ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
上巻:盆栽──。シングルマザーの知子は、純和風の美に今日もうっとりと見惚れている。三十の女性としては少々渋い趣味を満喫し、アイドルに夢中の娘と、お節介な父親の三人で、知子は騒がしくも平穏な日々を過ごしていた。しかし一家が住む町で電波系の怪文書が撒かれ女子高生の撲殺死体が発見された! のどかな地方都市を揺るがす大騒動の幕があがる。第一回本格ミステリ大賞受賞作。
下巻:シングルマザーの知子が、家族とほのぼの暮らしているのどかな町で、連続通り魔殺人事件が発生した。犠牲者が出るたびに撒かれる電波系怪文書。見つからない被害者を繋ぐミッシング・リンク。事件の異様な興奮が一家の平和な日常にもじわりと忍びよるが、知子は幼なじみの正太郎や記者兼編集者の水嶋と共に犯人像に迫ってゆく。巧みな伏線と精緻なロジックが光る、本格ミステリ。解説=戸川安宣
(東京創元社公式HPより)
<感想>
「猫丸先輩シリーズ」で知られる倉知淳先生の作品の1つ。
本作にて倉知先生は「第1回本格ミステリ大賞」を受賞しています。
内容それ自体はかなり猟奇的な筈なのですが、軽快な筆致でそれを全く感じさせません。
流石は「猫丸先輩」の作者です。
そして、本作の伏線も見事。
えっ、アレも?えっ、コレも?と驚かされること確実な作品です。
特に殺人と並行して挿入されるフィギュア作成パートは震撼します。
被害者と一致する特徴を持ったフィギュアが何者かの手により作成されるシーンが描かれれば、アレかと思いますよね。
これがあのラストに繋がる……そのとき、読者はその意味に気付く。
同時にタイトルの意味にも。
これがイイ!!
「おたく」と呼ばれる人々は「趣味人」であって「それ以外」ではないのです。
である以上、多かれ少なかれ誰しもその素養を持っている筈。
ゲームやアニメにその素養があれば「おたく」で、料理に素養があれば「料理研究家」であるに過ぎない。
そして、それが「ミステリ」ならば「ミステリ作家」や「ミステリ評論家」となる。
そんな主張が聞こえて来る作品です。
『壺中の天国』については「ミッシングリンク」の回でも取り上げていますね。
・「ミッシングリンク」(ミステリ用語辞典)
『壺中の天国』最大の見所はまさにこのミッシングリンク。
本来ならば、ミッシングリンクであることを明かすことそれ自体がネタバレとなりますが、本作に関しては明かされたところでどこがどう繋がっているか理解できる方はそう居ないでしょう。
いや、全く居ないかも。
それほどの作品です。
管理人的にはアリですが、拒否反応を示す方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、嵌まればもの凄くデカイ筈。
是非、一度お試しあれ!!
<ネタバレあらすじ>
趣味は盆栽―――そんなおいそれと他人には語れぬ渋い趣味を持ったシングルマザーの知子。
彼女はアイドルに夢中の娘と、お節介な父親の三人で仲良く暮らしていた。
しかし、町内で通り魔殺人事件が発生。
次々と被害者が発生し、知子は不安に苛まれることに。
犯人は被害者が出るたびに「電波を妨害した者を殺害した」との怪文書をばら撒く。
その一方で、被害者が出るたびに被害者の特徴を模したフィギュアを造る何者かの影も……。
そんな中、知子の父親が事故に遭い骨折、足に鉄骨を入れることに。
それを聞いた、知子の幼馴染で子どもたち相手に絵画教室を営む正太郎は急に何かを調べだす。
記者である水嶋から知子を通じて被害者たちの資料を借りた正太郎はある繋がりを其処に見出す。
被害者は全部で4人。
1人目は女子高生。
耳のピアスがチャームポイント。
趣味に嵌まっていたらしい。
2人目はダイエットを志す女性。
指輪を嵌めており、街頭でティッシュを受け取った際に「受け取ったわよ」と邪険にしていた。
3人目は主婦。
歯の治療を施し、歯医者で「保険証を更新した」と口にしていた。
4人目は老人。
補聴器を耳にはめ、健康マニア。
病院を受診したこと、最近は痩身になっていることを語っていた。
4人にはある共通点があったのだ。
身体に金属を身につけていること。
そして、電波を受信しているような台詞を口にしていること。
1人目の女子高生。
耳にピアスをし、「絶対望儒、望儒だよ(傍受)」と口にした。
2人目のダイエット
指輪を嵌め、ティッシュを「受け取った」と口にした。
3人目の主婦
歯の治療で金属を被せ、「交信(更新)」と口にした。
4人目の老人。
補聴器を耳につけ、「受信(受診)」、「送信(痩身)」と口にした。
これを目にした犯人が自身の交信を妨害されていると考え、排除すべく殺害したのだ。
正太郎も流石にここまでは推理できなかったが、怪文書から犯人像をプロファイル。
結果、その情報を受けた警察により犯人は逮捕された。
まさに「あの人がまさか」的な人だった。
そして、知子は考える。
正太郎が急に積極的に犯人像を推理したのは知子のためではないか、と。
知子の父は足に鉄骨を埋めた。
事と次第によっては犯人の標的に充分なりうるところだったのだ。
一方、正太郎は知子に彼の「壺中の天」を教える。
それはフィギュア部屋。
絵画教室に通っていた子供たち、実は絵画教室には絵ではなく、それぞれの趣味の世界が広がっていた。
小説、ゲームなど絵画教室とは名ばかりで子供たちが自由に振舞える世界がそこにはあった。
それは子供たちにとっての「壺中の天」。
同様に子供たちに「壺中の天」を提供した正太郎にはフィギュアという趣味があったのだ。
被害者の特徴を取り入れたフィギュアを造ったのは正太郎だった。
それは知子にとっての盆栽と同じ―――没頭できる何かだった。
知子は思う。
今回の犯人と正太郎は裏と表に過ぎないのではないか。
だからこそ正太郎は犯人を理解できたのだ。
確かに今回の犯人は道を間違えた。
その理由は人に自身の「壺中の天」を理解されなかったからだ。
それが尊重されていれば此処まで暴走することはなかったかもしれない。
人にはそれぞれの趣味があり、それを互いに尊重すべきではないか。
「おたく趣味だから」と理解できない趣味を排除すべきものだろうか。
互いの「壺中の天」を尊重し合えたらそれは素晴らしい世界なのかもしれない―――エンド。
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