ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
ウォーキング中に倒れた友人は、本当に病死だったのか? 疑問を抱いた老人はひとり、探偵行を開始するが……
(公式HPより)
<感想>
『サーチライトと誘蛾灯』にて「第10回ミステリーズ!新人賞」受賞された櫻田智也先生の最新短編。
・『サーチライトと誘蛾灯』(櫻田智也著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.61 OCTOBER 2013』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
全体に寂寥感が溢れる短編です。
タイトル『追憶の轍』、それは自転車を走らせた近野の姿を指すのでしょう。
過去、自転車に乗り商工会の不正を追った近野。
そして、今また近野は自転車に乗り駆け回る―――今度は友の死の真相を追う為に。
その轍は真実に向けて過去と現在とでピッタリと合致する。
だが、その結末もまた過去同様に辛く苦いものだった。
かなり切ないです。
個人的には魞沢シリーズよりもこちらの方が好みだったかな。
ちなみにネタバレあらすじはまとめ易いようにかなり改変を加えています。
本作の本質を楽しむ為には原典を読むことをオススメします!!
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
近野:主人公。
梅沢:近野の友人。
池田:梅沢のかかりつけ医。
圭子:池田の妻。
孝:池田と圭子の孫。
馬場:「異邦人」とあだ名される孝の家庭教師。
近野は妻を亡くした1人暮らしの老人である。
数年前までは少年野球のコーチをしていたが、今はそれも引退した。
最近では特にやることも無くのんびりと生活している。
そんな近野にはある武勇伝があった。
商工会青年部に所属していた若い頃、商工会の不正に気付き周囲が押し留めるのも聞かず告発したのだ。
自転車を用いあちこち駆け回っての告発は成功し当時の関係者は処分された。
たが、周囲からは白眼視され近野の行動が認められるまでに10年もの月日がかかった。
妻にも大変な苦労をさせたものだが、妻が居たからこそ耐えられた場面もあった。
今思えば近野自身も些か短慮だったが、若い頃に戻ることが出来るとすれば同じことをしただろう。
それだけの熱血漢である。
矢先、近野の友人・梅沢が散歩中に立ち寄っていた四阿で急死した。
死因は心筋梗塞。
解剖の結果もこれを裏付けており、明らかな病死である。
だが、近野はこれに納得出来なかった。
謎の通報者が存在していた為である。
梅沢が発見された四阿は人気の少ない場所にあり、滅多に人が寄りつかない。
だが、匿名の何者かが梅沢が其処に倒れていることを通報したのだ。
通報を受けて救急隊員たちが駆け付けたときには梅沢は死亡していたと言う。
梅沢の死因に疑問を挟む余地はない。
だが、梅沢が心筋梗塞を起こすように仕組まれた可能性はないだろうか。
もしかして、謎の通報者こそがこれを図ったのではないか。
だとすれば、梅沢の仇を討つ必要がある。
近野は未だ事件とも確定していないにも関わらず、若い頃を思い出し血を滾らせた。
こうして、近野は今また当時のように自転車を駆ることに。
自転車に乗り情報収集に励んだところ、意外な情報が得られた。
散歩中であった梅沢は蛍光ベストを着用していたが、これを逆さに着ていたことが分かったのだ。
周囲はこれを梅沢が間違った為と解釈していたが、そんなことはあり得ない。
近野はこれを犯人がわざわざ着せ替えさせたのではないかと推理する。
だとしたら、何故なのか!?
梅沢のかかりつけ医である池田を訪ねた近野。
池田は近野や梅沢と同年代。
そんな池田によれば、梅沢に散歩を勧めたのは彼らしい。
もともと、梅沢は不摂生な生活を送っていた。
これを見咎めた池田が少しでも運動になればと木曜日に限り医院へ碁に誘っていた。
ところが、池田自身が同じ木曜日にダンス教室へ通うようになった。
其処で代わりとして散歩を勧めたのだと言う。
当初こそ渋っていた梅沢だが、急にやる気を見せ始め安心していたそうだ。
其処に池田の妻・圭子が現れた。
圭子は年よりも若く見える近野たちにとってのマドンナである。
此処で近野は梅沢死亡時の池田たちのアリバイを尋ねる。
これに大笑いする池田。
梅沢が散歩をしていたということはその日は木曜日である。
ならば、池田はダンス教室に居たのだ。
ダンス教室は隣町にあり、往復でも1時間以上かかる。
アリバイ成立だ。
圭子はと言えば、自宅で孝の帰宅を待っていたと主張。
孝は池田と圭子の孫だ。
孝の両親は早くに死別しており、今は池田たちが親代わりとなって育てている。
そんな孝は月曜日と木曜日に塾に通っているらしい。
「ほら、異邦人のところだよ」
これまた笑って教える池田。
「異邦人」とは馬場のあだ名である。
馬場は東京から流れて来た人物で、なんでも東大を卒業しているらしい。
だが、些か浮世離れしており周囲からは「異邦人」と呼ばれていた。
孝は馬場から個人教授して貰っていたのだ。
収穫を得られず肩を落とす近野。
そんな近野を見かねたのか、池田は梅沢が使用していた万歩計が現場から消えていたたらしいとの情報を教えてくれた。
何とも奇妙なことになった。
謎の通報者、逆さのベスト、消えた万歩計。
これらが意味するところは何なのだろうか……。
近野は参考意見を求めて「異邦人」こと馬場のもとへ。
すると、馬場はそう言えば……と梅沢の死亡当日に孝が急に欠席したことを思い出す。
これを聞いた近野にある仮説が浮かぶ。
もしかして……。
圭子のもとを訪れた近野は自身の仮説をぶつけることに。
もしかして、あの日に梅沢が四阿に居たのは圭子と密会する為では無かったか。
これに圭子は事実を認める。
圭子と梅沢は毎週木曜日に四阿で密会を重ねていたのである。
そう、池田家では毎週木曜日に池田はダンス教室、孝は馬場のもとへ出かけていた。
すなわち、その間ならば圭子は自由なのだ。
事の発端は梅沢から「散歩の励みにしたいので」と誘われたことにあった。
なんでも、梅沢は以前から圭子に好意を抱いており碁に通い詰めたのもそれが目的らしい。
ところが、池田がダンス教室に通うことになり口実を失いかけた。
だから、当初は散歩を渋ったのだ。
しかし、梅沢は此処で大胆な手に出た。
圭子を先の理由で誘ったのである。
断ろうとした圭子だが、押し切られてしまった。
だから、梅沢はやる気を見せたのだ。
こうして毎週木曜日に四阿で密会を重ねるようになった梅沢と圭子。
これに孝が気付いた。
孝は祖父母を愛しており、何とか圭子を止めたいと考えた。
そして、あの日も四阿へ向かったのである。
あの日、何が起こったのか。
それは詳しくは分からない。
圭子と話していた梅沢が急に倒れたのだと言う。
おそらく梅沢が興奮するようなことが起こったのだろう。
だが、圭子は梅沢との関係を知られることを怖れて通報出来なかった。
その場を去った圭子に代わって通報したのが、こっそり様子を見張っていた孝だ。
孝こそが謎の通報者の正体だったのである。
これで万歩計の謎も解ける。
孝は梅沢と圭子の密会の事実を隠したかった。
ところが四阿で落ちていた万歩計を発見する。
咄嗟には圭子の物か梅沢の物か判別がつかない。
もしも圭子の物だった場合、残しておけば危険である。
其処で持ち去ってしまったのだ。
蛍光ベストを逆さに着込んでいたのは梅沢自身であった。
何しろ、密会しようと言うのだ。
わざわざ目立つワケにはいかない。
だから、密会時は逆さに着ていたのである。
圭子によれば梅沢との関係は決して男女の仲では無かったと言う。
しかし、圭子からはそうでも梅沢からは違っていたのだろう。
だからこそ、梅沢は圭子に固執したのだ。
真実を知った近野は圭子に孝にだけは事情を説明するよう促すと、沈黙を貫くことを決めた。
梅沢の死は病死である。
この事実は覆らないからだ。
自転車に跨り池田家を後にした近野の胸を寂寥が去来する。
またも余計なことをしたのではないか……その想いに苛まれた為だ。
それは商工会を告発し周囲に白眼視されたときに似ていた。
あのときは妻が居た。
だが、今の近野の傍らには彼女はもう居ない―――エンド。
◆関連過去記事
・『サーチライトと誘蛾灯』(櫻田智也著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.61 OCTOBER 2013』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
・『緑の女』(櫻田智也著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.67 OCTOBER 2014』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
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