ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
現代病理をヴィヴィッドに描く、傑作ミステリー
私立探偵・飛鳥井が、ストーカー、拒食症、家族崩壊など現代日本を揺がす社会病理に迫る。高度な謎解きを備えた傑作現代ミステリー
ストーカー被害に悩む女子学生、父を亡くし、拒食症を再発した女性の謎の失踪事件……。サイコセラピスト・鷺沼晶子の依頼を受けた私立探偵・飛鳥井が、現代社会を揺るがす“魔”に挑む。社会病理を鮮やかに描き、驚愕の謎解きをも達成した傑作ミステリー。単行本に付されたスペシャル・エッセイを収録。解説・小森健太朗
(文藝春秋社公式HPより)
<感想>
「私立探偵飛鳥井の事件簿シリーズ」の1作。中編です。
シリーズには他に『三匹の猿』『道―ジェルソミーナ』がある。
本作『追跡の魔』を収録した『魔』には、他にもう1作『痩身の魔』が併録されている。
・『痩身の魔』(笠井潔著、文藝春秋社刊『魔』収録)ネタバレ書評(レビュー)
この『〜〜〜の魔』シリーズは上記『追跡の魔』、『痩身の魔』に『壺中の魔』を加えて3部作となる予定であった。
実際は『壺中の魔』が未完に終わっている。
この『〜〜〜の魔』シリーズは、現代社会に潜む恐怖や社会問題を作中に取り上げることで「本格ミステリ」と「社会派ミステリ」の融合を志したものと管理人には思われる。
ちなみに『追跡の魔』が「ストーカー」、『痩身の魔』が「拒食症」をテーマに取り上げている。
本作『追跡の魔』は「ストーカー被害に遭った被害者が、当のストーカーと共に謎の死を遂げる事件」にシリーズ探偵の飛鳥井と、ある事件の関係者を通じて飛鳥井と知り合うことになったセラピスト・鷺沼晶子が挑む。
ストーリーが進むにつれ、ある人物の立場が反転していくのが魅力と言えるだろう。
ちなみに、鷺沼はあくまでワトソン役。
ホームズと医師ワトソンの関係がそのまま飛鳥井とセラピスト鷺沼にも適用されるので王道的ミステリ好きも安心出来る作り。
さらに、些か難解かつ独特な文章が魅力となっている作品なので、興味のある方は是非、本書に当たって欲しい。
但し、上記の独特な文章により読者によっては好き嫌いがはっきり分かれると断言できる。
その点は注意が必要。
作者の笠井潔先生と言えば、『探偵小説と叙述トリック』で第12回本格ミステリ大賞評論・研究部門を受賞したばかり、『容疑者Xの献身』論争でも知られる方です。
詳細については、ネタバレあらすじ後の過去記事リンクに詳しいので各記事をご参照ください。
ご存知なかった方は是非、他の著作もどうぞ!!
<ネタバレあらすじ>
探偵・飛鳥井のもとにサイコセラピスト・鷺沼晶子が訪ねて来た。
鷺沼は、過去に飛鳥井が解決した事件の関係者から評判を聞きつけてやって来たらしい。
鷺沼の依頼は「槇野百合佳という患者を救って欲しい」とのものだった。
百合佳は過去に津島という男にストーカーされていた。
津島は百合佳に異常な執着を示し、相手にされないと察すると百合佳の腕に硫酸を浴びせ、一生消えない傷を負わせていた。
結局、この傷害事件がもとで津島は逮捕されていた。
だが、最近になって戻って来たらしい。
しかも、百合佳へのストーカー行為を再開したのだそうだ。
百合佳は精神的に追い詰められており、以前にセラピーを行った鷺沼に助けを求めたのだそうだ。
そこで鷺沼は飛鳥井に探偵として助力を求めたのである。
飛鳥井は、防犯くらいならばアドバイスが出来るとして百合佳宅を訪れる。
百合佳は鷺沼の言葉通り、怯えきっていた。
何でも、窓の下を覗いたところ黒いフードの人影が其処に居たと言う。
百合佳は津島に違いないと断言するが……。
どうやら表沙汰に出来ない交際相手(つまり、不倫である)が居るらしい百合佳に、防犯について2、3助言すると、その場を後にする飛鳥井たち。
こうなれば乗りかかった船である、飛鳥井は津島について調査を開始。
津島が現在、服部と言う学校の先輩のソフト会社でゲーム制作に携わっていることが分かる。
さらに、津島の父から、津島が忘れて行ったというメモ帳を入手する。
そのメモ帳には、黒いフードの鴉と名乗る人物と接触したこと。
その人物から薬を貰ったことが記されていた。
鷺沼は津島の妄想だろうとの見解を示すが、飛鳥井は津島に幻覚剤のようなものを与えた人物が居るのではないかと推理する。
さらに、津島のセラピーを担当したセラピスト・松濤照行を訪ねる。
すると、そこで驚くべき情報が。
照行の妻・紘子もまた黒いフードの人影を見たと言うのだ。
何でも、家の前でじっとこちらを眺めていたらしい。
紘子と百合佳は面影が似ている。
もしかして、津島は紘子にまでストーカー行為を行っているのだろうか……。
それから数日後に事件が起こってしまう。
百合佳が姿を消したのだ。
行方を捜した飛鳥井は、津島の自宅で津島と共に息絶えた百合佳の姿を発見する。
百合佳は津島に殺害されたようだ。
津島自身は毒物を服用した覚悟の自殺と思われた。
その傍らには、何時撮影された物か男性が百合佳を乱暴するVHS映像が残されていた……。
捜査当局は、津島が百合佳に暴行を働いた後にこれを殺害し自殺したと考える。
つまり、無理心中である。
だが、飛鳥井はこの見解に疑問を抱く。
鷺沼と共に調査を続けた飛鳥井は、百合佳の不倫相手が松濤照行と結論付ける。
再度、松濤家を訪ねた飛鳥井はVHS映像に映った百合佳を襲う男が照行であると看破し詰め寄ることに。
そこへ紘子が飛び込んで来る。
なんでも、VHSのマスターと思われる8ミリの映像が届けられたと言う。
そこにはある驚くべき映像が残されていたらしい。
飛鳥井は既にこれを予見していた。
実は百合佳の暴行映像は百合佳自身の狂言であった。
過去、照行と紘子は紘子の父に結婚を反対され、別れさせられた。
当時、照行は加害者である津島を担当すると同様に百合佳のセラピーも担当していた。
傷心の照行は紘子の面影を持つ百合佳と関係を持ってしまう。
だが、あくまで照行にとって百合佳は紘子の代替品であった。
紘子との結婚が認められると、あっさり百合佳を捨てたのだ。
百合佳はこれに激怒、結婚した照行に嫌がらせを続けた。
紘子が目撃した黒いフードを身に纏った人物は百合佳だったのである。
百合佳の嫌がらせに辟易していた照行、そこへ百合佳からある提案がなされる。
自分のお芝居に付き合ってくれたら諦めると言うのだ。
そこで、百合佳の言うがままに彼女を乱暴したのである。
百合佳はこれを紘子に送り付け、照行の将来を握っているのは自分だと主張したかったのだろうか……。
そのまま松濤家を辞去した飛鳥井は鷺沼に「これで真犯人が分かった」と告げる。
飛鳥井の語る真犯人とは紘子だった。
紘子は家庭を守る為に百合佳を葬ったのだ。
もちろん、津島殺害も紘子の犯行である。
そもそも、あの暴行映像は8ミリで撮影されていた。
ところが、津島のもとにはVHSのテープが存在した。
誰かがダビングしたのである。
それはマスターを所持していた紘子以外に考えられない。
第一、百合佳が脅迫の為にマスターを送り付けるだろうか?
ダビングしたテープで事足りるにも関わらず。
つまり、紘子には百合佳宅からマスターを奪う機会があったことになる。
それは、紘子を殺害した当日しか考えられない。
さらに、集めた証言により袖の長さが異なっていたことを突き止めていた飛鳥井。
黒いフードの人物は2人居たのだ。
1人は照行を脅かしていた百合佳。
もう1人こそ、百合佳を脅かしていた紘子の変装だったのだ。
しかも、紘子は津島にも接触していた。
あの鴉の正体は紘子だったのだ。
津島は鴉に幻覚剤を処方されていた。
そんなことが出来るのは、セラピストの照行以外には妻である紘子しかいない。
そして、もう1つ。
紘子は父の反対で照行と引き裂かれた際に海外留学させられていた。
その際の研究対象がポオだったのである。
そして、鴉でもあった。
津島と接触した折、咄嗟に鴉を名乗ったのはこの為であろう。
以上から、紘子を犯人と断定した飛鳥井。
証拠固めは自分の仕事ではないと呟くと、鷺沼を連れ颯爽と去って行くのだった―――エンド。
・「超再現!ミステリー」第7回「2時間スペシャル!!“謎解き4択クイズで視聴者に総額100万円大当たりスペシャル”Q1…通り魔殺人の謎美人刑事の心理テスト殺人のトリック暴く▽Q2…黒マントの殺人恋敵の女たちIQ手口名探偵が矛盾に気付く(2時間SP!!上甲宣之著・10分間ミステリー“防犯心理テスト”の謎解きを!笠井潔著・本格ミステリー小説“魔”)」(6月5日放送)ネタバレ批評(レビュー)
◆関連過去記事
・『痩身の魔』(笠井潔著、文藝春秋社刊『魔』収録)ネタバレ書評(レビュー)
・第12回本格ミステリ大賞(小説部門、評論・研究部門)発表!!栄冠はどの作品!?
・果たして、ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか?笠井潔先生「探偵小説と叙述トリック」が2011年4月28日発売予定!!
・『容疑者Xの献身』(東野圭吾著、文藝春秋社刊)ネタバレ書評(レビュー)
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