ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
【ALL読み切り、書き下ろし】Story Seller 2011 読み応えは2冊分、お値段は1冊分
道尾秀介/暗がりの子供
近藤史恵/トゥラーダ
有川 浩/R-18――二次元規制についてとある出版関係者たちの雑談
米澤穂信/万灯 まんとう
恩田 陸/ジョン・ファウルズを探して
湊かなえ/約束
(新潮社公式HPより)
<感想>
流石、米澤穂信先生。
またも、切れ味鋭い短編の登場です。
米澤先生は本当に硬軟自在の名手ですね。
まさに今注目の若手作家ナンバー1と言えるでしょう。
「万灯」は、海外にガス田を開発することで日本にガスを引き灯りを燈そうとしていた主人公が、その目的の為にある犯罪に手を染めてしまう姿を描きます。
やがて、彼にはある結末が待ち受けるのですが―――これが、如何にもミステリしています。
伏線はきちんと張られているし、読み物としてのレベルも高い。
異国情緒あふれる筆致もポイント。
「Story Seller」に収録された「満願」もそうですが、本当に上手い。
ちなみに、米澤先生は短編の方が力量を発揮されているような印象を受けます。
今後も米澤先生の作品は要チェック!!
<ネタバレあらすじ>
日本の総合商社に勤める私は、ガス田を求めて海外へとやって来る。
しかし、この土地での開発は遅々として進まず、それどころか病気、怪我などと次々と部下が被害に遭い帰国を余儀なくされていた。
唯一の希望は拠点を築くこと。
それさえ築いてしまえば後はどうとでもなる筈だった。
そこで、とある村に目星をつけた私はそこを前線基地とすべく部下を送る。
しかし、部下の交渉は失敗し立ち往生してしまう。
このままでは、この計画は頓挫してしまう―――そう考えていたところに「木谷宛て」の手紙が届く。
差出人は例の村の有力者の1人。
一縷の望みを頼りに、その手紙に誘われるまま村を訪れる私。
「木谷です」
名前を名乗る私の目の前にもう1人の日本人が現われる。
その人物は森下。
フランスの同業他社に勤めるビジネスマンだった。
狙いは同じらしい。
とりあえず、例の手紙の差出人との交渉に乗り出す私と森下。
ところが、相手は海千山千のつわものだった。
片田舎の顔役程度に考えていたが、その知識の豊富さと見識の確かさに舌を巻くことに。
結局、「現在のほんの少しの利益で、将来手に入るであろう多大な資源を売るほど馬鹿では無い」と断られることに。
これには森下も閉口する。
互いに本社へどう報告すべきか途方に暮れていた所に、別の顔役から声がかかる。
精一杯の歓待であろう温いチャイを飲みながら話を聞くことになった2人。
そこで聞かされた話は耳を疑うものだった。
こちらの顔役は先の顔役と違い開発に乗り気、ただし、先の顔役が邪魔になるので木谷と森下に殺害して欲しいと依頼してくる。
もはや、他に手段はない。
躊躇することなく引き受けた私に森下も渋々同意する。
こうして、交通事故に見せかけて轢き殺すことになった。
目印も決め、いざ決行。
計画は成功し、数日が経った。
それとなく様子を確かめるべく森下に電話する私。
ところが、森下は既に帰国したと言う。
嫌な予感が私を襲う。
案の定、森下は殺人の罪に怯え逃げ帰っていた。
このままでは、森下の口から犯行が露見してしまう恐れがある……。
たまたま、所用があったことから日本へ帰国することになっていた主人公は、本社へ連絡した時刻よりも早く帰国。
森下の滞在先のホテルへ向かう。
待つこと数時間。
緊張のあまりトイレで嘔吐してしまうなどアクシデントもあったものの、無事、森下を補足する私。
私の危惧通り、森下は自身の罪を認めた上ですべてを告発しようとしていた。
冗談では無い!!
私は「自首しようと思う」と森下を油断させると不意を突いてスタンガンで気絶させ絞殺する。
死体はレンタカーに隠した。
後でどこかの山にでも埋めるつもりだ。
その上で、帰国の目的を達すべく本社の総務担当者と合流した。
行き先はとある人物の葬儀だ。
目的地に着いた私の目に「木谷家」の表札が飛び込んで来る。
そう、死亡したのは木谷だった。
では、私は誰か?
私の名は伊丹と言う、木谷の上司だ。
例の村と交渉したものの失敗に終わった部下こそが木谷だったのだ。
その後、木谷は風土病で死亡。
本日、こうして葬儀が行われることになったのだった。
村との交渉窓口を木谷として連絡していたので、いまさら別の人間が行くのも困るだろうと考えた私は「木谷」を名乗ってあの日、あの場所へと赴いたのだ。
そこで殺人を依頼され遂行した。
私にはある程度の目算があった。
仮に事件が発覚したとしても異邦人の私を「木谷」という名で捜すことは難しい。
それどころか、罪は「木谷」に押し付けることも可能だ。
森下さえ黙っていれば私は安泰の筈だった。
だが、森下が洩らせば事は変わって来る、彼には顔を見られている。
何かの拍子でこの入替りがバレないとも限らなかった。
それもこれも、既に森下を殺害したことで安泰である。
今度こそ、何も問題は無い筈だった……あのミスさえなければ。
葬儀を終え、森下は予定通り山の中へ埋めて来た。
事を終え、一安心した私を大きな脱力感が襲っていた。
とりあえず、今は休もう……部屋へ戻るとそのまま眠りこんだ。
その翌日、空港から日本を発つ直前にそれは起こった。
次に気がついた時は、病院だった。
私は病気の為に倒れたのだ。
しかも、他にも患者が出たと言う。
それを知らされた瞬間、私の心を絶望が襲った。
私の犯罪が破綻したことを示していたからだ。
私の病名はコレラ。
早速、隔離されてしまった。
おそらく、あの村で顔役に奨められたチャイ、あれが原因だろう。
さらに、私が森下を待ち構えたホテルでも発病者が出てしまった。
これはホテルで嘔吐したことが原因と思われた。
どちらにしろ、他に患者が出たことで私がホテルに居たことは露見した。
同時に、森下が行方不明になったことも明らかになった。
この2つの事実が結びつけられるのは時間の問題と言えた。
そう、時間がない。
私は決断を迫られていた。
このまま捕まり犯罪を暴かれるか?
それとも……。
犯罪を暴かれれば、かの国の開発計画は今度こそ頓挫するだろう。
そして、会社にも迷惑がかかるに違いない。
つまり、選ぶ道は1つしかないのだ。
幸いこの病室は7階にある。
私は窓を開けると身を乗り出した―――エンド。
◆ネタバレ書評(レビュー)
・「インシテミル」(文藝春秋社)
・「儚い羊たちの祝宴」(新潮社)
・「追想五断章」(集英社)
・「折れた竜骨」(東京創元社)
・オール讀物増刊「オールスイリ」(文藝春秋社刊)を読んで(米澤穂信「軽い雨」&麻耶雄嵩「少年探偵団と神様」ネタバレ書評)
・「満願(Story Seller 3収録)」(米澤穂信著、新潮社刊)ネタバレ書評(レビュー)
[小市民シリーズ]
・「夏期限定トロピカルパフェ事件」(東京創元社)
[古典部シリーズ]
・「氷菓」(角川書店)
・「愚者のエンドロール」(角川書店)
・「クドリャフカの順番」(角川書店)
・「遠まわりする雛」(角川書店)
・「ふたりの距離の概算」(角川書店)
[アンソロジー集]
・「蝦蟇倉市事件2」(東京創元社)
(ナイフを失われた思い出の中に)
【関連する記事】
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- 『動機』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『動機』収録)
- 『愚行録』(貫井徳郎著、東京創元社刊)
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- 『陰の季節』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『陰の季節』収録)