ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
――何気なく作った酒のつまみに、夫が語り出したこととは
(新潮社公式HPより)
<感想>
やっぱり、良いわぁ……。
内容的にはかなり辛く切ないストーリーなんだけど、妻の視点から描くことで夫が1度は失った家族を新たに得たことが言外に良く分かる点がポイント。
特に、妻が夫に真相を明かすのではなく夫の真意を悟って話を変える結末が秀逸。
あのラストで心がホッとする。
それと、夫が海へ向かうシーンはその後の夫を象徴しているようでかなり切ない。
過去を語りたがらない夫が、この夜に過去を語ったのは単に夜空の条件が合致したからだけではないよね。
それだけ、心を許せる相手だからでしょう。
本当に良いお嫁さんを見つけられて良かったねぇ……。
もう、心にグッと来捲りだよ。
本作もオススメの短編です、読むべし!!
<ネタバレあらすじ>
気象庁より琴座流星群を観察するのに「これ以上ない」とお墨付きを頂いた新月の夜のこと。
私は夫と共に、これを観察するべくベランダで今や遅しとその時を待っていた。
夫はあまり過去のことを語りたがらない。
だから、私は夫の過去を良く知らない。
そんな夫が夜空の美しさとつまみに並んだほたるいかに惹かれてか過去を語り出した。
「こんな夜だからちょうどいい」と切り出した夫、その物語は彼が小学生の時代に遡る。
当時、富山県に生活していた夫。
ある日、同級生の野口から「ホタルイカの身投げ」について教えられ興味を抱いた。
その頃、夫の家庭には何やら不穏な空気が流れており、父は外出がち、母は心からの笑顔を浮かべることも少なくなっていた。
夫は子供心に両親を力づけようと、浜辺に流れ着くホタルイカを掬い取って来ようと決意した。
とはいえ、「ホタルイカの身投げ」は夜のことである。
子供であった夫が早々夜に外出できる筈もない。
夫は母親に「ホタルイカの身投げ」について尋ねた。
その母親は「季節は秋頃。満月の夜、10時ごろに起こるらしいよ」と夫に教えた。
夫はカレンダーで満月の夜を確認すると、都合良くその日に印が入っていたと言う。
そして、満月の夜。
その日も父は不在で、夫は母に秘密で作戦を決行した。
こっそりと家を抜け出した夫。
だが、誰にも見咎められることは無く、これに成功する。
ところが、秋口の夜の風は子供には辛かった。
たちまち、芯から冷えた身体を抱え、夫は家へと戻った。
すると、蒲団の上に防寒着が並べられていたそうである。
夫は防寒着を着込むと改めて家を出た。
今度は夜の闇に怯えながら、ひたすら海を目指すのみだ。
1人きりの心細さと子供の足である、永遠にも思われる時間が過ぎた頃、ようやく海に辿り着いた。
しかし、其処には彼が期待していた光景は存在していなかったのである。
夫はがっかりしつつも、待てるだけ待つことにした。
しかし、幾ら待てど暮らせど「ホタルイカの身投げ」は起こらない。
寒さに負けた夫は自宅へと戻った。
―――ところが、その時には自宅は消えていたのだ。
後に分かることだが、夫の留守中に父が帰宅し母を刺殺すると火を放ち死亡したらしい。
無理心中である。
夫の父には連帯保証人の借金があった。
夫の父は線の細いタイプの人だったらしく、周囲に返済の為の金を借りようと奔走したが、この日、最後の宛も失われていたのだ。
絶望した夫の父は帰宅するなり、無理心中を決行していた。
こうして、夫は天涯孤独の身となり、引き取ってくれる親戚もなく施設で成長したのである。
夫は此処まで語り終えると席を外した。
残された私は夫の話の中にある矛盾を見出し疑問を抱いていた。
「ホタルイカの身投げ」は満月ではなく新月の夜なのだ。
但し、秋頃なのは合っている。
季節まで合致している以上、夫の母は何故そんな嘘を吐いたのだろうか……。
そして、用意されていたらしい防寒着。
さらに、カレンダーに残されていた印。
答えは1つしかない。
夫の母はその夜に起こることを事前に予期しており夫を避難させたのだ。
だが「お父さんが危ないから」では子供が不安がる。
其処で、夫が「ホタルイカの身投げ」に興味を持っていることを知り、これを利用しようと思い立った。
防寒着もリスクを避ける為に、少しでも長く外に滞在させようとしての物だろう。
夫は母に愛されていたのだ。
私はベランダに戻って来た夫にこれを伝えようとして……はたと気付いた。
夫は昔語りの最初に何と言ったか。
「こんな夜だからちょうどいい」と言ったのだ。
「こんな夜」とはどんな夜か。
琴座流星群?
いや、違う。新月の夜だ。
夫は既に答えを知っているのだ。
その上で、彼なりに過去と向き合っている。
だとすれば、私が口を出すべきではない。
私は夫と語らいつつ流星群の到来を待つことにした―――エンド。
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