2013年07月28日

『ロックオンロッカー』(米澤穂信著、集英社刊『小説すばる 2013年8月号』掲載)

『ロックオンロッカー』(米澤穂信著、集英社刊『小説すばる 2013年8月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)です。

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

カット料金割引につられて、僕と松倉は散髪に。
だけどこの美容院、どこかおかしい―――
(公式HPより)


<感想>

米澤穂信先生『913』に続く「僕と松倉シリーズ」短編です。

『913』(『小説すばる 2012年01月号』掲載、米澤穂信著、集英社刊)ネタバレ書評(レビュー)

今回の謎は「奇妙な美容院」。
ただし、はっきりと奇妙な点があるワケではなく、どちらかと言えば不可解な点が重なる感じか。

この謎がラストにて明かされるワケですが、これがなかなかに面白い。
そして、豹変したあの人物の描写がまた印象的ですね。
意味を知った上で読むと、またこれがなんとも……。

ともかく読むべし!!

<ネタバレあらすじ>

とある日曜日の夜、2人が美容院に足を運んだのは互いの利害関係が一致したからであった。

事の発端は、僕こと堀川のもとに行きつけの美容院からカット料金割引チケットが届いたことにあった。
この割引チケット、使用する為には友達を紹介しなければならない。
これに、最近になって新しい散髪屋を開拓したいものの金銭的に苦しんでいた松倉が加わった。

こうして、堀川と松倉は美容院「マーチヘア」へと赴いた。

2人を出迎えたのは、眠たげな眼をした男・近藤。
どうやら彼が電話予約を受けた当人らしい。
周囲を見渡せば、日曜の夜だと言うのに2人の他に客はいない様子。
なるほど、割引チケットを発行するのもむべなるかな……と納得しかけた堀川に、近藤を押し退けて別の男が声をかける。

男は店長の船下と名乗った。
船下は近藤に代わり、2人を接客する。

この店長の船下、普段から堀川の担当というワケでもない。
店長自らの応対に、これも友人を紹介した効果なのか……と目を剥く堀川と松倉。
そんな2人に、船下は「貴重品はロッカーに入れずに“必ず”携帯するように」と念を押す。

2人は透明なビニールの袋に貴重品を入れると、カットを始めるべく椅子へと向かう。
途中、何かを遮るような位置に無造作に据えられた花を見て首を傾げる松倉。
そんな松倉を見た堀川も「普段はそんな位置に花は無かったのに……」と不審に思う。

なんとも奇妙な店内の空気である。
これに拍車をかける事態が発生することに……。

カットが始まった。
普段は散髪屋の常連である松倉は美容院の雰囲気に耐えられないようであった。
担当の店員から話しかけられることを怖れた松倉は、熱心に堀川へと話題を振る。
その姿は、隙を見せれば即食われるとでも言いたげなものであった。
流石に松倉に同情した堀川は話し相手になることに。

不味くはないが一度飲んだら特に二度飲みたいとは思わないらしいパセリコーラなど他愛の無い話が続く。
そんな中、ふと出たのは先程の店長の言葉「貴重品は“必ず”携帯するように」。
「必ず」と強調したからには何か意味があると考えた堀川は「店内で盗難事件が起こっているのではないか」と推理を述べようとするが……。
一方、松倉は何故か途中で会話を押し留めてしまう。
松倉の為に会話に乗ったのに……と堀川は不満を抱くことに。

ところが、直後にタイミングを計っていたかのように店長が現れた。
なんでも、レジを閉めてしまうので先に会計を済ませて欲しいらしい。
こうして、カット途中にも関わらず支払いが行われた。
松倉は何やら考え込んでいる様子だが……。

カットを終え、店を出る2人。
髭剃りが無いんだなぁ……と素朴な感想を述べる松倉。
法律上、無理らしいと応じる堀川。
そんな2人と入替りに3人組が入店して来た。
此処に来て、堀川もこれまでと異なり明確な違和感に気付いた。

店を出た2人、松倉は堀川に「面白いモノが見たくはないか」と声をかけた。
薄々、松倉同様に察していた堀川は2人で店を見降ろせる位置に移動する。

松倉は近くの自販機から、あれほど「嫌だ」と言ったのにパセリコーラを購入し、執拗に勧めて来た。
とはいえ、堀川にソレを飲むつもりはない。

話題を変える狙いもあって、堀川は店内で起こっていたことの答え合わせを開始する。
しかし、堀川は違和感こそあれどその正体にまで、辿り着いていなかった。
まずは松倉の説明を待たなければならない。

松倉によれば「マーチヘア」には不審な点が多々あったと言う。

電話で予約を受けたのは近藤にも関わらず店長の船下が出張って来たこと。

そして、その船下が「貴重品は“必ず”携帯するように」と念を押したこと。
これに堀川は「店内で盗難事件が起こっているからだ」と考えた。

次に、カット中にも関わらず支払いを求められたこと。
レジを閉めるのならば、入店時に会計を済ませてしまえば良かった筈なのだ。
つまり、あれは口実に過ぎない。
そのとき、2人は何を話していたか……盗難事件に触れようとしていたところであった。

さらには、レジを閉めたにも関わらず3人の客が来店したこと。
閉店ギリギリにやって来ることは無いとは言えないかもしれないが……。

他にも、日曜の夜にも関わらず客がまったく居なかったことや、妙な位置に花が置かれていたことも不思議である。

「1つ1つは大したことではない」と主張する松倉。
だが、これだけ重なれば意味があるのだ。

松倉の言葉に、その意味を察する堀川。

そう、「マーチヘア」店内では想像した通りに盗難事件が発生しているのだろう。
店長の船下はそれを気に病み、犯人を捕まえようと罠を張っているのだ。

松倉たちとの会話を遮るように現れたのも、犯人に盗難事件について警戒させない為。
つまり、今まさに罠が張られているのだ。

閉店間際に来訪した3人組こそが囮なのだろう。
店に客が居なかったのも当然だ。
囮に注目して貰わなければならないからである。

おそらく、奇妙な位置にあった花に監視カメラが仕掛けられており、盗難の一部始終を抑える手筈に違いない。
わざわざ店内の防犯カメラ以外に監視カメラを設置したということは―――犯人は内部の人間となる。

松倉は呟く……ただ、犯人が誰かは分からないと。
これに堀川は「勝った」とほくそ笑む。

何故なら、堀川は犯人に気付いていたからだ。

囮に注目させる為には、他の客を断らなければならない。
実際、店長は一部の信頼出来るスタッフと謀り、断りを入れていただろう。
ところが、ある人物だけはそれを知らず予約を入れてしまった。

そう……眠たげな眼をした近藤だ。
つまり、近藤だけは事情を知らされていないことになる。
だからこそ、松倉たちの接客を船下店長が引き受けたのだ。

ということは……船下店長が疑っている相手こそ、近藤なのだ。

これを堀川から松倉が聞かされた時、事件が起きた。
「マーチヘア」の出入り口から勢いよく男が飛び出したのだ。
男は何かから逃げるようにこちらへと向かって来る。

そのとき、堀川は相手の顔を見た。
あの眠たげな眼は何処へやら、必死な形相で駆けて来る近藤の顔を。

「捕まえようか」
功名心に駆られ、身体が前へと出かける堀川を押し留める松倉。
近藤は鋏を所持しているのだ……危険である。

こうして、2人の前を近藤は脱兎の如く駆け抜けて行った。
冷静な松倉に軽く嫉妬する堀川。
心の内で礼を述べつつ、そっとパセリコーラを差し出した。

表面上は冷静といえ、やはり興奮していたのだろう。
松倉は普段の彼らしからぬ勢いで口をつけると、それと気付き大きくむせ返るのであった―――エンド。

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