ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
――秘密を抱えた婦人を見舞った厄介な出来事。謎の訪問者の正体は?
(新潮社公式HPより)
<感想>
第7回「ミステリーズ!新人賞」佳作『オーブランの少女』にてデビューされた深緑野分先生の作品。
『オーブランの少女』の書評(レビュー)でも触れたが、文章力、構成力、ストーリーテリングと3拍子に優れた作風が特徴。
間違いなく今後に期待の作家さんの1人であろう。
・『オーブランの少女』(深緑野分著、東京創元社刊「ミステリーズ vol.44」掲載)ネタバレ書評(レビュー)
本作『迂闊な婦人の厄介な一日』もそんな作風が存分に発揮された作品。
読み始めるとグイグイ作品世界に惹き込まれ、気付けばきっと読み終えているだろう。
そして、破壊力も抜群!!
管理人が自信を持ってオススメできる短編の1つだ。
本作のポイントは「玄人ゆえの誤認」。
この「玄人ゆえ」の視点がとてつもなく面白い。
さらに、全編に配された伏線が収束して行く様も美しい。
ある秘密を抱えた婦人が体験した事件の真相とは―――あなたも本作を読むべし。
ちなみにネタバレあらすじはかなり改変しています。
「例の招待状」とかカットしているので、本作それ自体はもっと凄いです。
興味のある方は本作それ自体を読むことをオススメします!!
<ネタバレあらすじ>
クリスマス。
鳴り響くジングルベルの傍らで、奥様は夕食の買い物を終えると商店街の中を抜け家路を急いでいた。
その視界に商店街の電気屋が提供するビンゴ大会の様子がちらりと映る。
どうやら、盛況のようであちこちから歓声が湧き上がっている。
ハンディタイプのビデオカメラなどは早くも品切れになっているようだ。
しかし、彼女にとってソレはソレ。
彼女は急ぎ家に戻らなければならない。
何しろ、それは彼女が帯びた使命にも関わることだったから。
奥様の正体は悪人を秘密裏に暗殺する特別捜査官。
今回の任務は、彼女の家の向かい側にある青い屋根の家の住人が対象である。
そして、彼女はその住人を監視するべく今の夫と結婚したのだ。
ちなみに、夫には連れ子が存在しており16歳になる。
生意気盛りで、彼女にとって何とも気に喰わない相手だが仕事の為なので仕方がないと諦めていた。
しかし、感情は収まらない。
それにしても、あのガキ。本当に腹が立つ!!
彼女は胸中で繰り返す。
例えば、こんなことがあったのだ。
継子に嫌われないよう細心の注意で接している奥様。
先日もクリスマスを迎えるにあたり、それとなくプレゼントの希望を尋ねてみた。
すると、そのときは「欲しい物は高くなりそうだからいいよ」と言ったのだ。
だから、本当に要らないのだろうと思っていた。
ところが、夫によるとそれは遠慮しただけで本当は欲しがっているらしい。
仕方なく、今朝になって改めて尋ねてみると「靴下が欲しい」とぬかしやがった。
「高い物」じゃなかったのか、ええっ!?
180度の方針転換である。
要は私が気に喰わないから嫌がらせしやがったのだ。
そう言えば、先頃は何を勘違いしたのかニヤニヤと色気づいた目で自分を見詰めることも気に喰わない。
他にも、ゲームや映画鑑賞に凝っているらしく妙な仲間と部屋に籠っているのもムシャクシャする原因であった。
ああ、何もかもムカつく!!
奥様は心の中で「あのガキ、(自主規制)して(自主規制)してやろうか」と憤る。
実際のところ、歴戦のプロである彼女ならばそれが可能なだけに怖い。
それほど、彼女の中で継子に対する怒りが募っていたのだ。
しかし、だからと言って嫌われるワケには行かない。
奥様は常に継子に対して気を使い続けて居た。
そんなこんなで帰宅した奥様。
早速、厨房に籠って手料理を作ろうとしていたところ。
「ギャー」
何やら断末魔のような声が聞こえて来た。
方角は2階、すなわち継子の部屋だ。
いや、まさかね……そっと聞き流す奥様であったが。
「ギャー」
もう1度、まるで聞かせるように悲鳴が上がる。
間違いない。
やはり、何かが起こったようである。
警戒しつつ、そっと2階に上がって行く奥様。
咄嗟の敵に反応出来るよう身構えながら継子の部屋の扉を開ける。
すると、中には―――。
血塗れの継子が立っていた。
その足元には若く美しい少女が胸を血に染めて倒れている。
何が起こったかは一目瞭然であった。
「どうしよう、どうしよう、殺しちゃった!!」
継子は彼女に見つかったことを知るや、腕に取り縋りつつ大声で喚き始めた。
ああ〜〜〜うるさい。
正直、彼女にとってこんなことは日常茶飯事だ。
特に騒ぎ立てることではない。
やるべきことは、見つからないように処理するだけだ。
だが、平凡な主婦を装う必要がある彼女は仕方なく驚いた表情を作ってみせた。
そして、事情を問い質す。
すると、継子はポツリポツリと説明を始めた。
映画鑑賞を口実に彼女を部屋に連れ込んだ継子は欲望に従いいきなり襲ったらしい。
これに彼女が抵抗し、誤って殺害してしまったと言う。
「どうしよう、どうしよう」と繰り返す継子。
それはこちらの台詞である。
任務を続行する為にはこいつを捕まえさせるワケには行かないのだ。
「このアホ」と心の中で毒づきつつ、奥様は「捨てましょう」と主張する。
これに……「えっ!?」と絶句する継子。
些か過激だったか……とも思う奥様だが、他に方法は無い。
「だから捨てるの。表通りにポイッと。そうすれば誰がやったかなんて分かんないわよ」
あまりにあっけらかんと口にする奥様に驚いた様子の継子。
そんな継子を放置して、奥様は遺体を確認しようと近付いた。
面倒のないように止めを刺しておくべきだと考えたのだ。
ところが、継子が立ち塞がる。
「神聖な遺体に触れるべきではない」と主張したのだ。
これを聞いた奥様は吹き出すのを堪えるのに苦労した。
自分で殺しておいて神聖だとは……本当にコイツは。
呆れ果てる奥様。
いっそのこと、コイツも(自主規制)出来ればいいのに!!
本気でその方法も検討し始めたところで、インターホンが鳴った。
どうやら、来客のようだ。
奥様は取り敢えず片付けるように継子に指示し来客を出迎えることにした。
来客は見覚えの無い小太りの男であった。
男は奥様の顔を目にするなり「坊ちゃんはいらっしゃいますか」と口にする。
しかも、「あの〜〜〜ぼっちゃんの犯罪についてお金を頂きたく」とヌケヌケと申し出たのだ。
どうやら、男は先程の事件を知っているらしい。
奥様はそう結論付けた。
あの2度に渡る悲鳴が漏れ聞こえたのかもしれない。
だとすれば、任務の為にもコイツは口封じせねば……。
決意を固める奥様の前で、男は堂々と上り込むと置かれた家電製品をまじまじと眺め始めた。
何やら値踏みしているようでもある。
だが、全身が隙だらけであった。
奥様は重い花瓶を手に、男の背後に近寄るとこれを叩きつけた。
流石はプロである。
男は一撃で無機物と化した。
さて……奥様は考えた。
2階のアレとは違い、これはプロとして片付けなければならない。
奥様は男をラップで包むと床下収納に押し込めた。
この間、数分である。
如何に奥様が手慣れているか分かるだろう。
と、作業を終えたところでまたもインターホンが鳴った。
今度は何よ!!
叫び出したい気持ちを抑えつつ応対に出る奥様。
立っていたのは先の男とは対照的に痩せぎすな男。
その背後には2人の警官が控えている。
まさか、バレた!?
焦る奥様に男は自身を電気店の主人と名乗る。
なんでも、此処に副店長が来ていないかと言うのだ。
経緯はこうだ。
彼が経営する電気店が不景気の影響で閉店となった。
其処で残った商品を商店街の為にビンゴゲームの景品として提供したのだそうだ。
ところが昨夜未明に何者かにより景品の1つが盗まれてしまった。
副店長はこの犯人を奥様宅の継子だと考え、請求に向かったのである。
店長としては犯人も分からないのに決め付けるのは良くないと考え、副店長を止めに来たのだと言う。
奥様は事情を聞いて納得した。
なるほど、副店長は正しかったのだろう。
そう言えば、継子はクリスマスプレゼントに「欲しい物は高くなりそうだからいいよ」と言っていた。
今朝になって改めて問うと「靴下」と答えたのだ。
あれは、欲しい物を手に入れた故の発言だったのである。
奥様の反応に両親が用意してくれそうにないと判断した継子は景品を盗み出したのだ。
盗まれた景品とは奥様が商店街で見たときに既に無くなっていた「ハンディカメラ」だろう。
そして、副店長が指摘した犯罪とは殺人ではなく継子の窃盗だったのである。
あちゃ〜〜〜。
今更ながら勘違いに気付く奥様だが、もう遅い。
取り繕うように「さぁ、そんな方はいらっしゃってませんよ」と店長を追い返すことに。
それにしても……奥様の中に違和感が残った。
継子は何故、ハンディカメラを盗んだのだろう。
気になりながらも、継子の部屋に戻った奥様は驚きの光景を目にする。
其処には先程まで居なかった筈の若者たちが立っていた。
その手には盗んだハンディカメラと思われる品が握られている。
そして、継子はともかく殺された筈の少女までもがヘラヘラと笑っていたのだ。
困惑する奥様に継子は語りかける。
彼は映画に嵌っており、仲間と一緒に盗んだハンディカメラで撮影を始めたのだ。
継子の犯した殺人事件もフィクションであり映画のシーンの1つである。
その中で継子が母親に助けを求めるシーンがあった。
しかし、撮影であることを事前に伝えるとぎこちなくなりかねない。
其処で迫真の映像を撮影するべくドッキリを仕掛けたのだと言う。
「それにしても、あの反応は無いよなぁ〜〜〜まぁ、上手く編集するけどさぁ」
咄嗟に身構えたことに始まり、死体を捨てようと述べたことまで。
一部始終を撮影していたと語る継子。
どうやら、1階の出来事については気付いていないようだ。
これに奥様は顔色を変えた。
継子がすべてを言い終える前に、腕を十字に構えると窓をぶち割り屋外へ。
ひらりと着地するや走り去ったのである。
その夜、帰宅した夫は奥様の行方を息子に尋ねたが要領を得ない答えしか返って来なかった。
さらに、奥様に頼まれたと名乗る業者が訪れ床下収納から何かを回収して行ったのだが……彼は知らない。
それから1週間のうちに、様々な事が起きた。
まず、向かいに住む住人が何かの事故で爆死した。
続いて、息子が撮影していた自主製作映画のVTRが盗み出された。
さらに、街の電気店の副店長が行方不明になったのである。
そして、相変わらず奥様は帰って来ない。
今、彼の手には奥様から頼まれたとやって来た業者に渡された「今度こそ、良縁結びます」との広告が握られている―――エンド。
◆関連過去記事
・『オーブランの少女』(深緑野分著、東京創元社刊「ミステリーズ vol.44」掲載)ネタバレ書評(レビュー)
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