2012年01月09日

『犬はどこだ』(米澤穂信著、東京創元社刊)

『犬はどこだ』(米澤穂信著、東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)です。

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

開業にあたり調査事務所〈紺屋S&R〉が想定した業務内容は、ただ一種類。犬だ。犬捜しをするのだ。――それなのに舞い込んだ依頼は、失踪人捜しと古文書の解読。しかも調査の過程で、このふたつはなぜか微妙にクロスして……いったいこの事件の全体像とは? 犬捜し専門(希望)、25歳の私立探偵、最初の事件。新世代ミステリの旗手が新境地に挑み喝采を浴びた私立探偵小説の傑作。
(東京創元社公式HPより)


<感想>

「S&Rシリーズ」1作目にして唯一の既刊です。
シリーズには2作目として『流されないで(仮)』が予定されていますが、未だ詳細は不明。
一刻も早い刊行をファンの多くが待っている筈です。

本作は「人捜し」を担当する紺屋と、「古文書の由来捜し」を担当するハンペー、2人による交互の視点で進みます。
ハンペーは紺屋に雇用されている立場なので、ハンペーの得た情報は最終的に紺屋の視点にフィードバックされるのですが、その瞬間にこれまで紺屋が見ていたものが180度ひっくり返ることがこの作品のキモ。
あの鮮やかさは、まさに「水際立った手腕」と評するに相応しいもの。
必読の一冊です。

本作の内容を一言で表せば、主人公である紺屋の再起を綴った物語です。
これだけでも十分に楽しめるのですが、これにあのラストの180度ひっくり返るさまが加わる贅沢な作りとなっています。
繰り返しますが、未読の方は必読の書と言えるでしょう。
悩むことなく素直に読みましょう、それくらいの出来。

それにしても、刊行が予定されている『流されないで(仮)』の発売が強く待ち望まれます。

<ネタバレあらすじ>

紺屋長一郎は帰郷すると、地元で犬捜し専門の調査事務所「紺屋S&R」を立ち上げた。
紺屋は皮膚病の為に都会での仕事をリタイアせざるを得ず、田舎に帰って来たことで傷心を抱えていた。
ちなみに、肝心の皮膚病は帰郷して1ヶ月で完治している。
精神的なものも作用しているのだろうか。
今では気力も失い、何事にもやる気を持てなくなっていた。

そんな紺屋のもとへ依頼者・佐久良且二がやって来た。
ところが、どこをどう間違ったものか依頼されたのは犬ではなく人捜しだった。
東京から消えた孫娘・佐久良桐子が地元に居るらしいので捜して欲しいとの依頼で、断る気力すらなかった紺屋はこれを引き受ける。

こうして、本来犬捜し専門である筈の紺屋の開業1件目の仕事は奇しくも人捜しとなった。

さらに紺屋を困惑させる事態は続く。
高校時代の剣道部の後輩・半田平吉(ハンペー)が雇ってくれと頼み込んで来たのだ。
探偵に憧れているので無給でも構わないらしい。

断ろうとしたところで、もう1人訪問者が。
今度は客である、その客は神社から見つかった古文書の由来を調べて欲しいと言う。
これをハンペーが引き受けてしまい、なし崩しでハンペーも雇用することに。

こうして、「佐久良桐子捜索」を紺屋が「古文書の由来捜し」をハンペーが担当することとなった。

紺屋はシステムエンジニアだった佐久良桐子の元勤務先や地元を当たり、桐子の行動に不審な点を覚える。
失踪したにも関わらず、地元で安心したのか人目につく不用意な行動を繰り返していたのだ。
しかも、桐子の恋人・神崎知徳の語る桐子像と他の人物が語る桐子像とがかけ離れていることに気付く。
神崎が語るところによれば自制心の強い鉄の女。
地元の知人が語るところによればミーハーだがどこかよそよそしい女性。
果たして、どちらが本当の桐子なのか?

一方、ハンペーは古文書の由来を追う中で、古文書について過去に佐久良という名の女子学生が調べていたことを知る。
最近も若い学生が熱心に調べていたらしい。
思わぬライバルの登場に苦笑いしつつも、自身のダンディズムのもと使命を果たすべく奮闘するハンペー。
最終的に地元で著名らしい郷土史家・江馬常光にまで辿り着く。
江馬は既に没しているが、その著作『戦国という中世と小伏』に詳しい由来について書かれているらしい。
『戦国という中世と小伏』を手に入れるべく図書館まで出向いたハンペーは、そこで謎のサングラス男から手を引くように脅される。

その頃、紺屋はチャット仲間のGENとチャットしていた。
その会話から桐子が個人のHPを持っていた可能性に思い当たり、桐子がネット上のトラブルを抱えていたことを知る。
紺屋はGENの力を借り、トラブルの正体を突き止める。
桐子は「エマ」というハンドルネームで「デュプリケート」という名のサイトを運営していたが、ハンドルネーム「蟷螂」に粘着的な嫌がらせを受け閉鎖にまで追い込まれていた。
どうやら、「蟷螂」は桐子にネットストーキングを行っていたらしい。
しかも、桐子が姿を消した日付と突き合わせた結果、蟷螂のストーキングがネットに留まらず桐子の実生活にまで及んでいたことが分かる。
桐子が会社を辞めざるを得ず郷里に逃げたのは「蟷螂」の所為だったのだ。
そして、今も桐子は「蟷螂」に追われているに違いない。
だから、消息を絶ったのだ。
思わぬことで仕事を辞めざるを得なかった桐子と自身を重ね合わせる紺屋。

その頃、ハンペーは鎌手と名乗る学生に声をかけられていた。
鎌手の目的は江馬の『戦国という中世と小伏』を入手したら見せて欲しいとのものだった。
卒業論文に必要だと訴える鎌手にハンペーは気安く応じる。
なぜなら、ハンペーは手に入れるあてが図書館以外にあったからだ。
調査過程で出会った地元の高校教師に『戦国という中世と小伏』を借りたハンペー。
そこには、弱者と思われていた当時の農民が武装し自身の手で身を守っていた―――時には戦っていたことが記載されていた。

もはや桐子の失踪は紺屋にとって他人事ではなかった。
紺屋はまるで過去の自分に戻ったように精力的に活動。
佐久良且二の家の2階が今は使われていないことを知ると、そこを訪ね桐子の日記を入手する。
桐子は失踪当初に此処に潜んでいたらしい。
その日記には、ストーカーに追われて憔悴し怯える桐子の心情が赤裸々に綴られていた。
まるで、中世の農民のように逃げるしか出来ないと其処にはあった。
しかも、桐子は当時の農民のように谷中城址に向かったらしい。
だが、紺屋には肝心の谷中城が何処にあるのかが皆目見当もつかなかった……。

ハンペーに例のサングラス男が接触する。
男はハンペーを紺屋と勘違いしていたらしい。
男が手を引くように忠告したのは桐子の捜索だったのだ。
ハンペーは男と紺屋を引き合わせる。

男の名は田中、東京の探偵社の人間だった。
田中は以前、桐子に雇われた探偵だったらしい。
彼は自分の力不足により、桐子を守りきれなかったことを後悔していた。
紺屋は田中から「蟷螂」の正体が、間壁良太郎という学生であること、間壁が桐子に性的暴行まで行っていたことを聞かされる。
さらに、桐子が失踪直前に再度間壁に迫られた為に間壁を刺していたことまで分かる。
間壁の傷は深かったが、間壁自身が訴え出なかったことで事件にはなっていなかった。
田中は、このことから今後も間壁が桐子を追うに違いないと察し、それとなく間壁を尾行しているらしい。
つまり、間壁は地元に居るのだ!!
田中から桐子を託された紺屋は桐子を守ることを決意する。

GENにこれまでの情報と覚悟を伝える紺屋。
GENはそんな紺屋の無事を祈るのだった。

ハンペーの調査結果がまとまった。
報告を目にした紺屋は驚き慌てる。
そこには桐子が身を隠している谷中城の所在が記されていたのだ。
地元の古老すら在処を知らない谷中城は唯一『戦国という中世と小伏』にのみ、その所在を明かされていたのだ。

そこへ、ハンペーあてに図書館から電話が。
予約していた『戦国という中世と小伏』が返却されたとのものだった。
ハンペーは予約が不要になったことを伝え、その場に居るという鎌手に渡すことを許す。

これを横で聞いていた紺屋の中ですべてが繋がった。
もう1人死者が出る!!
そう考えた紺屋は、ハンペーに鎌手の足止めを依頼すると谷中城に急行する。

鎌手=カマの手=カマキリの手、つまり、「蟷螂」こと間壁である。
鎌手は間壁の偽名だった。
今、間壁は『戦国という中世と小伏』を手に入れ、桐子の避難先を突き止めたのだ。
知った以上、間壁は桐子を手に入れるべく追うだろう。

しかし、それは間壁の思い違いだ。
間壁は、それと知らず桐子の罠に飛び込もうとしているのだ。
そう、すべては桐子の罠なのだ。

これまで、紺屋は桐子と自分は同じだと思っていた。
だが、大きな違いがあったのだ。
桐子は逃げたのではなく、間壁を殺害しようとしているのである。

桐子は過去に『戦国という中世と小伏』を調べていた。
すなわち、当時の農民が逃げていたのではなく、戦っていたことを知っている。
ならば、「逃げるしか出来ない」とは日記に書かない筈だ。

桐子は神崎が語った通り、自制心の強い鉄の女性だった。
順風満帆に進んでいた自分の人生の前に突如として現れた間壁という障壁。
紺屋は障壁に屈したが、桐子は障壁の排除を目論んだのだ。

田中に教えられた桐子が間壁を刺した事件、あれは終わりではなかった。
桐子は間壁を殺す気で挑み、その殺害に失敗したのだ。

故郷に帰り目立つ行動をとり続けたのも間壁に後を追わせるため。
日記を残したのも間壁に手掛かりを与えるため。

そして……『戦国という中世と小伏』。
桐子が谷中城址に居ると知った間壁は谷中城を捜すだろう。
だが、それを知る為には『戦国という中世と小伏』が必要となる。
これを桐子自身が借りることで返却時期をコントロールし、間壁の追跡時期をもコントロールできる。

その『戦国という中世と小伏』が間壁に与えられた。
つまり、桐子は必殺の覚悟を持って間壁を迎え撃つ準備を整えたことを意味する。
冷静な桐子が失踪してまで張った罠だ、一度失敗したことからも次は確実に殺せる罠に違いない。

時間を急ぐ紺屋は谷中城址へと急ぐ。
人気のない山中を突き進む紺屋。
その途中で紺屋は見つけてしまった、どす黒いシミのついた帽子を。
間壁の末路を悟る紺屋。
もはや、手遅れだったのである。

こうなれば、紺屋の取る方法は1つしかない。
紺屋は何も気付かない風を装い、桐子の名前を大声で叫びながら先に進む。
何も見ていない、何も知らない、何も気づかない、桐子にそう思わせる為だ。

さもなければ、此処までした桐子のことだ。
紺屋を間壁に代わる障壁と認識し排除を企むに違いない。
紺屋に出来る唯一の保身の術だった。

紺屋の呼びかけに応じて桐子が現れる。
緊張を悟られぬよう取り繕いつつ、紺屋は「佐久良且二からの依頼であること、且二のもとに帰るよう」伝える。

後日、且二から報酬が振り込まれた。
とりあえず、ほっと胸を撫で下ろす紺屋。

だが、まだ安心できない。
なにしろ、相手には間壁を葬った手腕がある。
油断は禁物である。
最近、紺屋はナイフを一本忍ばせるようになっている。
もちろん、護身用である。

紺屋は呟く。
「犬探しだったら良かったのに」

最近では番犬を飼おうかと考える紺屋だった―――エンド。

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◆映画情報
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犬はどこだ (創元推理文庫)





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