2015年02月18日

『いなくなった私へ』(辻堂ゆめ著、宝島社刊)

『いなくなった私へ』(辻堂ゆめ著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)です。

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

2015年 第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞受賞作
現役東大生 堂々デビュー!!

なるほど、そういうことだったのか!と思わず膝を打ち、それまでに抱いていた違和感がきれいに解消される快感。――大森 望(解説より)

人気絶頂のミュージシャン・梨乃は目を覚ますと、誰にも自分と認識されなくなっていた。さらに自身の自殺報道を目にした梨乃は自らの死の真相、そして蘇った理由を探りはじめるが……。

第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞受賞作品です。人気絶頂のシンガーソングライター・上条梨乃は、目を覚ますと渋谷のゴミ捨て場にいた。素顔をさらしているのに周囲の人間は上条梨乃だと認識せず、さらにビルの電光掲示板には、梨乃が自殺したというニュースが流れていた……。不可解な状況に困惑する梨乃だが、そんな中、大学生の優斗だけが梨乃の存在に気づく。梨乃と同じ境遇にあった少年、樹とも出会い、梨乃は優斗らの助けを借り、かつて所属していた芸能事務所でアルバイトをしながら、事件の真相を探っていく。
(宝島社公式HPより)


<感想>

第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞受賞作。
受賞時タイトルは『夢のトビラは泉の中に』であった。

第13回「このミステリーがすごい!」大賞が決定!!栄冠は『女王はかえらない』に輝く!!

なお、同回の大賞受賞作は降田天先生『女王はかえらない』、優秀賞には神家正成先生『深山の桜』である。

『女王はかえらない』(降田天著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

さて、本作であるが。

冒頭から登場する「謎の泉の物語」と交互に語られる「梨乃とその死に纏わる謎」。
果たして、この2つは如何なる関係にあるのか―――そんな物語。

一読して、筆力と構成力の高さが目を惹く。
それほど、全体のバランスが巧みに仕上げられている。
謎も魅力的だし、この世界観さえ許せればかなり楽しめる作品だと思う。

何より本作は物語が進展するにつれて謎が様々な姿に変化することが魅力だろう。

まず、冒頭にて「意識を取り戻した梨乃は自身を梨乃だと思いつつ、周囲に梨乃と認識されない」との謎にぶつかる。
次いで「梨乃が死亡したとの情報を知る」に至り「梨乃を名乗る主人公の状態がどうなっているのか」との謎に転ずる。

此の時点で大半の読者は、タイトル『いなくなった私へ』との関連から「梨乃を名乗る主人公が実は梨乃では無く梨乃だと思い込んでいる別人である」との解を頭に思い浮かべることだろう。
おそらく、ミステリの熟達者であればあるほどこの解に飛び付く筈だ。
だが、此処で「謎の泉の物語」が重要となるのだ。
そう、本作の解は其処には無い。

次いで梨乃が優斗や樹たちと出会うことで「何故、彼らは梨乃を梨乃と認識出来るのか」との謎に変化する。
其処から「梨乃が自身の死を受け入れる」ことで、今度は「梨乃がどうして死亡したのか」がクローズアップされる。

そして、終盤怒涛のサプライズラッシュである。
これには熟練のミステリ者もノックアウトされてしまうことだろう。
その中で本作の謎が「何故、優斗は梨乃を梨乃と認識出来たのか」に戻り、遂には「梨乃自身」ではなく「優斗の側」にこそ最大の謎が仕掛けられていたことに気付くのである。

言わば最初から魅力的な謎を提示されていながら、最大の謎が何処にあるのかが伏せられている作品なのだ。
これが巧みな展開により見事なサプライズへと昇華されている。

さらに、ミステリ以外のエンタメ作品としての側面も重要だろう。
この作品、梨乃の成長物語であり、梨乃が「アイデンティティー」を確立する物語なのだ。

梨乃は殺害されることでアイデンティティーを喪失した。
目を覚ました梨乃は新たなアイデンティティーを手にするべく奮闘するのだが、最終的に失われたアイデンティティーは再度得られることはなく、過去のアイデンティティーと訣別した上でまた別の新たなアイデンティティーを獲得するに至るワケだ。
これが前述した謎と上手く絡んでいる点が素晴らしい。

タイトル『いなくなった私へ』。
それは、いなくなった過去の私に対する現在の私からのメッセージなのである。

ちなみにネタバレあらすじはまとめ易いように改変しています。
かな〜〜〜り、バッサリ省略したり改変している(泉の謎に迫る手記、梨乃の母や美容師の実加、優斗の父や姉、十文字や美波関連)ので興味をお持ちの方は本作をお読みになることをオススメします。

<ネタバレあらすじ>

登場人物一覧:
上条梨乃:主人公。人気絶頂のシンガーソングライターであったが謎の死を遂げる。
優斗:梨乃を梨乃と認識出来る男性。
実加:梨乃の親友。
樹:梨乃と同じ境遇の少年。
美波:梨乃が在籍していた芸能プロダクションに所属するタレント。梨乃の先輩。
十文字:梨乃が在籍していた芸能プロダクションに所属するタレント。


上条梨乃は売れっ子のシンガーソングライターである。
おそらく日本中でも彼女の顔を知らない者はそういないであろうほどの売れっ子。

そんなある日、梨乃は渋谷のゴミ捨て場で目を覚ます。
酔っ払って寝入ってしまったのだろうか……。
その周囲には多くの人が行きかっている。
もしも、梨乃だとバレてこんな醜態をスクープされてはたまらない。
取り繕おうとする梨乃だが、周囲はそんな彼女を目にしつつも特に何の反応も示さない。
どうやら、誰も梨乃だと気付かないようなのだ。

違和感を覚えつつ、身体の汚れを払いながら歩き出す梨乃。
すると、行き違ったカップルから信じられない言葉を耳にする。
なんと、梨乃が自宅マンションから飛び降り自殺したと言うのだ。

そんな馬鹿な……当の梨乃が此処に居るではないか!!

驚き慌てた梨乃は周囲の人々に「自分が誰か」と問いかける。
だが、誰も梨乃を梨乃と言い当てられる人物は居ない。

そんな中、たった1人だけ梨乃の正体を言い当てられる人物が現れた。
その名は優斗。
優斗は梨乃から事情を聞くと、その境遇に同情し彼女を助けるべく協力することを約束する。

こうして共に行動することとなった梨乃と優斗。
手始めに梨乃のマンションへと向かったところ、確かに梨乃の死が事実であると判明する。
さらに、最後に梨乃と出会ったと証言する宅配業者の男性による証言がもとで、その死が自殺であったと結論付けられたことも知ることに。

これに梨乃は強いショックを受ける。
何しろ、当の梨乃には自殺する理由も無ければ、自殺した記憶も無いのだ。

だが、その帰路に新たな出会いを果たすこととなった。
身寄りのない少年・樹と出会ったのだ。

しかも、樹もまた梨乃と同じ状況下にあった。
樹は車の轢き逃げに遭い死亡。
だが、気付けばこうして生き返っていたと言う。
ところが、樹の母親も含めて誰も彼を樹だと認識してくれないらしい。

樹を1人にはしておけない。
梨乃と優斗は樹を加えた3人でこの不可思議な事態の真相解明に挑むことに。

まずは、梨乃の周辺を調べるべく梨乃が所属していたプロダクションへ。
梨乃は親友である実加を名乗り、プロダクションでアルバイトとして働き始める。

そんな梨乃に近付く1つの影。
それはプロダクションに所属するタレント・十文字であった。
十文字は実加に梨乃の面影を見出し、彼女に惹かれたのだ。

ところが、これを不愉快に思う影があった。
それが、これまたプロダクションの先輩である美波である。
美波は梨乃への憎悪を募らせる。

そして、事件が起こった。
梨乃が消えたのである。

梨乃に何が起こったのか……必死に考える優斗の脳裏にある光景が浮かび上がる。
優斗は樹と共に其処へ向かうことに。

その頃、梨乃は美波の手により囚われていた。
其処はカルト教団のアジトである。
彼らは「輪廻の泉」を名乗り、彼らの間に伝わる泉の水を肌身離さず持ち歩くことで幸せになれると信じていた。
美波はその信奉者の1人だったのだ。
さらに、彼らは信奉者同士の連帯感が強かった。
1人の信奉者の邪魔になる者は教団全体で排除するのである。

美波は十文字を愛していた。
ところが、十文字が実加(実は梨乃)に惹かれたことを許せなかったのである。

美波は実加が梨乃であるとは知らずに、過去にも同様の行動を繰り返していたことを明かす。
そう、十文字が梨乃に惹かれた為に梨乃を殺害していたのだ。
梨乃が自殺とされた最大の要因である宅配業者の男性も美波の仲間だった。

そうして美波は今また梨乃を殺害しようと目論む。
毒薬を注射された梨乃は意識を失うことに……。

改めて目覚めた梨乃。
其処は天界……ではなく病室のベッドの上であった。

危機一髪、優斗が通報し警察が駆け付けたことで梨乃は助け出されたのだ。
美波と仲間たちは全て逮捕されたらしい。
梨乃殺害についても再捜査が行われるようだ。
これで真相が明らかになるだろう。
梨乃は優斗に心より感謝する。

だが、同時に1つの謎が生じた。
何故、優斗は梨乃の居場所が分かったのか?

これに少し時間を欲しいと頼み込む優斗。
その表情は沈痛さに溢れていた。

数日後、梨乃と樹の前に優斗が戻って来た。
優斗は彼自身も気付いていなかった事実を打ち明ける。

実は優斗自身も梨乃や樹同様に一度死亡した身だったのだ。
梨乃と同じ境遇だったからこそ、誰1人気付けなかった梨乃に気付くことが出来たのだ。

優斗の場合は地方からの上京直後に殺害された為に彼を良く知る人物と出会う機会が無くその死に気付かなかったらしい。
上京してからは新たな人間関係ばかりだったことも気付かなかった理由のようだ。

だが今回、梨乃に危機が及ぶことになり必死に記憶を探った結果、自身の死の光景を思い出した。
優斗自身もまた「輪廻の泉」に関係して殺害されていたのだ。
だから、梨乃の居場所を知ることが出来たのであった。

自身が既に1度死亡している―――それは大変な恐怖であったが、優斗は古い友人に会うべく帰郷した。
其処で、友人たちから優斗が梨乃や樹のように認識されないことを確認したのであった。

そして、梨乃、樹、優斗に起こったこの不思議な現象。
その正体こそ「輪廻の泉」にあった。
梨乃と優斗だけではなく、樹もまた「輪廻の泉」の関係者に轢き殺されていたのである。
どうやら、信奉者が所持する泉の水に本人の意志に関係の無い不慮の死を遂げた者を別の人物として生き返らせる力があったのだろう。

梨乃は泉の水が新たなチャンスを与えるものだと考え、この生を精一杯生き抜くことを誓うのであった―――エンド。

◆「このミステリーがすごい!」関連過去記事
【第12回】
『女王はかえらない』(降田天著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

【第11回】
『生存者ゼロ』(安生正著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

【第10回】
『弁護士探偵物語 天使の分け前』(法坂一広著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

『僕はお父さんを訴えます』(友井羊著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

『Sのための覚え書き かごめ荘連続殺人事件』(矢樹純著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

『保健室の先生は迷探偵!?』(篠原昌裕著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』(岡崎琢磨著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

『公開処刑人 森のくまさん』(堀内公太郎著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

【第9回】
「完全なる首長竜の日」(乾緑郎著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

「ラブ・ケミストリー」(喜多喜久著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

「ある少女にまつわる殺人の告白」(佐藤青南著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

【第8回】
「さよならドビュッシー」(中山七里著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

『死亡フラグが立ちました!』(七尾与史著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

【第7回】
「臨床真理」(柚月裕子著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

【その他】
第13回「このミステリーがすごい!」大賞が決定!!栄冠は『女王はかえらない』に輝く!!

第12回「このミステリーがすごい!」大賞が決定!!栄冠は『警視庁捜査二課・郷間彩香 特命指揮官(仮)』と『一千兆円の身代金(仮)』の2作に!!

第11回「このミステリーがすごい!」大賞が決定!!栄冠は『生存者ゼロ(仮)』に!!

第10回「このミステリーがすごい!」大賞が決定!!栄冠は「懲戒弁護士」に

第9回「このミステリーがすごい!」大賞が決定!!栄冠は「完全なる首長竜の日」に

2012年(2011年発売)ミステリ書籍ランキングまとめ!!

2011年ミステリ書籍ランキングまとめ!!

2010年ミステリ書籍ランキングまとめ!!

優秀賞受賞作『いなくなった私へ』です!!
いなくなった私へ





同じく優秀賞受賞作『深山の桜』です!!
深山の桜





『女王はかえらない (「このミス」大賞シリーズ)』です!!
女王はかえらない (「このミス」大賞シリーズ)





◆「このミステリーがすごい!」関連書籍はこちら。
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