ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
でたらめに描かれた地図、持ち主を失った香水、虚空に流れる音楽──美学探偵「黒猫」の講義で解き明かされるのは、六つの謎に秘められた人々の時間だった。第一回アガサ・クリスティー賞受賞作
でたらめな地図に隠された意味、
しゃべる壁に隔てられた青年、
川に振りかけられた香水、
現れた住職と失踪した研究者、
頭蓋骨を探す映画監督、
楽器なしで奏でられる音楽……。
日常のなかにふと顔をのぞかせる、幻想と現実が交差する瞬間。
美学・芸術学を専門とする若き大学教授、通称「黒猫」は、
美学理論の講義を通して、その謎を解き明かしてゆく。
第1回アガサ・クリスティー賞受賞作!
(早川書房公式HPより)
<感想>
第一回アガサ・クリスティー賞受賞作です。
・第1回「アガサ・クリスティー賞」授賞作決定!!栄冠は『黒猫の遊歩あるいは美学講義』の頭上に!!
幻想小説のような展開が特徴の本作。
結論としては世界観に酔う小説だと思います。
この世界がかなり高度なレベルで構築されており、そこに浸ることが出来れば充分に楽しめること請け合い。
ただ、この世界へ飛び込む為のハードルが高い。
それなりの素養が求められる。
ある種、北村薫先生の作品と同様の見方が必要かも。
ちなみに、書評(レビュー)している管理人も上手く本質を理解できているとは言い難い。
世界観に適応出来ればオススメだと思うのですが……。
それを抜きにしても、本作の完成度はなかなかのものだと思います。
もともと謎と幻想は相性が良いものですが、本作はそれにも増して上手く組み合わせている点が凄い。
読者を選ぶものの、一度は試してみる価値はある本だと思います。
ちなみに収録作のうちで管理人のオススメは「壁と模倣」。
主人公・黒猫の名前の通り、ポオの『黒猫』をモチーフにした短編ですが収録作で一番完成度が高いように思いました。
というわけで、ネタバレあらすじは「壁と模倣」です。
ただ、前述したとおりハードルが高くて管理人も持て余し気味です。
上手くあらすじをまとめきれているかどうか……あらすじで興味を持たれた方は是非本書を読んでみては如何でしょうか?
<ネタバレあらすじ>
各短編の中から「壁と模倣」をネタバレ書評(レビュー)。
あたしはミナモの発案でミナモや関俣と共に関俣の別荘に合宿にやって来た。
人が変わったような関俣の態度を不審に思うあたし。
関俣の行動がどうにも気にかかって仕方がない……何故だろう?
そんな中、関俣が急にピアノを弾き始める。
自信満々で挑む関俣だが到底聞くに堪えないレベルだ。
困惑するその場の面々。
ところが「関俣君、壁から声が聞こえない?」とミナモが口にした途端、関俣の態度が急変する。
おどおどすると心此処にあらずといった様子で部屋に閉じこもってしまう。
そして、関俣はそのまま自殺してしまった……。
後日、関俣の別荘から彼の母とみられる女性の白骨死体が発見される。
死体は壁に埋められていたらしい。
もしや、関俣の母が関俣を呼んだのか?
この話を聞いた黒猫は「巻き込んで欲しくないんだけどなぁ……」と呟く。
ミナモと対峙する黒猫。
黒猫はミナモがすべてを仕組んだと指摘。
自殺することまでは想定していなかっただろうが、関俣を追い込んだのはミナモだったのだ。
黒猫に「あいにく君には興味が無い」と言い捨てられたミナモは明らかに失望した後に、必死に取り繕うのだった。
一方、分けの分からないあたしは黒猫に説明を求める。
今回の真相について語り出す黒猫。
ミナモは黒猫を自分のモノにしたがっていた。
そこで、黒猫の反応を見る為に自信に気のある関俣を利用したのだ。
黒猫の目の前で関俣に口説かせた。
関俣自身は気付かなかったが、ミナモのコントロールにより遂にはミナモを襲ってしまう。
ところが、黒猫はその際も興味のない素振りで去ってしまった。
もちろん、ミナモの真意を知ってのことだったのだが……。
関俣を使っても黒猫が振り向かないと察したミナモは関俣を処分することに。
そこで、関俣のある特性を利用することにした。
実は、関俣は父親を模倣して生きていた。
関俣は幼い頃に父が母を殺害し壁に埋める光景を目撃してしまった。
それは幼い関俣にとっては到底許容できるモノではなかった。
結果、罪を犯した父を助けなければとの気持ちから、父と自分を同一視してしまうようになる。
以後、父を模倣し続けて成長した関俣。
これをミナモに利用されたのだ。
ミナモは関俣に自分が好きなのは黒猫であると知らせ、関俣の模倣の対象を黒猫に切り替えさせた。
関俣が人が変ったようになり、妙に行動が気にかかったのはその所為だったのだ。
良く知る黒猫の行動を真近で真似られていたので目についたのだ。
次にミナモは合宿を言い出し、関俣に止めを刺そうとする。
ピアノの得意な黒猫に成りきっている関俣はピアノを弾き始める。
ここで、ミナモは関俣の名を呼び本人の意志を無理矢理引き出した挙句、関俣にミナモを襲った記憶を思い出させた。
本来はこれで関俣が心理的にズタボロになりミナモを諦める筈だった。
ところが、思わぬ副産物が生まれてしまった。
関俣は模倣することで封じて来た筈の過去の記憶をも呼び起こされてしまったのだ。
ミナモは関俣自身を呼び起こしたつもりだった。
だが、関俣はモノゴコロがついてよりこれまで、父を模倣し続けた為に自分が存在しない。
そう、呼び出されたのは妻を殺した男の記憶である。
しかも、ミナモによれば「壁から声が聞こえて来た」のだ。
これが関俣を恐慌状態に陥れた。
追い詰められた関俣は自殺してしまう。
これが事件の真相だった。
黒猫が「巻き込んで欲しくない」と語ったのは、ミナモが自身に関心を抱くよう黒猫をコントロールしようとしたことを指していた。
関俣は論文でニーチェが壁に突き当たりそこを抜けられないと説いた。
本来ならば、乗り越えるべき壁と表現するところを絶対不可侵の壁としたのだ。
一方、ミナモはワーグナーこそがニーチェの周囲に壁を作り様子を観察していたと指摘した。
共に大胆な仮説である。
これは奇しくも関俣とミナモ、それぞれのパーソナリティを示していた。
関俣は壁を越えられなかった。
もっとも、父が母を壁に埋めたその光景を目にした瞬間から、関俣にとって壁は越えるものではなく立ち塞がるものとなってしまったのだろう。
ミナモは黒猫を壁の中に閉じ込め観察しようとしたが出来ず、代わりに関俣を壁の中へと閉じ込め観察した。
ミナモは常に安全な場所から観察対象を眺め続ける、さながら研究対象を見詰める研究者のように。
そして、ミナモに観察され続けた関俣は死亡した。
後日、ミナモは留学した。
黒猫に興味が無いと告げられたことが応えたのだろうか?
後にミナモは帰国。
院生となるとその大胆な発想により、学会で注目され続ける存在となるのだが、また別の話である―――エンド。
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