2014年10月01日

『笑わない数学者』(森博嗣著、講談社刊)

『笑わない数学者』(森博嗣著、講談社刊)ネタバレ書評(レビュー)です。

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

天才数学者、天王寺翔蔵博士の住む館、「三ツ星館」。そこで開催されたパーティの中で、博士は庭にある巨大なオリオン像を消してみせた。翌朝、再びオリオン像が現れたとき、2つの死体が発見された。犀川助教授と西之園萌絵が、オリオン像消失の謎と殺人事件に挑む。
(公式HPより)


<感想>

「S&Mシリーズ」第3弾。
まさに「S&Mシリーズ」版「館モノ」。

「館モノ」特有の豪快なトリックに、繊細な「定義の問題」が組み合わせられている点が特徴。
この2つが上手く融和して、読者の不安感を煽り立てている。
さらに、認識の相違などが絡み合うことで読者の自意識の境界線を揺らがせ自然に作品世界へと誘うのである。

そんな本作の中では、何と言っても「定義の不確かさ」が活かされたトリックが秀逸。
とはいえ、これは「律子と俊一殺害のハウダニット」に非ず。
上記、「定義の問題」に絡む「地下室の天王寺博士」の正体を示している。

終盤で犀川が述べた通り、あの天王寺博士には3通りの可能性が考えられる。
すなわち、天王寺翔蔵本人、宗太郎、片山の3パターンだ。

さらに、作中で登場したそれぞれと思われる結論候補も3つある。
すなわち、白骨死体、地下室の天王寺、公園の老人の3パターンだ。

これにより、どれかがどれかに該当することが明らかだろう。
さて、どれがどれなのだろうか。

その最大のヒントが作品タイトルにある。
それが『笑わない数学者』。

宗太郎は小説家、片山は建築家、天王寺博士のみ数学者である。
これが意味するところは、作中で笑う描写のある人物は天王寺では無いということ。

地下室の天王寺は笑った。
公園の老人も笑っていた。

つまり、2人とも天王寺本人ではない。
これにより、白骨死体が天王寺であると確定する。

さて、残る2人はどちらがどちらなのだろう。
管理人は此処で詰まった。
しかし、偉大なるは先人の知恵だ。

ネットで調べてみたところ、やはりこれが問題の焦点になっていた。
複数説が散見されたが、その中でもっとも管理人が感銘を受けたものによると次のように判断すべきようだ。

片山の性格について述べられた描写と地下室の天王寺の描写が一致(神経質な点がホワイトボードの字に表現など)。
つまり、地下室の天王寺こそが片山。

となれば、消去法で公園の老人こそが宗太郎となる。

なるほど、スッキリです。
とはいえ、これこそ地下室での天王寺博士の言葉ではないが「定義の問題」。
定義者によって解は変動する筈。
其処に答えがあるとしても、それは読者の数(定義者の数)だけ存在するとも言えそうです。

そう言えば舞台となった「三ツ星館」。
『犯行現場の作り方』なる本にて、一級建築士である安井俊夫先生により実際に建築可能なのかが検討されているようです。
興味のある方は、本記事下部のアマゾンさんリンクよりどうぞ!!

ちなみに「ネタバレあらすじ」はまとめ易いように一部に改変を加えた上にかなり端折ってます。
本作を正確に味わうには、本作それ自体を読むべし!!

<ネタバレあらすじ>

登場人物一覧:
犀川創平:国立N大学建築学部の助教授。
西之園萌絵:犀川の恩師の娘にして犀川の教え子。犀川に好意を抱いている。
天王寺翔蔵:天才数学者として知られる人物。
天王寺宗太郎:翔蔵の長男。著名な小説家。
天王寺律子:宗太郎の妻。
天王寺俊一:律子の息子。
片山基生:稀代の建築家。「三ツ星館」の設計者。
片山亮子:翔蔵の長女。
鈴木:天王寺家の使用人。
鈴木君枝:家政婦。
鈴木昇:君枝の息子。


此処にも天才が居た。
その名は天王寺翔蔵博士、彼は天才数学者である。
老境に入った彼は娘の夫である建築家・片山が建てた「三ツ星館」の地下にひっそりと生活していた。

天王寺博士は家族と縁が薄い人物であった。
彼には長男と長女が居る。

まず、長男が天王寺宗太郎。
宗太郎は著名な小説家で妻・律子と息子・俊一を抱えている。
だが、宗太郎は数年前に死亡していた。

続いて、長女である片山亮子。
稀代の建築家と呼ばれ「三ツ星館」を設計した片山の妻である。
だが、片山は数年前に姿を消していた。

さらに「三ツ星館」には使用人の鈴木一家が生活していた。
鈴木の妻・君枝はお手伝いとして働き、その息子・昇もまた天王寺家に仕えている。
だが、鈴木もまた数年前に姿を消していたのである。

こんな曰くつきな場所へと赴いた我らが犀川と萌絵。
当然、事件が発生することに。

その夜、天王子博士は地下からスピーカー越しに来訪者と会話していた。
天王寺博士は人前に姿を現さないのだ。

天王寺博士は「三ツ星館正門からオリオン像を消してみせる」と宣言する。
オリオン像とは「三ツ星館」の出入り口に存在する像のこと。
犀川たちも門から入って来た際に目にしていた。
容易く消せる筈など無かったのだが。

犀川たちが正門へと出てみると、あった筈のオリオン像が消えている。
驚愕する犀川たち。
あまりに驚き過ぎたのか、律子が倒れ込んでしまうほどであった。
昇たちが律子を彼女の自室へと運び込む。

その翌朝、オリオン像が再び姿を現したとき、同時に2つの死体も其処で発見されてしまう。
どうやら他殺のようだ。
殺害されたのは律子と俊一であった。

部屋の位置から関係者全員にアリバイが証明されることに。
すべては姿を消している片山の犯行かと思われたが……。

こうして犀川がこの解決に乗り出した。
しかし、矢先に昇が何者かから猟銃で狙撃されてしまう。
さらに、鈴木と思われる謎の白骨死体までもが発見されて……。
やはり、片山の犯行なのか!?

犀川は遂に真相を突き止めることに成功する。
律子と俊一を殺害した犯人は昇であった。
そして、昇を狙撃したのはそんな息子の犯行を止めようとした君枝だったのだ。

事件にはオリオン像の消失が深く関わっていた。
実は犀川たちが天王子博士とスピーカー越しに会話していた部屋が回転していたのである。
そして、犀川たちが正門と思っていた門こそが裏門だったことが判明する。
これにより、オリオン像の消失トリックが暴かれた。

オリオン像は裏門に正門方向へと向け設置されていた。
つまり、犀川たちはオリオン像のある裏門から「三ツ星館」を訪問したのだ。
この時、犀川たちは裏門を正門だと思い込んだ。
その後、部屋が回転していたことで屋外へと出た際に裏門と寸分違わぬ正門に導かれてしまったのである。
オリオン像は消えたのではない、正門に存在するように思い込まされていただけであった。
そもそも、正門にはオリオン像は存在していなかったのだから消すことは造作も無かったのだ。

昇はこのトリックを知っていた。
これにより何が起こるか。

実は事前に律子の飲み物に睡眠薬を混ぜていた昇。
律子はオリオン像消失に驚きつつ、意識を失った。
これを昇は律子の部屋へ運び入れた。

だが、此の時点で正門と裏門が入替っている。
すなわち、実際に運び込まれた部屋は律子の部屋では無い。
それこそ、対角線上に存在する昇の部屋であった。
後は自室へ戻る振りをしつつ、律子を殺害すれば良い。
もはや、アリバイは存在しない。
こうして昇は不可能を可能にしたのだ。

この後、昇は実際の律子の部屋に工作を施した。
ベッドを使用した形跡を残す必要があったからだ。
ところが、律子の体調を心配した俊一が訪ねて来た。
昇は俊一も殺害することに。

もともと、昇は律子と俊一が天王子家に相応しくないと考えていたらしい。
そして、排除の機会を狙っていたのだ。

事件はこうして解き明かされたかに思われた。
だが、まだ肝心な秘密が残されていたのである。

犀川は地下に隠れる天王子博士と対決する。
「三ツ星館」を巡っては関係者が消え過ぎていた。
此処に秘密があると指摘する犀川。

まず、犀川は宗太郎と片山が兄弟であることを指摘する。
宗太郎は天王子博士の養子だったのである。
そして、天王子博士の娘・亮子はそんな宗太郎を愛していた。
宗太郎もまた亮子を愛していたらしい。
だが、実際は亮子は天王子の意向で片山と結婚させられた。

一方、宗太郎は君枝とも関係を持っていた。
君枝は宗太郎を愛し、鈴木を疎んじた。
其処で宗太郎と2人で鈴木を殺害したのである。
死亡した宗太郎とされる遺体は鈴木のものであった。

では、当の宗太郎は何処に消えたのか?
そう言えば、片山も何処かに消えている。
そもそも、天王子博士は本当に天王寺博士なのか?

此処に、犀川は現在「三ツ星館」地下に住む天王子博士を名乗る人物が本人、宗太郎、片山のうち誰かであると指摘する。
しかし、3名の内の誰かまでは分からない。
さらに、鈴木のものとされていた白骨死体も天王子博士、宗太郎、片山のうちの誰からしい。

これに天王寺博士は「それは意味が無い問いだ」と応じる。
彼にとっては彼が誰であろうとも意味が無いのだ。
何故なら、天王子博士を区別するのは彼を彼だと定義した人物に委ねられるのだから。
これだけ告げた天王寺博士は密やかな笑いを浮かべる。

これを聞いた犀川はこの天王寺を名乗る人物が昇や君枝を操っていたと確信する。
だが、それを証明する術もない。
こうして、犀川は「三ツ星館」を後にするのであった。

数日後、「三ツ星館」地下で犀川が面会した天王寺博士が死体となって発見された。
死因は心不全らしい。
だが、犀川にとってそれは興味を失った情報であった。
それこそ、天王寺博士が口にしていた定義の問題なのだから。

同じ頃、白髪の老人が公園を歩いていた。
老人は近くの少女に声をかけると、謎解きを求める。
それは定義についての問い。

首を傾げる少女に、老人は軽く笑いながら答えを教える。

小さな円も際限なく大きくなることで、円の内外が入替る。
そのとき、円の内側は外側に転ずるのだ。
内が外であり、外が内である。
かつて天動説が正しいとされていた時代があった。
だが今、それに取って代わり地動説が唱えられている。
定義とはそのようなものなのだ。

果たして老人の言が正しいのか―――悩む少女に老人は告げる。
「君が決めるんだ」と―――エンド。

◆関連過去記事
・シリーズ第1弾。
『すべてがFになる』(森博嗣著、講談社刊)ネタバレ書評(レビュー)

・シリーズ第2弾。
『冷たい密室と博士たち』(森博嗣著、講談社刊)ネタバレ書評(レビュー)

・シリーズ第4弾。
『詩的私的ジャック』(森博嗣著、講談社刊)ネタバレ書評(レビュー)

・シリーズ第5弾。
『封印再度』(森博嗣著、講談社刊)ネタバレ書評(レビュー)

・シリーズ第9弾。
『数奇にして模型』(森博嗣著、講談社刊)ネタバレ書評(レビュー)

・シリーズ第10弾(最終巻)。
『有限と微小のパン』(森博嗣著、講談社刊)ネタバレ書評(レビュー)

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「笑わない数学者 MATHEMATICAL GOODBYE (講談社文庫)」です!!
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