2012年11月12日

『十万分の一の偶然』(松本清張著、文藝春秋社刊)

『十万分の一の偶然』(松本清張著、文藝春秋社刊)ネタバレ書評(レビュー)です。

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

耳目をひく被写体に出合う幸運は万に一つ

報道写真コンテストの受賞作には仕掛けがあった! 犠牲者たちは殺されたのか。やらせ問題を題材とした社会派ミステリーの代表作

A新聞の「読者のニュース写真年間最高賞」に輝いたのは、東名高速での凄惨な事故の報道写真だった。“十万分の一”と評されたそのシャッターチャンスは果たして本当に偶然なのか? すぐれた作品を残したいというアマチュア・カメラマンのエゴイズムを軸に「作られた報道写真」問題を活写した社会派ミステリー。解説・宮部みゆき
(文藝春秋社公式HPより)


<感想>

「十万分の一の偶然」と呼ばれた1枚の写真。
そこに秘められたある秘密―――これこそが本作のテーマです。

本作では、複雑に人間模様が入り組んでいます。

写真家として名声を求め続け暴走した山鹿。
審査委員長として栄誉を求め暴走を煽った古家。
そして、復讐者。

一見、復讐者こそが主人公のように思えます。
その実、「芸術家の暴走を取り上げた本作」の真の主人公は途中退場する山鹿なのかもしれません。
彼の業こそが、本作のすべてを支配しています。

山鹿の業の深さは「奇跡の写真」に留まらず、新たなる題材を求めたことにも示されています。
もしも、復讐者の手にかからなければ新たな「奇跡の1枚」を撮影しようとしたかもしれません。

本作はあくまで自ら仕掛けた「奇跡の1枚」にこそ問題があったとされていますが、古家の行動に見られるように「悲劇が起こることを知りながら、それが自身の利益になる為に見逃そうとすること」それ自体も同じであると示しています。

つまり、「事件が起こると知りながら特ダネの為にこれを放置し、撮影する」こと。
あるいは、「大きな事故が起き被害者が苦しんでいる前で、救助活動を行えば助けられるにも関わらず伝える義務を優先しこれを撮影する」こと。
これらが是か非か?
救助活動の重要性はもちろん、伝えることの重要性についても既に多くの場所で語られています。
きっと、立場や見解によって答えは様々に変わるでしょう。

本作は、そんな報道の姿勢について問うた作品と言えると思われます。

<ネタバレあらすじ>

A新聞社「読者のニュース写真年間最高賞」に山鹿恭一の作品が輝いた。
題材は東名高速道路で発生した凄惨な玉突き事故。
多数の人間が死傷したその現場を、偶然にも山鹿がフィルムに焼き付けたのだと言う。
賞の審査委員長である写真の大家・古家はこれを絶賛、「まさに奇跡である」と評する。

だが、この奇跡に疑惑を投げかける人物が居た。
事故により死亡した山内明子の婚約者・沼井である。
沼井は独自の調査を開始する。

それから数ヶ月後、山鹿のもとをジャーナリストの中野を名乗る男が訪れた。
中野は近く暴走族による騒動が起こるとし、「これを撮影したくないか」と持ちかける。
更なる名誉を欲した山鹿はこの提案に乗り、中野と共に撮影に出かけ命を落とした。
捜査の結果、事故とされたが……実は中野による殺人であった。

それからさらに数日が過ぎた。
今度は、古家のもとに川原と名乗る男が訪れた。
川原は中野が山鹿に提案したように「奇跡の瞬間を撮影できる機会がある」と持ちかけた。
大家となってなお、栄誉を欲していた古家はこれに乗る。

とある鉄塔に連れて来られた古家。
川原は古家に煙草を勧める。
勧められるままに煙草を口にした古家は、数分後に気分が高揚する自分に気付く。
「なんだか何でも出来そうだ……」
気の大きくなった古家は川原の言葉通りに鉄塔へと昇り始める。

今や古家の眼にはありもしない幻覚の被写体が映っていた。
川原が勧めた煙草には幻覚物質が混入されていたのだ。

古家はぐんぐんと鉄塔を昇って行く。
もはや、彼には危険など考えられなくなっていた。

そんな古家の背中に、川原が語りかける。

「先生は自分が審査委員長を務める賞の格を上げる為に奇跡の作品を求めた。
そこで、先生が山鹿を煽ったんですよね―――多少の演出も止むなしとまで告げて。
それを受けた山鹿は、奇跡を待つのではなく自身で仕掛けた。
それがこの方法です」

川原―――いや、沼井は自身が中野として山鹿を葬った際と同じく、赤いフィルムを貼ったストロボを取り出す。
それを古家に向けた。

山鹿はこれと同じことをあの事故時に先頭を走ってたトラックに行った。
目の前に急に赤く点滅するランプが現れたトラック運転手は驚き慌ててブレーキを踏み込んだ。
その為に玉突き事故に発展したのだ。

婚約者を殺された復讐に動く沼井は、山鹿を殺害した上で、その殺意を事の発端となった古家に向けたのだ。

「やあ、あんなところに飛行機が飛んでいるよ。ハハハハハ……」
正常な判断力を失っている古家はふらふらと揺れ続け、地面に居る沼井を見た。
こうして、前後不覚の状態でストロボの光を目にした古家はバランスを崩し鉄塔から墜落死した。
この死についても、事故と思われていたが……。

さらに数日後、古家の死について事故死と結果を出そうとしていた捜査本部をある人物が訪ねた。
飛行機のバイロットである。
彼の証言は事故死を事件に転化させるものであった。
古家の墜落現場付近を飛行中、眼下に赤い光を目撃したと言うのだ。
しかも、このパイロットは山鹿の死亡時にも同じ光を目にしていた。
捜査本部は事件性を察知し、本格的な捜査に動く。

一方、その頃の沼井。
復讐を果たした彼は自身の生に終止符を打つべく崖を彷徨っていた―――エンド。

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