2015年03月10日

『愛玩』(小林泰三著、新潮社刊『小説新潮 2015年3月号』掲載)

『愛玩』(小林泰三著、新潮社刊『小説新潮 2015年3月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)です。

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

――深夜鳴ったチャイム。俺に児童虐待の疑いがあるというが?
(新潮社公式HPより)


<感想>

小林泰三先生の新作短編。
「特集【空き室あります】」の一篇として『小説新潮 2015年3月号』に掲載されました。

「特集【空き室あります】」は架空の「マンションKAGURA」を舞台に「その住人が体験した様々なエピソードを明かす」との設定で特集に参加した作家さんがそれぞれに描いたアンソロジー企画。

以前に東京創元社さんであった架空都市「蝦蟇倉市」を舞台にした『蝦蟇倉市事件』と同種の企画ですね。
過去には『まほろ市の殺人』という作品もありました。

『蝦蟇倉(がまくら)市事件1』(東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)

『蝦蟇倉市事件2』(東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)

本作『愛玩』はその「特集【空き室あります】」の1作となっています。

今回も小林先生特有の「怪奇」と「不安」を募らせる作風は健在。
さらにマニアと呼ばれる人々の「業」を見事に描き切っています。
この「業」が深い深い。

同時に「虐待」の意味をも考えさせられることに。
何しろ、やってることは同じなのに「アレならば虐待」だけど「ソレならば虐待じゃない」なんだもんなぁ。
そのラインは何処にあるのか……それは「人類という種がこの世を支配しているからであり、これが異なる種により支配されていたならば別の結果が生まれるのだろう」と思うと読後にふと空恐ろしくなること請け合い。

結果、ブラックな笑いの中にも唸らされる作品と言えるでしょう。

次々と回収されて行く伏線も上手い!!
伏線は次の通り。

・井之河原は天才的形成外科医。
・井之河原の仕事は再現性よりも芸術面に優れている。
・動物の鳴き声。
・首輪。
・購入した服装の対象年齢層が幅広い(複数人ではなく、アレの成長が早かったことを示す)。
・ペットショップで売れた商品。
・井之河原はフイギュア趣味。
・井之河原が手術器具を持ち出していた。

これが最後のアレに繋がったときの衝撃は凄かった。
是非、読んで欲しい作品の1つです。

ちなみにネタバレあらすじは大幅に改変しています。
どちらかと言えば、かなりライトにしました。
本作はもっとヘヴィかつブラックです。
興味のある方は本作それ自体を読むことをオススメします!!

<ネタバレあらすじ>

登場人物一覧:
井之河原:「天才」と称される形成外科医。
純子:井之河原が愛玩している存在。
児童相談所職員:井之河原に疑惑を抱いた人物。


ある晩、井之河原のもとに1人の男が現れた。
男は「児童相談所の職員」を名乗り、井之河原が「年端もいかない少女を監禁し虐待している」と主張する。

これを聞いた井之河原は努めて表に出さなかったものの、内心で冷や汗をかいていた。
確かに井之河原は「純子を飼っている」のだ。
つい先ほども、愛する純子を膝の上に乗せ激しい愛撫を交わしたばかりである。
今、純子はこの思わぬ来客があった為に表に出ないように首輪を嵌めて奥の部屋に座らせている。
あれは虐待に当たると言えば当たるかもしれない……。

それにしても、何処からこの男は純子の存在を知ったのだろうか?
井之河原の疑問を表情から察したのか、男はこれについて語り出した。

あれは数日前のことである。
児童相談所に通報が寄せられたのだ。

通報したのは宅配ピザの配達員であった。
なんでも、井之河原宅に配達した際に裸の少女が首輪に繋がれている光景を目撃したらしい。
娘への躾にしても明らかにやり過ぎである。

こうして、児童相談所の職員である男が動き出したのだ。
ちなみに、配達員によれば奥から動物の鳴き声も聞いたらしい。
もしかすると、それも口を塞がれた少女のものだったのだろうか……。

職員は井之河原の周辺を調べた。
井之河原は形成外科の医師であり、独身で子供も居ないことが明らかとなった。
つまり、監禁されているらしい少女は井之河原の子供ではない。

さらに、少女の存在を確認するべく職員は周辺の服飾店を調べた。
すると、井之河原が年頃の少女の服を定期的に購入していたことが判明した。
そのペースは早く、購入した服の対象年齢層も幅広いことが分かった。
もしかすると、井之河原は他にも余罪があるのかもしれない。

しかも、周辺の玩具店を調べたところ、これまた小児用の玩具を井之河原が買い揃えていたことを突き止めた。

首輪に関してはペットショップを駆け回ったが、情報は得られなかった。
得られたのは数ヶ月前にミニブタが売れたらしいことだけだ。

些か決め手に欠けると判断した職員は井之河原の職場を探偵を名乗って調べ始めた。
すると、予想に反して井之河原の評判は上々であった。
とはいえ、その能力面に関してのことであったが。

なんでも、井之河原の形成外科医としての実力は天才級らしい。
井之河原にかかればどんな肉の塊も美男美女に生まれ変わるのだ。
それは芸術の域に達しているとまで評されていた。
もしも、井之河原が美容整形分野に進出すれば絶対に成功するだろうとは誰もが頷くところのようだ。

反面、その人格面においては酷評が目立った。
まず、フイギュア趣味が強く、これを手放そうとしないらしい。
何時の日だったか、手術にまで持ち込もうとしていたそうである。
さらに、井之河原が手術器具をたびたび持ち出す姿が目撃されていた。
井之河原の類稀なる能力を惜しみ、周囲は黙認している状態のようだが。

これを聞いた職員はある確信を抱いた。
ポイントは「職場で聞き込んだ彼の人格」と「手術器具を持ち出していること」だ。

もしかして、井之河原は監禁した少女を逃げ出せないように声帯を奪い足の腱を切断しているのではないか。
そして夜な夜な被害者を愛玩しているのではないか。
だとすれば、これは一刻の猶予も許されない。

其処で本日此の時に職員の来訪と相成ったのである。
此処まで語った職員は「もはや問答無用」とばかりに井之河原宅に踏み込んだ。

果たして奥には首輪に繋がれた裸の少女が居た。
慌てて少女に駆け寄った職員は井之河原をキッと睨みつける。

「これは立派な人権蹂躙ですよ!!」
「えっ、人権ですか……」
職員の叱責に面食らった様子の井之河原。

「君、大丈夫か!?名前は言えるかい?」
その間にも職員は少女に必死に声をかけた。
すると少女は……。

何やら甲高い声を上げると笑顔を浮かべたのだ。
その瞬間、少女の口が左右に裂けた。
それは到底、人類では不可能な可動域だ。

そして先程の甲高い声、それは鳴き声であった。
決して泣き声ではない。

「これは一体……」
狼狽する職員に井之河原がモゴモゴと説明を始めた。
「一体も何も、ミニブタですよ。これでも人権はあるんでしょうかね」と。

なんと、井之河原はミニブタに対し自身の技術を用い自分好みに改造していた。
井之河原はフイギュア趣味が高じて、ミニブタを素体に生きた美少女を自ら作り出したのだ。

「確かに虐待とも言えるでしょうけど、それが純子の幸せだと思うし」
未だに説明を続ける井之河原。
純子はと言えば、鳴き声を上げつつ井之河原を愛撫していた。

これを目にした職員、へなへなとその場に座り込んでしまった―――エンド。

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