2015年08月17日

『破裂』(久坂部羊著、幻冬舎刊)

『破裂』(久坂部羊著、幻冬舎刊)ネタバレ書評(レビュー)です。

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

医者は、三人殺して初めて、一人前になる。エリート助教授、内部告発する若き麻酔医、医療の国家統制を目論む官僚らが交錯し事件が! 大学病院を克明に描いたベストセラー医療ミステリ。

・上巻
エリート助教授、内部告発する若き麻酔医、医療の国家統制を目論む官僚らが交錯し事件が! 大学病院を克明に描いたベストセラー医療ミステリ。

・下巻
国家権力による高齢者抹殺計画を見抜いたジャーナリストは殺害。裁判の結末は? 権力に翻弄される江崎の運命は? 医療ミステリの大傑作。
(幻冬舎公式HPより)


<感想>

久坂部羊先生による医療サスペンスの傑作で現代版『白い巨塔』とも呼ばれる作品です。

印象としては軽妙な語り口にて恐怖のシナリオを描いた驚くべき作品。
読み始めたらラストまで時間を忘れて一息でした。

特に登場人物たちが雪崩れ込んで行く、それぞれのラストが凄い。
これは人為ではなく天命の存在を感じさせるものでしたね。
果たして、誰が勝利者だったのか?
いや、誰もが敗者だったのではないか―――と思わされるほど。
あらすじからは省略しましたが迫り来る嵐の予感はまさにソレでしょう。

さらに、シリアスな内容ながら遊び心も感じさせる作風は流石です。

例えば登場人物のネーミング。
多くの人々に引導を渡す役割を担おうとする佐久間の名が「和尚と書いてかずひさ」だったり。
仲倉蓮太郎は三國連太郎さんをイメージさせます。
吉沢百合子は吉永小百合さんでしょう。
他にも清河二郎は清河八郎のもじりだろうし。

此の点も見所です。

ちなみに、ネタバレあらすじはまとめ易いように下巻を中心に改変しています。
あくまで雰囲気を掴むに留めて下さい。
興味をお持ちの方は本編それ自体を読まれるようオススメします!!

<ネタバレあらすじ>

登場人物一覧:
江崎峻:麻酔科医師。
安倍洋子:看護師、江崎に好意を寄せている。

松野公造:ジャーナリスト。
上川裕一:松野の後輩記者、江崎の同級生。

中山枝利子:父を香村の医療ミスで失う。夫がありながら江崎に好意を寄せることに。
峰丘茂:枝利子の父。
中山孝太:枝利子の夫。

香村鷹一郎:心臓外科助教授、「ペプタイド療法」の開発者。
佐久間和尚:野心家の官僚。自身の野望の為に「ペプタイド療法」を利用する。


ジャーナリストの松野公造は医療が抱える根本的な問題について取材していた―――医療ミスだ。
しかし、関係者の口は堅く具体的な事例となると困難を極めた。
そんな松野に彼の後輩記者・上川は現役の医療経験者として友人であった麻酔科医師の江崎峻を紹介する。
江崎の協力により松野の取材は成果を示し始めるように。

一方、佐久間和尚は野心家の官僚であった。
彼は自身が提唱する「プロジェクト天寿」を押し進めるべく邁進していた。
「プロジェクト天寿」とは「人口ピラミッド」のあるべき姿を取り戻すべきとの計画で、人口比の補正が狙いである。
つまり、人為的に高齢者人口を若年層と釣り合うよう調整を行うものだ。

1人の人間が行うにはあまりに大それた計画である。
だが、佐久間に悪意はない。
そもそも、これを行わねば国家としていずれ立ち行かなくなるのは目に見えている。
また、寝たきりとなって苦しみながら生きるより楽に死んだ方が良い―――それが彼の自説である。
すなわち高齢者自身の為にもなるのだ、と。

そんな佐久間は心臓外科の権威である香村が開発した「ペプタイド療法」に目を付けた。
「ペプタイド療法」とは弱った心臓を劇的に回復させるのだが、その副作用として急な心臓破裂を伴うものであった。
療法を施されてから暫くは信じられない程に元気になるが、ある日を迎えると突然死してしまうのだ。
まさに諸刃の剣である。

佐久間は贈収賄で培ったパイプを活かし香村のバックアップをし「ペプタイド療法」の普及に尽力し始めた。
こうして、彼の提唱するPPP(ぴんぴんぽっくり)が始まったのだ。

そして、バックアップを受けて今まで以上に名を上げた香村。
もともと、野心家であった香村はこの機会にさらなる権力を欲していた。
そんなある日、香村は峰丘という男性の手術を担当した。
ところが、針を置き忘れるとの医療ミスを犯してしまう。
これにより、峰丘は急死。
峰丘の娘・中山枝利子は夫・孝太と共に香村を訴えた。
だが、香村は「自身が選ばれた人間だ」と嘯き意にも介さない。

これに松野公造が注目した。
結果、松野は枝利子を支援することに。
こうして、医療経験者として江崎が枝利子に助言を行うのだが……これは江崎が属する組織を裏切ることであった。
当然、江崎は人事で報復を受けてしまう。
枝利子はと言えば、夫がありながら江崎に惹かれて行く。

一方、松野は佐久間の裏の顔を突き止めてしまった。
直後、何者かの襲撃を受け殺害されてしまう。

もはや止める者の無い佐久間。
江崎は松野の仇を佐久間と見極め、これと対決するが思わぬ反撃を受けてしまう。
実は、江崎の亡き父もまた佐久間同様に「気持ち良く死ねる方法」を研究していたのだ。
これを指摘され動揺する江崎は佐久間に仲間になるよう誘われる。
佐久間は香村の「ペプタイド療法」にいずれ限界が来るだろうことを予見し新たなる療法を模索しており、それを江崎に求めたのだ。

佐久間の誘いに悩む江崎は、前々から溺れていた麻酔への依存を深める。
結果、この行動が露見し、麻酔医が麻酔を濫用したとしてバッシングを受けることに。

追い込まれた江崎を励まそうと自宅を訪れた枝利子、2人は互いに惹かれ合っていることを認めるのだが。
その現場を江崎を記事にしようとしていた記者に目撃されてしまった。
逆上した江崎は記者に暴行、正気に戻るやとんでもないことをしたとその場を逃亡し行方をくらます。

その頃、「ペプタイド療法」は当初の予想に反し世間から好評を以て迎え入れられていた。
もはや、PPPは合言葉ともなりつつあったのだ。
此の状態に「プロジェクト天寿」の成功を確信する佐久間。
ところが、これまた松野の仇討ちに燃える上川が佐久間の贈収賄疑惑を追及、これに火が点き佐久間は取調を受ける。
しかも、この最中にそれまでの無理が祟って倒れてしまう。

一方、峰丘の死を巡る医療ミス訴訟も江崎と言うオブザーバーを欠く中で最終盤に差し掛かっていた。
判決は非情であった。
香村のミスは認められたが、峰丘の死と香村のミスに因果関係が認められないとして棄却されたのだ。

ショックを受ける枝利子。
訴訟に勝利した香村はわが世の春を謳歌するが。

数日後の夜のこと、帰宅しようとした香村は何者かに襲撃され刺殺されてしまう。
犯人は香村の医療ミスで死亡した他の被害者遺族に雇われた殺し屋であった。
香村は峰丘以外にも医療ミスを犯していたのである。
こうして、香村は思わぬ最期を遂げることに。

それから数ヶ月が経過し、松野の墓前に江崎、枝利子、上川らが集まっていた。
彼らは今回の事の顛末について語り合う。

香村を殺害した殺し屋は逮捕され、犯行を自供したそうだ。

松野殺害については犯人は未だ捕まっていない。
おそらく佐久間の手の者と思われたが、今やそれも藪の中だ。

それもその筈、佐久間は取調中に閉じ込め症候群となり病床に臥していた。
意識はあるものの、もはや意志を示すことも出来ない状態らしい。
こうして、佐久間は皮肉にも彼がもっとも忌むべき物としていた寝たきりを体現することとなったのである。

そして枝利子はと言えば……江崎に好意を寄せていたものの、江崎が逃亡した後に孝太の献身を目にし彼のもとに戻った。

当の江崎は逃亡中に世話になった看護師・安倍洋子と交際を始めたそうである。

と、そんな江崎たちの前を1人の老人が家族に急かされながら杖をついて歩いていた。
だが、慌てたのか老人は転んでしまう。
痛がる老人に対し「これだから」と顰め面を浮かべるだけで助けようとしない家族。
それどころか、家族は老人をさらに急かし始めた。
これに痛みを堪えつつ起き上がる老人。
しかし、江崎の目には老人が転倒した際に骨折していることは明確であった。
老人は冷や汗を流しながら声も上げずに家族の後を追っている。

本当に佐久間の行動は悪だったのだろうか、ふと思う江崎。
もしかして、佐久間こそが日本救済の最後の可能性だったのではないか。
おそらく、あれだけの手腕を持った官僚は出て来ないだろう。
そんな佐久間を失ったのだとしたら、これからどうなるのだろう―――エンド。

◆関連過去記事
『無痛』(久坂部羊著、幻冬舎刊)ネタバレ書評(レビュー)

『第五番 無痛2』(久坂部羊著、幻冬舎刊)ネタバレ書評(レビュー)

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