ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
とある高校の男子バスケ部員椎名康は、ある日、女子バスケ部のエース網川緑が校舎の屋上から転落する場面に遭遇する。康は血を流し地面に横たわる緑を助けようとするが、わずかの隙に緑は目の前から忽然と消えてしまう!?監視された空間で起こった目撃者不在の少女消失事件。複雑に絡み合う謎と真相に、多感な若き探偵たちが挑む!
(角川書店公式HPより)
<感想>
「第31回横溝正史ミステリ大賞」受賞作。
受賞時タイトルは「リストカット/グラデーション」。
ペンネームも「眼鏡もじゅ」名義でした。
ペンネームの由来などについては過去に記事にしていますね。
・「第31回横溝正史ミステリ大賞」受賞の眼鏡もじゅ先生が読売新聞さんにてインタビューに応じられました。
・「第31回横溝正史ミステリ大賞」決定!!大賞は眼鏡もじゅ先生「リストカット/グラデーション」に!!
さて、内容についてですが「かなりの力作」との印象。
物語の設定こそ「学園」に「消失」と流行モノのように感じられましたが、その運び方に非凡さを感じました。
それとトリックが凄い!!
「作中での登場人物たちによるある誤認」と「作外の読者による誤認」の「2つの誤認」により、真相が覆い隠されていることには感嘆しました。
しかも、この誤認が同種でありながら逆方向を指しているのが凄い。
片方ずつならば既に目にしていたことはあるのですが、重ねて来たところがアイデアではないでしょうか。
脱帽です。
ただ1点、気にかかったのは登場人物の描き方。
どことなく生活感が薄く、キャラクターを記号として捉えているような感じを受けました。
しかし、これはトリックに関わることもあり、内容が内容だけに仕方がないものなのかもしれません。
著者である長沢先生については、2作目の内容如何によって大きく成長される方のような気がします。
注目の作家さんと言えるでしょう。
その意味でも本作を読んで損は無い筈です。
オススメです!!
参考までに「第31回横溝正史ミステリ大賞」各選考委員の評を<ネタバレあらすじ>の後に載せておきます。
正直、ネタバレあらすじでは本作の魅力を伝えるのは難しいと思われます。
是非、本作を手にとってその素晴らしさを体験して貰いたい作品です。
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
椎名康:主人公、男子バスケ部員
マユ:康の友人
網川緑:女子バスケ部員
伊達:女子バスケ部員
ヒカル:学校への侵入者
高校の男子バスケ部員・椎名康。
ある日、女子バスケ部のエースにしてモデルもこなす学園のアイドル・網川緑が校舎の屋上から転落する場面を目撃してしまう。
康は血を流し地面に横たわる緑を助けようとするが、何者かに襲われ気を失ってしまう。
康が再び目を覚ますと、緑は目の前から忽然と消えていた。
その日以来、緑は姿を消してしまう。
高校の敷地内にはカメラが設置されており、その時間に怪我をしたらしい女子生徒は映っていなかった。
緑は何処へ消えたのか?
過去、女子バスケ部員の伊達と半ば無理やり関係を持っていた康。
他には、緑が他の女子バスケ部員とギクシャクしていたこともあり、事件の火種は多数あった。
謎は深まるばかりだが……。
康は友人・マユに相談。
マユは意外な真相を持ち込んで来る。
緑はある病院に通っていたのだ。
実は生物学的に緑は男性だった。
この事実は本人自身も最近知ったことで両親すら知らなかったらしい。
これにショックを受けた緑。
これまで自分を支えてくれた人々を裏切らない為に密かに姿を消すことを考えていた。
そこで、女子バスケ部員に嫌われるような行動を繰り返していたのだ。
それでも悩みの尽きない緑はリストカットするように。
いつしか、リストカット用のカッターは緑のお守り代わりになった。
ある日、屋上でカッターを眺めていた緑。
そんな緑を見かけた伊達。
実は伊達は緑のことを愛していた。
だが、当の緑は康のことを気にかけており、康と関係を持ったことは康への復讐でもあったらしい。
案の定、伊達と関係を持ったことで罪の意識を抱いた康は女子バスケ部に近付かなくなった。
そんな伊達だからこそ、屋上でカッターを眺める緑に不穏なものを感じてしまう。
緑はただカッターを眺めていただけなのだが、自殺を図っていると勘違いした伊達は咄嗟にボールをぶつけて止めようとする。
だが、動揺からかコントロールの狂ったボールは緑に直撃。
緑は転落してしまう。
負傷した緑。
ちょうどそこへ、友人に頼まれ女子の制服を盗みに来ていたヒカルが通りかかる。
さらに、康自身も駆け付けることに。
だが、康は人目を避けたがっていたヒカルに気絶させられてしまう。
ここで、意識を取り戻した緑はヒカルにある依頼を申し込む。
このまま病院に運ばれては、自分が男性であるとバレてしまう。
そこで、なんとか連れ出してくれるように頼んだのだ。
冒険心を突き動かされたヒカルはこの依頼を受けた。
血に塗れた緑の制服と康の制服を交換することで異変を隠し、緑を脱出させたのだ。
康と緑の制服を交換?
なぜ、これが実行可能だったのか?
そう、康もまた男子ではなく女子だったから。
康は同性の伊達に憧れ、関係を持ってしまったのだ。
以来、伊達への引け目から女子バスケ部と距離を置き、男子の中へと身を置いたのだ。
これこそが、事件の真相だった。
マユによれば緑は無事だと言う。
それを証明するように数日後、緑から康へと電話が入る。
緑は改めて人生をスタートさせるらしい。
いつかまた会える日が来るのだろうか?
康はといえば、今回の事件を通じて前向きに生きることを決めた。
以前より請われていた女子バスケ部に戻ることにしたのだ。
プレイヤーとして活躍する為に―――エンド。
・シリーズ続編『夏服パースペクティヴ』ネタバレ書評(レビュー)はこちら。
『夏服パースペクティヴ』(長沢樹著、角川書店刊)ネタバレ書評(レビュー)
<各選考委員評(公式HPより転載)>
・綾辻行人先生
大賞授賞が決まった眼鏡もじゅ『リストカット/グラデーション』は素晴らしい。ひと言で云うならば、学園本格ミステリの傑作、である。
なるべく予備知識を持たずに読んでいただきたいので、本音を云えばここでは多くを述べたくない。下手に踏み込んだ評を書くと、せっかくの作者の思惑の足を引っ張ってしまいかねない。ーーというような、これは作品である。
高校のバスケットボール部に所属する主人公の一人称で語られる物語は、軽やかで読みやすい語り口でありつつも、なかなかに密度・精度が高い。ライトノベル風と云えばライトノベル風、美少女ゲーム風と云えば美少女ゲーム風の設定や文体、キャラクター造形やその配置を有効に活用しながら、決してライトノベルでも美少女ゲームでもない、周到な企みに満ちた長編ミステリとして作品を完成させた力量は大したものである。横溝賞の選考に関わって長いが、その間に読んだ原稿の中でも三本の指に入る逸品! と激賞したい。
一つ気になったのは、数年前に世に出た某長編(当然ながらタイトルは秘す)とのメイントリックの類似性、なのだけれど、この作者はたぶん、その某長編を読んでいてなおかつ、それを大胆に乗り越えてやろうという意図も込めてこの作品を書いたのだろう。僕はそう察する。ならばノープロブレム。心意気や良し、ではないか。
・北村薫先生
今回は迷いなく推せる一作があった。これほど、ひとつの作品が他を圧して飛び抜けることは珍しい。『リストカット/グラデーション』がそれである。委員がそれぞれの点数を入れた最初の五分で、事実上、選考結果が出ていたといっていい。
さて、わたしはこの賞の選評を担当し始めた初期の頃、意識してネタばれとなることを書いた。紹介文ではない。ミステリ選考の評なのだ。トリックに触れなければ意味がない、評にならない。今でもそれは、正しいと思っている。
わたし自身、それまでも読者として「選評」のついている本を読む時は、必ず作品の後に読んだ。特に本格の場合、トリックを論じていない選者は信用出来ないと思っていた。
ところが、「解説」同様、「選評」であっても、先に読まれる方がいらした。そして、《困る》というご意見をいただき、以後、ぼかして書くようになった。
今回も出来得る限りはそうする。それでも、『リストカット/グラデーション』の場合は、わたしのものも他の選考委員のものも、先に読まないでいただきたい。先入観なしにページをめくってほしい(・・・ということ自体、実は知らずにいてもらいたいのだが、それが無理なのが残念だ)。
要するに、これはーーすでに読んだ人となら、あれこれ語りたくなる作なのだ。この種のトリックは珍しくない。だがそれが、物語と密接に結び付いている。真相が分かった瞬間に、様々なことの意味が全く別のものとなる。あれも、それも、これもーーといった具合だ。つまり、単なる《びっくりさせるための仕掛け》ではない。そこから、主人公の抱いている思い、孤独感が浮かび上がって来る。
このトリックとストーリーとのからめ方が絶妙だ。
ひとつ取れば崩れるようなブロックが、誤りなく組み上げられた建築である。感心したーーなどといっては偉そうだが、読み終えた時の正直な気持ちがそれだった。
・馳星周先生
さて、受賞作である。
わたしはこの作品を質のよい青春小説として読みはじめた。今時の高校生たちがリアルに、そして躍動的に語られ、何度も感心させられた。
しかし、なにかが妙なのだ。書き手は作品世界を丁寧にこしらえているのだが、ところどころが破綻している。平らにならしたグラウンドのところどころにぽっかりと穴が開いている、そんな感じを受けるのだ。
せっかくいい形で物語が進んでいるのにどうしてこんな描写をしてしまうのだろう。どうしてこんな台詞を書いてしまうのだろう。
幾度かそう思い、隔靴掻痒の感があったのだ。
しかし、ラストでこの作品に隠されていた真実が露わになると、わたしは驚愕した。
平らな世界に開いていた穴が次々に埋まっていったのだ。すべては必要なことだった。穴はわざと穿たれていたのだ。だが、事実が判明することによってその穴は見事に消失し、たとえようもなく美しい虚構世界が屹立する。
人が本格ミステリにはまるのはこの美しさに打たれるからか。素晴らしい。
この賞の選考委員を務めるようになって三年になるが、間違いなく、わたしが読んだ中で最高の傑作である。
この作品に出会えただけで、選考委員をやっていてよかったとしみじみと思えるのだ。
◆「横溝正史ミステリ大賞」関連過去記事
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『ボクら星屑のダンス』(佐倉淳一著、角川書店刊)ネタバレ書評(レビュー)
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・第30回横溝正史ミステリ大賞発表!!受賞作は「お台場アイランドベイビー」に!!
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・第30回横溝正史ミステリ大賞 テレビ東京賞受賞作品「ボクら星屑のダンス(サスペンスドラマSP ボクら星屑のダンス 身代金100億の誘拐ダメ男と少女が警察に無謀な挑戦!亡き娘と別れた妻と夢みた約束壊れた家族の復活は!?横溝正史ミステリ大賞テレビ東京賞受賞作)」(10月6日放送)ネタバレ批評(レビュー)
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