ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
名手の読み切り短編をたっぷりと!年末恒例のミステリー別冊が今年も登場。
ベストセラー作家たちによる短編の競演。年末年始を彩る一冊に!
今野敏 湊かなえ 笹本稜平 東川篤哉 若竹七海 小杉健治 長岡弘樹 深水黎一郎 田中啓文 深町秋生 大山誠一郎 長沢樹 曽根圭介
(光文社公式HPより)
<感想>
『宝石 ザ ミステリー 2014夏』に掲載された『罪深き女』と似た切り口の短編。
・『罪深き女』(湊かなえ著、光文社刊『宝石 ザ ミステリー 2014夏』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
全体のテイストとしては真梨幸子先生の作品群に近いか。
これは……いつか来る連作短編集発刊に向けてテーマを統一しているのかも。
そんな本作ですが、その内容は「優しい人」について。
「優しい人」とはどのような人でしょうか?
気遣いに優れた人?
有り余る慈愛を以て他者を包み込む人?
「優しい人」とは誰にとって「優しい人」なのでしょうか?
誰かにとって得になることをしてくれるから「優しい人」なのでしょうか?
では、得にならなければ「優しさ」ではないのでしょうか?
そして、誰にでも「優しい人」は本当に「優しい人」なのでしょうか?
例えば、身近な人を犠牲にしてまで他者に尽くす人は「優しい人」でしょうか?
逆に、他者に優しくなくとも家族を想う人は「優しくない人」でしょうか?
そもそも、どこからどこまでが優しさなのでしょうか?
軽く声をかけるのが優しさでしょうか?
その人を救う為に身を犠牲にするのが優しさでしょうか?
「八方美人」は「優しい人」なのでしょうか?
「便利使いされる人」は「優しい人」なのでしょうか?
強制された優しさは本当の優しさでしょうか?
意味の無い優しさは優しさではないのでしょうか?
よく「良い人」との表現を聞きます。
これは「あの人は友達としては良い人だけど恋人としてはちょっと……」との意味で用いられる言葉。
必ずしも褒め言葉とは言い切れません。
これと同様に「優しい人」もまた褒め言葉とは限らないのでしょう。
また「優しい人」とされたことで傷付く者も居るのでしょう。
本作ラストでは、そんな「優しい人」もまた証言します。
その証言の意味とは―――。
あらすじ版は全体はもちろんのこと、ラストもかなり改変しています。
特に「優しい人の証言」は本作にとっての要なのですが、敢えて改変しています。
興味を持たれた方は本作それ自体をご覧頂き、是非、その意味をお考え頂ければより理解が深まるのではないでしょうか。
<ネタバレあらすじ>
その裁判は「悪女・明日実が同僚で恋人でもあった奥山を殺害した事件」と公式に記録されている。
記録によれば、明日実には奥山以外の恋人・徳山淳哉が居り二股をかけた末の殺害とされていた。
この裁判では様々な者が証言台に立った。
被害者である奥山の母は語る。
息子は親思いの協調性溢れる優しい子だった―――と。
加害者である明日実の母は語る。
娘には優しく思いやりのある子に育って欲しいと思っていたのに、何故こんなことを―――と。
被害者である奥山の友人は語る。
あいつはシャイで騙され易いが優しい良い奴だった―――と。
そして、加害者である明日実と被害者である奥山の共通の同僚は語る。
奥山さんは優しい人だったのに、何でこんなことに余りに酷過ぎる―――と。
これを聞いた明日実は思う。
確かに酷過ぎる―――と。
明日実はこれまでの自身の人生を振り返った。
幼稚園時代、母からは「人に優しくあれ」と教えられ、それを実践して来た。
「弱者には優しく」とも教えられた。
明日実はこれを実践した。
周囲から汚いと疎まれていた少年とも仲良くしていた。
だが、ある日のこと。
少年が鼻水に塗れた手を差し出して来たとき、明日実はこれを拒絶した。
すると、少年はショックを受け引き籠りになってしまった。
少年の母は明日実を責め、明日実の母も「何故、優しく出来ないのか」と明日実を責めた。
「他の子はあの子にもっと酷いことをしているのに」
明日実は理不尽を抱えながらも謝罪した。
明日実は小学生になった。
学校でも母の教えを忠実に守った。
クラス内でよく嘔吐を繰り返す為に孤立していた少年が居た。
明日実は友達と共に少年を支えた。
ところが、ある日のこと。
少年の周囲の子供の机に罵詈雑言が落書きされる事件が発生した。
そんな中、明日実の机にのみ「好き」と書かれることに。
これがクラスの問題となり、犯人探しが行われた。
犯人は明日実たちが支えていた少年本人であった。
クラスの全員が彼を批判する中、「好き」と書かれた明日実も好奇の視線に曝された。
耐え兼ねた明日実は「あの子なんて大嫌い!!」と叫び、周囲から「言い過ぎだよ」と顰蹙を買った。
さらに当の本人までもが明日実に傷付けられたと騒ぎ立て、これまた明日実が謝罪に追い込まれた。
こんなことを繰り返しつつ、明日実は大学生になり社会人となった。
そんなある日のこと、大学時代の同級生である徳山淳哉から交際を申し込まれた。
明日実は断ることが出来ず、交際を始めた。
2人が肉体関係を持ったのは交際から1ヶ月のことである。
そのとき、淳哉は言ったのだ。
明日実は他人に無関心だから優しく出来るのだ、と。
他人に無関心だから、ある程度以上の仲になるつもりがない。
だから、無尽蔵に優しく出来る。
それにより、相手が明日実の好意を誤解し距離を縮めようとしたとき、初めて明日実は相手に関心を持つ。
だから、これ以上、距離を縮められまいとして拒否をする。
すると、相手は好意を持っていた相手だけに裏切られたと感じ、必要以上に傷付くのだ。
そして、明日実は恨まれる。
淳哉は大学時代からそんな明日実を理解しており、だからこそ好きになったと告げる。
そして、これからは大切な1人にだけ「優しい人」であれば良いと諭した。
淳哉から告げられ、明日実は自分自身ですら理解出来ていなかった自身の本質を初めて理解した気持ちになった。
そして、淳哉こそが世界にただ1人の理解者だと思うようになった。
明日実は淳哉を心から愛した。
もう、明日実は間違わない筈だった。
ところが、そんな明日実の前に会社の同僚・奥山が現れた。
奥山は会社の者から便利使いされ、馬鹿にされていた。
奥山は皆から体良く仕事を押し付けられ、必要な機材があれば暗に購入させられていた。
「優しい」との言葉は「利用出来る」との裏返しだったのだ。
そんな奥山に明日実は同情してしまった。
明日実自身としては距離を測って接したつもりであった。
ところが、奥山はのぼせ上ってしまった。
そして、一方的にストーキングを始めた。
奥山は勝手に明日実の恋人を名乗り始めた。
周囲にもそう吹聴して憚らなかったのだ。
幾ら明日実が「それは違う」と主張しても、誰もそれを信じようとしなかった。
やがて、奥山は明日実に淳哉という恋人が居ると知るや彼への攻撃を始めた。
淳哉のありもしない事実をでっち上げ、その会社で噂としてばら撒いたのだ。
明日実には「何てことは無い」と語る淳哉だが、これに疲弊しているのは明らかであった。
さらに、奥山は明日実と淳哉しか知らないような事実までをも平然と周囲に語るようになった。
おかしいと思った明日実が持ち物を調べたところ、盗聴器が出て来たのは必然だったのだろうか。
明日実は淳哉と共に被害届を出そうとしたが、担当者からは取り合ってすら貰えなかった。
その間にも奥山の淳哉への攻撃は熾烈さを増して行く。
我慢し切れなくなった明日実は奥山と直接話をすることにした。
だが、奥山は「デートだね、うひひ」と勘違いした言葉を口にしつつ喜んでいた。
明日実はどうするべきか迷った。
はっきりと拒絶の意志を示すべきか、それとも奥山の要求を確認するべきか。
ところが、そんな明日実の前で当の奥山はこう言ったのだ。
「明日実ちゃんの彼氏・淳哉君だっけ、彼ねぇ、僕がその気になれば顧客情報流出の罪を着せることも出来るんだよ。こう言ったら明日実ちゃん、僕と付き合ってくれるかなぁ!?」
この瞬間、明日実の心は決まった。
明日実は静かに包丁を持ち出すと、奥山へと飛び掛かった。
本当に酷いよ―――裁判にて被告人席に立たされた明日実は思う。
果たして、何処でどう間違えたのだろうか。
明日実の問いに答える者は居ない―――エンド。
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