妙子はへそくりを出して来る。
妙子によれば、これを貸すから下宿代にあてなさいとの配慮らしい。
この情けにわたしは縋ることにした。
翌月、早々に下宿代の目途がたつとわたしは妙子に全額返済した。
わたしは何度も躓きそうになりつつもその度に妙子の助けで乗り越えた。
そして、ついに在学中に司法試験に合格、弁護士となったのである。
これらは、ひとえに妙子の存在によるものだろう。
このように妙子には大きな恩義があった。
裁判が始まった。
争点は妙子の矢場への殺意の有無。
矢場を殺害したところで借金は無くならない以上、妙子に動機は無い。
しかも、現場には妙子が誇りにしていたあの感状が飾られており、矢場の血を浴びていた。
妙子に事前の殺意があれば感状を危険に曝すことは無い筈で、この点でも妙子の証言通り抵抗した結果の殺害と思われた。
だが、確実に妙子に殺意が無かったとの明らかな証拠にはならない。
検察側はあくまで妙子に殺意があったと主張。
結果、一審では妙子は有罪となり、懲役8年の刑が宣告されてしまう。
当然、わたしは二審を争う姿勢を見せるがそこへ重治の訃報が届く。
すると、妙子の態度が一変。
もう、上告する気は無いと言う。
わたしは何度も翻意を奨めたが妙子の決意は覆ることなかった。
こうして、妙子は8年の刑に服することになる。
その後、妙子は模範囚として5年で出られることになった。
そのときはもうすぐに迫っている。
だが、わたしはあの裁判を終えてからあることに気付いていた。
殺害現場の達磨に付着した矢場の血痕が達磨の背中側だったことに。
つまり、達磨は背中を向けていたことになる。
これはあのときのへそくり同様、達磨の視線を怖れてのことで、事前に何が起こるか妙子は知っていたことになる。
つまり、矢場殺害は計画的なものだったのだ。
あの事件から数年、わたしには妻子が出来ていた。
ある日、娘がブロック片をわたしに差し出した。
わたしは何気なくそれを受け取ると新聞を読み出した。
暫くして妻がわたしからブロック片を取り上げた。
何の事は無い。
娘が妻に知られぬように玩具をわたしに預けただけのことだった。
そう、妙子も同じことをしたのだ。
妙子の場合は誇りの源である先祖伝来の感状。
あれは相応の価値がある代物で本来は真っ先に差し押さえられる筈だった。
だが、矢場の血痕が飛び散っていた為に証拠品として押収され差し押さえを免れていた。
もしかしたら、被害者である矢場の目的も妙子では無くあの感状では無かったか?
この仮説が成立するか考えを巡らすうちに、わたしは感状への血痕の付着の仕方に疑問を抱く。
当時の証拠品のひとつ・座布団と重ね合わせてみるとそれは確信に変わった。
座布団は、感状の血に汚れなかった部分とピッタリ合致した。
妙子は感状を守る為に肝心の部分が血に濡れないよう座布団で覆っていたのだ。
妙子は差し押さえられないように感状を証拠品とした。
だから裁判で争ったのだ。
係争中は証拠品として押収され保管される為だ。
そして、重治の死を機に刑に服した。
なぜなら、重治の生命保険金で借財を返済し終えたから。
こうなれば、一刻も早く感状を自身の手に取り戻したいと考えたのだろう。
つまり、妙子は感状を手許に残す為に人を殺害したことになる……。
わたしは重治の言葉を思い出す。
「酒に酔えないのと同様に、賢過ぎる妻を持つのも……」
妙子は重治との普通の生活に絶望していた。
そこで、誇りとする先祖と同じことをすべくわたしを下宿生として招いた。
それが妙子の唯一の楽しみだったのだ。
それゆえに重治は阻害され、自分に見向きもしない妙子に苛立ち遊びに走った……。
わたしならばどうするだろうか……?
おそらく耐えられないに違いない!!
ここでまた思い返すのは妙子のこと。
達磨はじっと座って悟りを開いたと言う。
妙子は5年間、達磨のように座っていた。
これまた、何らかの満願を為したのであろうか?
わたしは考えるのであった―――エンド。
2014年7月7日追記:
本作『満願』を含む数作品が短編集『満願』として刊行されています。
雑誌掲載時から些か手を加えられている作品もあるようです。
そんな短編集『満願』の書評(レビュー)はこちら。
・『満願』(米澤穂信著、新潮社刊)ネタバレ書評(レビュー)
追記終わり
◆関連過去記事
・「インシテミル」(文藝春秋社)ネタバレ書評(レビュー)
・「儚い羊たちの祝宴」(新潮社)ネタバレ書評(レビュー)
・「追想五断章」(集英社)ネタバレ書評(レビュー)
・「折れた竜骨」(東京創元社)ネタバレ書評(レビュー)
・「万灯(小説新潮5月号 Story Seller 2011収録)」(米澤穂信著、新潮社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『Do you love me ?』(『不思議の足跡』収録、米澤穂信著、光文社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『一続きの音』(『小説新潮 2012年05月号 Story Seller 2012』掲載、米澤穂信著、新潮社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『下津山縁起』(米澤穂信著、文藝春秋社刊『別冊 文芸春秋 2012年7月号』)ネタバレ書評(レビュー)
・『死人宿(ザ・ベストミステリーズ2012収録)』(米澤穂信著、講談社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『柘榴』(米澤穂信著、新潮社『Mystery Seller(ミステリーセラー)』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
・『リカーシブル』(米澤穂信著、新潮社刊『小説新潮』連載)ネタバレ書評(レビュー)まとめ
・『リカーシブル リブート』(『Story Seller 2』収録、米澤穂信著、新潮社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『関守』(米澤穂信著、新潮社刊『小説新潮 2013年5月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
【古典部シリーズ】
・「氷菓」(角川書店)ネタバレ書評(レビュー)
・「愚者のエンドロール」(角川書店)ネタバレ書評(レビュー)
・「クドリャフカの順番」(角川書店)ネタバレ書評(レビュー)
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【甦り課シリーズ】
・オール讀物増刊「オールスイリ」(文藝春秋社刊)を読んで(米澤穂信「軽い雨」&麻耶雄嵩「少年探偵団と神様」ネタバレ書評)
・『黒い網』(米澤穂信著、文藝春秋社刊『オール読物 2013年11月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
【その他】
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古典部シリーズ『連峰は晴れているか』が掲載された「野性時代 第56号 62331-57 KADOKAWA文芸MOOK (KADOKAWA文芸MOOK 57)」です!!
野性時代 第56号 62331-57 KADOKAWA文芸MOOK (KADOKAWA文芸MOOK 57)
野性時代 第56号 62331-57 KADOKAWA文芸MOOK (KADOKAWA文芸MOOK 57)
古典部シリーズ『鏡には映らない』が掲載された「小説 野性時代 第105号 KADOKAWA文芸MOOK 62332‐08 (KADOKAWA文芸MOOK 107)」です!!
小説 野性時代 第105号 KADOKAWA文芸MOOK 62332‐08 (KADOKAWA文芸MOOK 107)
小説 野性時代 第105号 KADOKAWA文芸MOOK 62332‐08 (KADOKAWA文芸MOOK 107)
◆米澤穂信先生の作品はこちら。
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