ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
復讐はなされなければならないのか!? 犯罪者と犯罪被害者、そして残された家族は、事件の後、どう生きてきたのか? 江戸川乱歩賞デビューの注目の新鋭、渾身の社会派ミステリ!
(角川書店公式HPより)
<感想>
「復讐は是か非か」という「永遠の命題」について真っ向から挑んだ社会派ミステリです。
作中、多くの被害者遺族が登場し、それぞれに復讐について考え行動することとなります。
其処に「答え」はありません。
復讐を果たすことで救われたかと言えば、幾許かの気晴らしを得るものの、虚しさに囚われる者もいる。
逆に復讐したことでけじめをつけ、前向きに生きて行く者もいる。
全く復讐せずに、安堵を求める者もいる。
いずれにしろ、彼らは一度大切な誰かを不条理に奪われていることだけは確かです。
それゆえに、常に距離を置きつつも心の何処かで復讐に拘らざるを得ないのは致し方ないことなのかもしれません。
結局、どうすることが正しいのかなど誰にも分からないのです。
本作の主人公・修一もまた復讐心に囚われ、これを実行に移そうとしますが……。
作者である薬丸岳先生はそんな修一にある救いを与えています。
それがどのような救いなのかは……本作をご覧頂ければ分かる筈。
やはり、こればかりは結論が出ないからこそ「永遠の命題」となるのでしょう。
<ネタバレあらすじ>
木暮が経営する探偵事務所にて調査員として勤務する佐伯修一。
彼には殺したい相手が3人居た。
修一は15年前に姉を榎木、寺田、田所の3人に乱暴され殺されていた。
3人は未成年だったこともあり、担当弁護士の尽力で大した罪にもならず社会に復帰していた。
以来、修一は姉の復讐こそ正義と考え生きて来た。
その正義を行う為に警察官となった修一だが、数年前に退職していた。
女性を車に監禁した男を捕まえた際に銃を突き付けたことが原因である。
女性が姉のように見えた修一は暴走してしまったのだ。
その後、困っていたところを木暮に拾われたのだった。
そんな修一に依頼が舞い込んだ。
依頼人は細川という夫婦。
息子を坂下に殺されたと語る彼らの依頼内容は「坂下の現状を調査し、許せるか許せないか決めて欲しい」とのものであった。
それは当人が決めるものではないだろうか……悩んだ修一だが木暮の強い希望もあり引き受けることに。
坂下は悪党と呼ぶに相応しい生活を続けていた。
「彼は許されるべき人間では無い」との調査結果を出した修一。
それから数日後、細川は坂下を刺してしまう。
坂下は命を取り留めたが、細川は逮捕されてしまった。
大きなショックを受ける修一。
だが、修一に心休まる時はない。
次の依頼人が待っているのだ。
次に修一が手掛けたのは男性の依頼。
弟を殺した母の現状を調べて欲しいとのものだ。
男性の母は育児放棄し子供を虐待死させていた。
修一の調査の結果、依頼者にとって辛い結論が出た。
母は再婚するらしい、しかも既に相手の子供を妊娠していた。
つまり、とても幸せなのだ。
憎むべき相手が幸せであることは、恨んでいる人間にとっては苦痛である。
修一にとっても、復讐対象の1人・田所がラーメン屋として成功し、近く資産家の娘と結婚するらしいことは苦痛であった。
再婚の事実を知った依頼人は、修一に追加依頼を求める。
その内容は1日自分を尾行して欲しいとのものであった。
依頼人はその日、母を尾行するつもりだった。
誰かに見られていることを意識した上で、自身がどう行動するか試したいらしい。
その当日、依頼人は何かに思い悩む様子で母の後を尾行する。
その最後に異変が起こった。
そそくさと近付き、何事かを囁くと母が泣き崩れたのだ。
後に伝え聞いたところによると「生まれて来る子供は翼の生まれ変わりですね」と口にしたそうだ。
翼とは虐待死した依頼人の弟の名である。
依頼人は、母が赤ん坊の顔を見る度に翼を思い出すように仕組んだのだ。
「これこそが僕の復讐です」そう告げると依頼人は満足げな笑みを浮かべた。
修一はその笑顔を眩しく見上げるのであった。
修一は依頼の合間を縫っては田所や寺田の身辺を調査していた。
そこで、田所の行きつけの風俗店の店員・はるかと出会う。
はるかと親しくなった修一は彼女の本名が冬美であること。
冬美が義父に性的虐待を受け、トラウマを抱えていることを知る。
冬美に惹かれ始める修一。
矢先、次なる依頼人が。
今度は弁護士の鈴本である。
彼は久保田という男性を捜していた。
実は榎木や田所、寺田の弁護人だった鈴本。
それまでは「どんな人間でも罪を軽くするのが仕事と割り切っていた」が、自身の娘が犯罪被害に遭い死亡したことがきっかけで、これまでの自分の言動が如何に無責任であったか知ったのだと言う。
そこで、これまでに弁護した人間がきちんと更生しているか調べているらしい。
修一にとって鈴本は榎木たちと並ぶ憎い相手である。
だが、木暮の指示で依頼を引き受けることとなった。
調査結果はあっさりと現れた。
久保田は罪を償うと真面目に生活していたのだ。
周囲の評判も上々であった。
これを聞いた鈴本は「自分は間違っていなかった、救われた」と洩らす。
しかし、この言葉に木暮が異を唱える。
此処で木暮の意外な過去が明らかになる。
実は、木暮も過去に娘を犯罪被害で亡くしていたのである。
しかも、この加害者の弁護を担当したのが鈴本であった。
鈴本の弁護はあくまで勝つ為の際どいものであった。
これに怒った木暮は鈴本を殴ってしまい、当時勤務していた警察を辞めたのだ。
木暮は「たった1人が更生していたからと言って、他の全てもそうとは限らない」と告げる。
これに激しく動揺する鈴本。
結果、被害者遺族となった鈴本自身が納得できる方法を模索することに。
こうして、数年後に社会復帰するであろう鈴本の娘を殺害した犯人を追跡調査することで結論付けることとなった。
木暮と鈴本、2人の結論は先延ばしにされたのだ。
それは木暮が鈴本に与えた猶予でもあった。
一方、修一の復讐にも急展開が待っていた。
寺田が事件をネタに田所を脅迫していることが分かったのだ。
どうやら、寺田は修一の姉を殺害する現場を撮影したDVDを所持しているようだ。
しかも、数日後に当の寺田が殺害されてしまう。
明らかに寺田からDVDを奪う為の田所の犯行であった。
復讐対象の2人が自滅したことに、不思議な感情を抱く修一。
さらに、修一から姉の死について教えられた冬美はDVDを田所宅から盗み出すも、彼に暴行を加えられる。
こうして、冬美は入院することとなった。
さらに数日後、冬美はDVDを残し姿を消してしまう。
一方、寺田殺害により田所は逮捕された。
1人となった修一は冬美の残したDVDを見て、姉を乱暴した犯人への憎悪を深める。
そこには修一に助けを求める姉。
そして、そんな姉に「そいつはお前のことなんてすぐに忘れるよ」と絶望を与える榎木の姿があったのだ。
こうして、どうしても榎木を許せなくなった修一に木暮から依頼が届く。
依頼主は木暮、調査対象は榎木であった。
木暮によれば今探さなければ後悔するらしい。
しかも、木暮と修一の意外な過去の接点も明らかになる。
過去、修一はナイフを手に姉を汚した榎木たちを殺そうと計画していた。
そんな修一からナイフを奪った警官こそが木暮だったのだ。
木暮は修一についてずっと気にかけていたのだ。
こうして、修一は木暮の依頼を受けることに。
遂に榎木の所在を突き止める修一。
だが、其処は病院であった。
なんと、榎木は余命幾許もない病人だったのだ。
如何にして榎木を殺すかだけを考えていた修一は当てが外れ、途方に暮れる。
なんとか、姉の苦しみの少しでも味合わせたいと考えた修一は、遂に榎木と直接対決する。
ところが、榎木は一切反省の色を見せない。
死に接して、本性を曝け出し生きるべきだとまで主張する。
なんとしてでも、絶望させたいと考える修一の前に鈴本が現れる。
鈴本も榎木に辿り着いていたのだ。
「反省させてみせる」と語る鈴本だったが、修一が納得する筈もない。
修一は精神的に榎木を殺す為、彼の母親を訪ねる。
そこで「あの子はもう死んだんです」との言葉を得る。
ボイスレコーダーに録音した修一はこれを榎木に聞かせることで精神的苦痛を与えようと計画する。
ところが、いざとなるとどうしても出来ない。
そうこうしているうちに、榎木の病状が悪化。
鈴本に呼ばれた母親の前で安らかに死亡してしまう。
鈴本は「生前の榎木が母に会いたくないと言っていたから、これこそが彼への復讐となった筈です」と修一に伝える。
だが、修一の感情はそれでは収まらない。
一方で、復讐対象をすべて失った修一は脱力感に苛まれてしまう。
仕事を辞めようと考える修一だが、木暮の遺留にあう。
復讐できなくなったことで修一はこれまでの自分と何処か変わったことを自覚していた。
修一にあのとき、没収したナイフを返す木暮。
そんな木暮に、修一は10日間の休みを希望する。
ある人物を捜す為である。
そして今、修一はとあるスーパーにやって来ていた。
そのレジにて生き生きとした笑顔を振りまく女性の姿が―――冬美である。
修一は冬美に声を―――エンド。
・金曜プレステージ「特別企画 悪党〜愛する家族を殺された男の心の叫び狂気の復讐劇始まる!法で裁けない元少年に下すのは制裁?許し?殺害映像の謎…震撼の真相がいま」(11月30日放送)ネタバレ批評(レビュー)
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