ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
そのめざましい活躍から、1980年代には「新本格ブーム」までを招来した名探偵・屋敷啓次郎。行く先々で事件に遭遇するものの、ほぼ10割の解決率を誇っていた。しかし時は過ぎて現代、かつてのヒーローは老い、ひっそりと暮らす屋敷のもとを元相棒が訪ねてくる――。資産家一家に届いた脅迫状の謎をめぐり、アイドル探偵として今をときめく蜜柑花子と対決しようとの誘いだった。人里離れた別荘で巻き起こる密室殺人、さらにその後の屋敷の姿を迫真の筆致で描いた本格長編。選考委員絶賛の本格ミステリの新たなる旗手、堂々デビュー。
(公式HPより)
<感想>
「第23回鮎川哲也賞」受賞作。
応募総数152作の頂点に立った作品で、応募時タイトルは『名探偵-The Detective-』。
内容は「名探偵の宿業」をテーマに描いた作品。
名探偵は生まれながらにして名探偵。
努力してなるものでもなく、またその業から逃げることも出来はしない。
まさに、城平京先生『名探偵に薔薇を』的な「名探偵の宿命」に挑んだ作品と言えるでしょう。
・『名探偵に薔薇を』(城平京著、東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)
そして、構成自体は至ってシンプル……だが、力強く美しい。
例えば、基本である「起承転結」に忠実な点が挙げられるでしょう。
起:現役時代の屋敷の活躍
承:屋敷が現代の事件に挑む
転:屋敷、挫折し妻子のもとへ
結:復活から驚愕の真相
また、新旧の名探偵をシンクロさせつつ比較することでテーマを強調している。
旧タイプの名探偵として非業の死を遂げる屋敷。
新タイプの名探偵としてこれを乗り越える蜜柑。
これらにより、テーマ自体の訴求力は抜群。
シンプルながらも力強い物語となっている。
此処に、より読者に身近であろうとのスタンスを感じ、強い好感を抱いた。
次に、惜しげもなくトリックを盛り込んでいる点も良し。
冒頭は『十角館の殺人』の応用から始まり、その他にも屋敷が過去に解決した事件としてワンアイデアが多数盛り込まれている。
それと近年のクローズドサークル最大の問題点「連続殺人を行うにあたり、科学捜査の介入を如何に阻止するか」を、短期決戦という形で上手く回避している点も良かった。
そして、冒頭の一部を除き、作中で用いられるトリックのすべてが被害者本人が加害者に協力する狂言であり、この点も特異な作品となっている。
運命に操られる名探偵とのモチーフなのかもしれないなぁ。
また、探偵である屋敷とその相棒・竜人の関係がメルカトル鮎と美袋を髣髴とさせるのも良かった。
憎みつつも名探偵と離れられない助手。
それは太陽と月の関係と同じく、太陽である探偵の光を受けて助手も輝く。
竜人は何処までも屋敷の為に存在する人物。
屋敷を憎悪からとは言え名探偵の宿業から解放しようと罠を仕掛けたのも彼ならば、名探偵として再起の機会を与えたのも彼であった。
前者が効果を発揮すれば、名探偵としての屋敷は死ぬが美紀と七瀬と共に生き抜くことが出来た筈だ。
後者が効果を発揮した為に、屋敷は名探偵として甦り名探偵として死んだ。
最期まで相棒だったのかもしれません。
それだけに屋敷の死は憎んでいたとは言え、竜人を悲嘆に暮れさせるのではないでしょうか。
メルカトルが『翼ある闇』以降も活躍したように屋敷もまた活躍して欲しい。
あるいは屋敷の意志を継いだ蜜柑の活躍も読みたい。
それくらい、キャラが自然に成立している作品。
『ミステリーズ』での作者インタビューによれば、三部作構想もあるそうでそちらも期待。
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
屋敷啓次郎:往年の名探偵。ある事件を機に実質上隠遁している。
武富竜人:屋敷の相棒。元警察官。
蜜柑花子:今をときめくアイドル探偵。屋敷はライバル心を抱いていたが……。
敏夫:資産家の主。
千佳:敏夫の妻。
草太:敏夫と千佳の息子。
和秦:草太の恋人。
美紀:屋敷の妻。
七瀬:屋敷の娘。
屋敷啓次郎は往年の名探偵。
彼には妻・美紀と娘・七瀬が居るが今は別居している。
過去、屋敷は刑事の武富竜人とタッグを組んで、天空城事件など多くの難事件を解決し名を馳せていた。
だが、ある事件にきっかけに実質上の引退を余儀なくされてしまう。
そんな彼を惜しんで、竜人が再起を賭けた依頼を持ち込んで来る。
資産家の敏夫と千佳が何者かに命を狙われているらしい。
その阻止を依頼されたのだ。
しかも、この依頼には屋敷に代わり今をときめく名探偵となった蜜柑花子も参戦するそうだ。
言わば、新旧の名探偵対決である。
固唾を呑んで挑む屋敷であったが……。
敏夫と千佳からは屋敷のファンということで温かく迎え入れられる。
敏夫たちの息子・草太やその恋人・和秦も好意的だ。
さらに、ライバルである筈の蜜柑でさえも屋敷を憧れの人と呼び、憧憬の眼差しを向けて来る。
これまでにない厚遇に驚く屋敷。
屋敷は蜜柑と交流するうちに、彼女に自身と同じ名探偵としての実力を認める。
名探偵は常に事件を呼ぶ。
名探偵の為に事件は起こると言い換えても良い。
蜜柑は過去に“名探偵”ゆえに多くの事件に接することとなり、周囲から異端視されていた。
それは年頃の少女にとって、途轍もなく辛いことであった。
そんなある日、屋敷の著書『名探偵の証明』と出会った。
蜜柑は屋敷の本に共感した。
此処に私と同じ人が居る。
蜜柑は生きる勇気を与えられ、先達である屋敷の背中を追ったのだ。
そして、屋敷に代わる名探偵となった。
蜜柑は熱く屋敷に呼びかける。
それは復活を求める声であった。
蜜柑の情熱に当てられた屋敷は自身が隠遁した理由を明かす。
屋敷は名探偵としての自分に老いを感じていた。
以前に比べて、明らかに推理力が落ちているのだ。
もしも、事件が解決できなかったら……その恐怖は切実であった。
さらに、屋敷はある事件の捜査に乗り出した。
犯人は屋敷が居る限り、罪が露見すると危惧し屋敷を排除しようとした。
これにより、屋敷は大怪我を負ったのだ。
屋敷を愛する美紀は、目の前で夫が傷付くことに耐えられず別居するに至った。
このときの生死に関わる恐怖は屋敷のトラウマになった。
名探偵として活躍する限り、犯人に命を狙われかねないのだ。
しかも、屋敷が大怪我を負ったことがきっかけで警察による大々的な科学捜査が行われ犯人が検挙された。
名探偵である屋敷に面目を潰されてきた組織が全力で報復したようなものであった。
これに屋敷は「果たして名探偵は必要なのだろうか」と疑問を抱いたのだ。
以来、屋敷は名探偵としての活動一切を止めた。
しかし、屋敷には名探偵としてのプライドがあった。
だからこそ、再起を期したのだ。
そして、名探偵あるところに事件は起こる。
なんと、草太が密室で殺害されてしまったのだ。
異変に気付いた和秦を先頭に室内に飛び込んだところ、草太が首を刺されて死亡していたのである。
誰にも犯行は不可能な筈であった。
屋敷は蜜柑と共に事件に立ち向かうことに。
そして、ふと気付く屋敷。
屋敷よりも早く、蜜柑がすでに事件の真相を見抜いていることに。
こうして蜜柑主導で犯人の告発が為された。
犯人は和秦。
サプライズと草太を騙して狂言を仕組んだのだ。
草太は自分自身で密室を作ったのだ。
だが、草太は知らなかった。
和秦が本当に自分を殺害するつもりであることに。
草太の異変に気付き、室内に飛び込んだ際に和秦が隙を突いて一刺ししたのである。
罪を暴かれた和秦は逃亡。
これを追い敏夫と千佳も外へと飛び出す。
さらに、竜人も和秦を捕まえるべくこれを追った。
そして、結果は―――惨憺たるものであった。
敏夫と千佳は和秦に殺害され、当の和秦も自殺してしまったのだ。
屋敷は蜜柑に敗れた上に、誰1人救えなかったことにショックを受け本当に引退してしまう。
美紀と七瀬のもとに、夫として父として戻った屋敷。
傷心を抱えつつも、心落ち着く日々が始まる……筈だった。
だが、屋敷の心の内には何処かぽっかりと空洞があったのだ。
そんなある日、ある事件を「他殺に見せかけた自殺」と華麗に看破した屋敷は、やはり自身が名探偵なのだと直感する。
屋敷は美紀にとって夫であり、七瀬にとって父である。
だが、それよりも先に屋敷は自分自身にとって名探偵だったのだ。
名探偵であることを強く意識した屋敷は、敏夫、千佳、草太、和秦たちの事件に真相が隠されていることに気付いた。
蜜柑と連絡を取った屋敷は、美紀と七瀬に別れを告げ名探偵として再起した。
呼び出した相手は竜人だ。
そう、事件の黒幕は竜人であった。
そもそもおかしかったのだ。
脅迫を受けていたにも関わらず、にこやかに屋敷を迎え入れた敏夫たち。
通常ならばそんな余裕はありえない。
あれは「自分たちが狙われることがない」と思い込んでいたからの余裕であった。
つまり、敏夫たちにとってすべては竜人が主導した狂言の片棒を担いだに過ぎなかったのだ。
彼らは竜人に言い含められ、屋敷復活の為の偽の事件を演じさせられた。
もちろん、草太も和秦もそのつもりである。
彼らは誰1人、草太が実際に死亡していたことを知らなかった。
和秦も狂言で刺したつもりであった。
だが、その一突きで草太は落命していた。
その後、予定とは些か異なったが蜜柑が和秦を告発し和秦が逃げ出した。
敏夫と千佳も予定通り外へ飛び出す。
これを竜人が殺害したのだ。
和秦の自殺は、もともと自殺志願者であった和秦をコントロールし自殺に導いたものであった。
罪を告発された竜人は動機について語り出す。
竜人は屋敷を憎んでいた。
屋敷は名探偵として称賛され、常に光の中を歩いていた。
だが、その相棒である屋敷は警察組織内では屋敷に加担する裏切り者として軽んじられる日陰者。
常に苦痛を強いられ続けてきた。
それでも、正義の為に屋敷に協力を続けていた。
だが、屋敷は名探偵であることを放棄しようとした。
一体、自分のこれまでの努力は何だったのか……竜人は絶望し屋敷を恨んだ。
そして、屋敷に精神的に止めを刺すべく事件を計画したのだ。
動機を明かした竜人に、屋敷は相棒として必要な存在だったと賛辞を送る。
竜人は相棒として奇しくも屋敷復活に貢献したのかもしれない。
いや、竜人はそれこそを深層心理下で望んでいたのかもしれなかった。
その帰路、復活した屋敷は名探偵として生涯を終えると蜜柑に宣言。
蜜柑を喜ばせるが……。
直後、名探偵こそ事件の根源であると思い込んだ通りがかりの主婦に刺されてしまう。
犯人は蜜柑をも襲う。
過去の自分と同じ目に遭わせてはならない。
必死に庇おうとする屋敷だが、蜜柑は格闘術で相手を撃退する。
過去の屋敷の経験が、蜜柑に自己防衛の術を用意することを学ばせたのだ。
名探偵の血が脈々と受け継がれていることを確認した屋敷。
ほっと安心すると、美紀と七瀬に愛していると告げ絶命するのであった。
一方、美紀と七瀬が屋敷のもとに向かっていた。
美紀たちは「名探偵である屋敷」を愛していることを認め、彼と共に生きることを決めたのだ。
屋敷はもう居ない。
だが、屋敷は他の何者でもなく名探偵として逝った―――エンド。
◆関連過去記事
・「第23回鮎川哲也賞」受賞作決定!!栄冠は市川哲也先生『名探偵-The Detective-』に!!
【関連する記事】
- 『どこかでベートーヴェン』(中山七里著、宝島社刊)
- 『通いの軍隊』(筒井康隆著、新潮社刊『おれに関する噂』収録)
- 『クララ殺し』最終話、第6話(小林泰三著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.7..
- 『自殺予定日』(秋吉理香子著、東京創元社刊)
- 『タルタルステーキの罠』(近藤史恵著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.76 ..
- 『歯と胴』(泡坂妻夫著、東京創元社刊『煙の殺意』収録)
- 『迷い箱』(長岡弘樹著、双葉社刊『傍聞き』収録)
- 『噂の女』(奥田英朗著、新潮社刊)
- 『追憶の轍(わだち)』(櫻田智也著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.69 F..
- 『コーイチは、高く飛んだ』(辻堂ゆめ著、宝島社刊)
- 『恋人たちの汀』(倉知淳著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.75 FEBRU..
- 『東京帝大叡古教授』(門井慶喜著、小学館刊)
- 『傍聞き』(長岡弘樹著、双葉社刊『傍聞き』収録)
- 『動機』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『動機』収録)
- 『愚行録』(貫井徳郎著、東京創元社刊)
- 『転生の魔 私立探偵飛鳥井の事件簿』(笠井潔著、講談社刊『メフィスト 2016v..
- 『声』(松本清張著、新潮社刊『張込み』収録)
- 『黒い線』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『陰の季節』収録)
- 『図書館の殺人』(青崎有吾著、東京創元社刊)
- 『陰の季節』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『陰の季節』収録)