ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
「私は殺人を依頼しました。恋人の妻を殺してほしいと頼みました」誰もが滑り落ちるかもしれない、三面記事の向こうの世界。なぜ、姉夫婦の家はバリケードのようになってしまったのか? 妻の殺害をネットで依頼した愛人の心の軌跡とは。直木賞作家が事件記事に触発されてうみだした、6つの短篇小説。解説・市川真人
(文藝春秋社公式HPより)
<感想>
本作『愛の巣』は『三面記事小説』に収録された短編。
自身の幸せを信じ、何処か陰のある姉夫婦に優越感を抱いていた房枝。
だが、其処に陥穽が待ち受けていた。
秘密を共有することで絆を育む夫婦もあるということでしょうか。
しかし、その秘密は大きな罪でした。
本来の房枝ならば罪で繋がる姉夫婦に対し、軽蔑あるいは憐憫の情を抱いた筈です。
だが、アレを知ってしまった今この時の房枝にとってはそのような繋がりさえ羨ましい。
何故なら、彼らは彼らで運命共同体となっていたから。
房枝にはそれがない。
26年の月日を重ねながら、それが得られないことを知ってしまった。
何処まで行っても房枝は孤独なのである。
なんとも侘しく切ない結論です。
美枝子と房枝の姉妹が特別だったのか、それとも男女の間には広く深い河が流れているのか。
あなたはどう思うでしょうか。
ちなみに、本作は実際に起こった事件をモチーフにしつつ其処にフィクションを絡めるとの手法を用いています。
だからこそ、タイトルが『三面記事小説』。
当然、この『愛の巣』にもモチーフが存在しています。
房枝が結婚したのは、作中描写によれば「どこを歩いてもたい焼の歌が聞こえてきたころ」だそうなので「およげ!たいやきくん」の時代でしょう。
これが流行したのは1975年、本編スタートはそれから3年後で1978年。
そして、ラストまでにはさらに26年の月日が流れているので2004年となります。
これは表紙の新聞記事にある「平成16年」との表記に合致。
実はこの年には本作と同様の事件が発覚しています。
この事件、かなり報道されたのでご記憶にある方も多いのではないでしょうか。
とはいえ、本作はあくまでフィクションなのでその点にはご注意を。
なお、ネタバレあらすじはかなり改変しています。
興味のある方は本作それ自体を読むべし!!
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
房枝:主人公。
大志:房枝の夫。
美枝子:房枝の姉。
正文:美枝子の夫で教師。
房枝が夫・大志と結婚したのは「たい焼の歌が流行っている頃」であった。
それから3年が経過したが、房枝と大志の間に子供は無い。
それは房枝の姉・美枝子とその夫・正文も同様であった。
房枝は思う―――私たち姉妹の運命なのかもしれない、と。
だが、大志は房枝に子供が出来ないことについて特に不満を漏らしたことは無い。
夫婦は分かり合っている筈であった。
此の点に房枝は満足していた。
そんなある日、房枝に美枝子から電話が入った。
相談したいことがあると言う。
またか……と房枝は溜息を吐く。
こんなことは日常茶飯事であった。
どうやら、美枝子は正文との間が上手く行っていないようである。
房枝は新築したばかりの美枝子の家に足を運ぶ。
この家は美枝子自慢の城であった。
やって来た房枝に、美枝子は「正文が浮気しているかもしれない」と明かした。
正文は教師をしているのだが、この春に赴任した女性教師に好意を抱いているらしいのだ。
寝ても覚めても、その女性教師の話ばかりを繰り返すのだと言う。
これに房枝は「姉さん、子供が居ないからよ」と痛烈な一撃を加える。
美枝子は途端に俯いたまま黙り込んでしまった。
この言葉は房枝にとっても諸刃の剣である。
だが、大志と分かり合えているとの房枝の自信がそれを口にさせた。
そして夏が過ぎた。
その頃から、美枝子は房枝に相談を寄せなくなった。
少し寂しく思いつつも、開放感に浸る房枝。
大志との間は以前と同じく円満である。
冬が通り過ぎ、春が来た。
また夏がやって来て、秋が来る。
こうして26年の歳月が流れた。
結局、美枝子にも房枝にも子供は出来なかった。
あれ以来、美枝子と房枝は疎遠になってしまっている。
とはいえ、美枝子が房枝を嫌っているワケではないようだ。
気が向いた時に電話をすれば、美枝子は元気な声を寄越す。
どうやら、正文とも上手くやっているようである。
そんなある日、房枝は何十年ぶりに美枝子宅を訪れて驚いた。
美枝子宅にはバリケードが張られていたのだ。
しかも、近所の住人によれば何やら怪しげな薬を庭に撒き大変迷惑をしているらしい。
以前に訪れたときとの余りの変化に戸惑いつつも、房枝は美枝子宅の呼び鈴を押した。
現れた美枝子は狼狽した様子で「外へ行きましょう」と房枝を誘った。
其処に拒否できる気配は無かった。
喫茶店での美枝子は電話と同じく元気であったが、何故か自宅に想いを残しているようで始終そわそわし通しであった。
一方、26年目にして房枝を衝撃の事実が襲っていた。
ある晩、テレビ番組で放送していた浮気チェックの仕方を夫に試したところ見事に反応したのだ。
房枝は恐れ戦きつつ調査会社に大志の素行調査依頼を行った。
結果は房枝の予想を超えていた。
大志は外に別の家庭を作っていたのである。
しかも、高校生になる子供まで居た。
報告書によれば、相手との関係は26年もの長きに及んでいるらしい。
自分の知らない家族と笑顔で語り合う大志の写真に房枝は号泣した。
大志にとっての家庭は其処に存在していたのだ。
房枝との間には無い。
房枝は分かっている筈だったが、実は何も分かっていなかったことに気付いた。
もはや、悲劇を通り越して喜劇である。
もしも、この事実を突き付ければ大志はもう1つの家族のもとに逃げてしまうだろう。
だが、房枝の居場所は此処にしかない。
房枝はこの喜劇を続けることとした。
ある朝、朝食を終えた大志がニュースを見ながら呟いた。
「凄ぇなぁ……」と。
其処にはある男性教諭が彼が犯した26年前の殺人事件について出頭したと報じられていた。
なんでも、男性は同僚の女性を殺害し自宅の地下に埋めたらしい。
そして、周囲の人間がそれに近付かないように家をバリケードで囲い、匂いに気付かれないように薬品を撒いた。
ところが、その土地で開発が行われることとなり立ち退きせざるを得なくなったのだそうだ。
其処で、いずれ露見すると思った男性教諭が出頭したとのことであった。
その場所こそ……美枝子の自宅であった。
房枝は思い出した。
当時の美枝子が正文の浮気に心を痛めていたことに。
そして、現在の美枝子が自宅を妙に気にしていたことに。
おそらく、美枝子は正文の罪を知っていたのだろう。
そして、彼女は夫を庇うことで彼を手に入れたのだ。
だから、美枝子は常に上機嫌であった。
26年もの間、美枝子と正文は強い絆で結ばれていたのである。
房枝は思う。
この家の地下を掘り起し、其処に白骨死体が埋まっていれば……と。
だが、それは叶わない―――エンド。
◆関連過去記事
・赤と黒のゲキジョー「直木賞作家・角田光代が描く異色サスペンス 三面記事の女たち−愛の巣− 築かれたバリケード 封印された夫婦の狂気…連続放火殺人の謎に女性新聞記者が挑む」(2月20日放送)ネタバレ批評(レビュー)
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