2013年04月28日

『盲目のビーナス』(伊藤潤二作、小学館刊『ビッグコミック』掲載)ネタバレ批評(レビュー)

『盲目のビーナス』(伊藤潤二作、小学館刊『ビッグコミック』掲載)ネタバレ批評(レビュー)です。

ネタバレあります、注意!!

<ネタバレあらすじ>

1人の美女が自宅のベランダから空を見上げていた。
彼女の瞳に映るのは……UFO。

そんな彼女を向かい側にある電信柱の陰から見つめる熱い男たち。
視線は3つ、彼らは恋慕の念を以て彼女を見遣る。

―――と、彼女が男たちの視線に気付いた。
「岩田君じゃない!!倉田君に井上君も!!今からそっちに行くわ」

彼女と彼らは顔見知りらしい。
ところが、呼びかけられた彼らは個々に複雑な表情を浮かべる。

そんな彼らに向けて、美女が駆け寄る。
すると……近付くにつれ彼女の姿が消えて行くではないか!!

岩田の前までやって来た頃には、すっかり彼女の姿は消えていた。
だが、岩田は驚くでもなく、姿の見えない彼女に話を合わせる。
それは倉田や井上も同様だ。

岩田は彼女について想う。
恋慕の念が強過ぎて彼女の姿が見えなくなってしまったのだろうか……と。

彼女の名は庄野毬子。
南山UFO研究会の会長にして医師を本業とする庄野麻雄の1人娘である。

岩田と毬子はUFO研究会の説明会で出会った。
庄野親娘はUFOの熱心な研究家、特に毬子は類稀なる容姿で同好の士の視線を集めずにはいられなかった。
実質、研究会の会員の殆どは男性である。
発足当初こそは女性も居たのだが、男性会員たちの毬子への好意が高まるに比例し退会して行ったのだ。
父である麻雄はヤキモキしっぱなしらしいが……。

今でこそ見えない毬子の姿だが、出会った最初の頃は見えていたのだ。
だが、庄野家での会合を重ねるうちに、気が付けば毬子は遠くからでなければ視認出来ない存在となっていた。
最初は岩田だけかと思ったが、これは他の研究会員も同じらしい。
やはり、恋慕の念が強過ぎるのが原因なのだろうか……。

数日後、研究会に新会員がやって来た。
もちろん男性であり、どうやら彼には毬子が見えているようだ。
毬子自身も上機嫌である。

当然、他の会員は面白くない。
さらに、倉田と井上が後頭部に何かを埋め込まれていると騒ぎ出した。
見れば、確かに何やら機械らしきものが埋められているように見える。
他の会員たちもこれに気付き騒然となった。

会員たちは不安の矛先を毬子へと向ける。
毬子が何かをしたのではないか……だから見えないのだ。
倉田と井上は毬子に掴みかかる。
岩田が止めに入るが、彼らは止まらない。
暴走しかけたとき、麻雄の一喝が飛んだ。
これにより事無きを得たが、会員たちの間に募る不満は明らかであった。

岩田たち他の会員が帰宅させられた後、新会員は麻雄に薦められるままに強かに酒を飲み寝入ってしまった。
麻雄は彼が寝入ったことを確認すると、病院に運び込み手術を始める。
後頭部にあの機械を埋め込むのだ。

機械を埋めていたのは麻雄であった。
麻雄は美しい娘・毬子に近付く男を排除すべく、彼らの目に毬子が映らなくする機械を発明したのだ。
これを埋められてしまうと、毬子の姿が見えなくなってしまうらしい。
今は、まだ距離制限があるが、いずれは改良し遠方からも視認出来なくするつもりのようだ。

ところが、何がどう影響したのか……新会員にはこれが通じず、手術されたことを訴えられてしまう。
こうして、麻雄は逮捕された。
会員たちに埋め込まれていた機械はすべて回収された。

そして……残された毬子に会員たちが牙を剥いた。
これまで抑えられていた欲望が爆発したのだ。
毬子を連れ去ろうとする会員たち、岩田は必死に止めるが後頭部を殴りつけられ気絶してしまう。
次に岩田が目覚めたとき、毬子は無惨な姿で息絶えていた。

研究会員たちは岩田を除き逮捕された。
岩田からこれを伝え聞いた拘留中の麻雄は激しく後悔し涙した。

そして、研究会で1人残された岩田。
彼は最近になって、四六時中毬子の姿がちらつくようになった。
機械の後遺症だろうか、どうやら見えなくなっていた間の毬子の姿らしい。
岩田はベッドに横たわると、今はもう居ない想い出の毬子の姿を追うのであった―――エンド。

<感想>

「ホラー」と言えば伊藤潤二先生、伊藤潤二先生と言えば「ホラー」。
誰もが一度は目にしていると思われるあの特徴的な絵柄が魅力の伊藤潤二先生の短編作品です。

何気な〜〜〜く読んだのですが、やっぱりホラーでした。
しかも、人間の悪意が混ざった薄気味悪いタイプの。
それだけに破壊力は抜群でした。
やっぱり、伊藤先生は凄いな。

まず、タイトル「盲目のビーナス」。
此処で言う「ビーナス」とは「金星(金星人のような毬子)」と「美しい人・毬子」の2つの意味を含むものの、いずれも「毬子」を指していますね。
ただ、「盲目」には複数の意味があるように思う。

1つ、岩田たちが「毬子が見えない=盲目」であること。
2つ、毬子自身は父の行為を知らず、会員たちの好意を知らず、この点で「何も見えていない=盲目」であること。
3つ、愛娘・毬子を独占する為に倫理観や法から目を背けた点で「盲目的」であった麻雄。
4つ、毬子を妄信的に熱愛しこれをこじらせ、現実から目を背けエゴを通した倉田たち研究会員の「盲目」。
5つ、ラストにて明かされた毬子の在りし日の姿に塞がれた岩田の目の象徴。

やっぱり、凄い。
そして、描かれていた人間の悪意。

娘・毬子を独占しようとするばかりに他者を人体改造しちゃう麻雄。
娘を想う気持ちは分からないでもないが、何事も過度は禁物。
エゴが過ぎて怖い。

次に、麻雄の犠牲になった筈が、いつしか加害者に回ってしまう倉田ら研究会員たち。
折角、見えるようになったのに……普通に健全な交際を申し込むべきだろうになぁ。
ひょっとして、麻雄の狂気が伝染したのか。
あるいは、個人個人では毬子に釣り合わないことを知るが故の自暴自棄的な行為だったのか。
いずれにしろ、集団の暴走は怖い。

でもって、1人冷静だった筈の岩田。
彼だけは無事……と思いきや岩田自身も現実と妄想の狭間の世界の住人に。
彼は正常で居られるのだろうか。
あの結末は……岩田にとって良かったのかどうか。

一番の被害者は毬子自身なのだろうなぁ。
本人はあずかり知らないところで勝手に暗闘が行われた挙句、暴徒に襲われてしまうなんて。
惨い。

何とも胸を突かれる物語でした。

「伊藤潤二の猫日記 よん&むー (ワイドKC)」です!!
伊藤潤二の猫日記 よん&むー (ワイドKC)



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posted by 俺 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画批評(レビュー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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