2015年12月12日

『秋は刺殺。夕陽のさして血の端いと近うなりたるに』(深水黎一郎著、講談社刊『メフィスト 2015vol2』掲載)

『秋は刺殺。夕陽のさして血の端いと近うなりたるに』(深水黎一郎著、講談社刊『メフィスト 2015vol2』掲載)ネタバレ書評(レビュー)です。

ネタバレあります、未読の方は注意!!

<感想>

深水黎一郎先生による「倒叙ミステリ」です。
まさに「倒叙」の醍醐味とも言える「完璧と思われる犯行の何処にミスがあったのか?」が見所です。
此の点で本作はかなり秀逸と言えます。
なにしろ、犯人が敢えて拘った箇所が反転して見事なミスとなるのですから。
あの下りを目にしたときには「おおっ!!」と驚嘆したほど。

そんな本作ですが、タイトルは『枕草子』の「秋は夕暮れ」の一文をもじったものか。
だとすると「春」、「夏」、「冬」もある筈……と思いきや、ありました!!
『メフィスト 2015vol3』(講談社刊)にて『夏は溺殺。月の頃はさらなり』が掲載。
さらに『2016 本格ミステリ ベスト10』(原書房刊)では「四季」を描くことが予告されています。
つまり、4編の連作集となることが判明しています。
これは何時か来る単行本が楽しみなことに!!

でもって、本作には『花窗玻璃 シャガールの黙示著』などに登場した著者のレギュラーキャラである海埜刑事や館林刑事も登場。
ファンは読むべし!!

ちなみにネタバレあらすじはまとめ易いようにかなり改変しています。
興味を持たれた方は本作それ自体をきちんと読むべし!!

<ネタバレあらすじ>

中条淳哉は伯父に殺意を抱いていた。
淳哉の伯父は資産家なのだが家族がおらず、親族も淳哉だけである。
当然、淳哉は遺産は自身の物だと当てにしていた。
だが、伯父は常日頃から淳哉に「遺産は寄付するつもりだから自分の力で生きろ」と明言していた。

それでは困るのが淳哉の立場である。
其処で淳哉は遺産を手に入れるべく伯父を殺害することにした。
伯父からは遺書の類が用意されていないことは聞き出している。
伯父さえ抹殺出来れば淳哉の将来はバラ色だった。

伯父宅を訪れた淳哉は伯父が作業に没頭していることを確認するとトイレで手袋を嵌めた。
指紋の処理は計画上、欠かせないことだからだ。
本当ならば最初から手袋をして来訪したかったが、それでは流石に疑われてしまう。
それを踏まえて、淳哉は伯父宅内で指紋を残す箇所を最小限にした。
玄関から入るときも伯父に内側から開けさせ、肘でドアを支えて上り込んだぐらいだ。

だが、此の時点でいくつか想定外の出来事が発生していた。

まず、ドアを肘で開け入ったまでは良かったが、内側から施錠するよう頼まれたためにつまみに指紋が残ってしまったこと。
いつもの癖で上り框に手をついてしまったこと。
招き入れられた後に、麦茶をご馳走になってしまったこと。

これらに対し淳哉は頭をフル回転させ対処方法を模索した。
まず、指紋の類はすべて拭き取るつもりだ。
付着した箇所は数えるほどだから苦労することはないだろう。
もちろん、伯父と甥の関係だから普段から出入りはしている。
今回の来訪時に付着した指紋以外は残しておく必要があるだろう。

麦茶に関しては振る舞われたコップごと持参したデイバッグに詰めて処分するつもりだ。

どうやら、特に問題はないと判断した淳哉はナイフを背中に隠すとトイレを出た。
目の前では背中を向けた伯父が作業を続けている、隙だらけだ。

淳哉はナイフを一息に伯父の背中へ叩きつけた。
伯父は呻き声を上げながらうつ伏せに倒れ込むと苦痛にのたうつように手にしたロウソクでフローリングの床を引っ掻き絶命した。

淳哉は時間をおいてナイフを抜く。
直ぐに抜けば返り血を浴びてしまうからだ。
淳哉は何より注意すべきはルミノール反応だと考えていた。
洗い流したり拭ったところでソレは検出されてしまう。
これを避けるには「そもそも付着しないよう立ち回る」か「付着した物は処分する」しかない。
そして、処分する物は少ないに越したことがないのだ。
時間をおいたことで勢いが弱まっていたのか、ナイフを抜くと同時に血はじわじわと床へ広がり始めた。

これを確認すると淳哉は指紋の処分を始めた。
次いで、淳哉が口をつけた麦茶をコップごと始末する。

と、此処で淳哉は壁にぶち当たった。
淳哉に麦茶を奨めた際に、伯父は自分のコップにも麦茶を注いでいたのだ。
伯父は後で飲むつもりだったのか口をつけていない。
これをどうするべきか。
暫し悩んだ淳哉だが「原則、手を加えない」ことにし、コップは残しておくことにした。

最後に、改めて伯父のもとへ戻った淳哉は問題が発生したことに気付いた。
血溜の中に「CJ」の文字が浮かんでいたのだ。

淳哉は伯父の足掻きに意味があったことを察した。
死の間際、ロウソクで床を引っ掻いていた伯父。
アレは「中条淳哉」のイニシャル「CJ」をロウで書き残す為のものだったのだ。
肉眼では気付けなかったが、まわりに血が溜まったことでロウの部分だけ血が避けて文字が浮かび上がったのだろう。

本来ならば大ピンチである。
だが、淳哉は不思議な余裕を感じていた。
もしも、不用意に立ち去っていれば伯父のダイイングメッセージを見逃していたところだった。
これに気付けただけでも御の字だ。
後はどう処理するかが問題なのだ。

淳哉は考えた。
ロウの部分だけを拭えば疑念を抱かれるに違いない。
一旦、流れ出た血ごとロウを拭い去るしかない。

こうして、淳哉はキッチンペーパーで血を拭き取った。
ロウで書かれたダイイングメッセージ部分は苦戦したがお湯を沸かして温めたところ容易に処理することが出来た。

血に染まったキッチンペーパーはデイバッグに収めることにした。
これであらかた作業は終えただろう。
もう1度、見回った後で淳哉は伯父宅を後にした。

帰宅した後も淳哉は忙しかった。
犯行に用いた品々を処分する必要がある。
淳哉は手袋やキッチンペーパーを焼却処分した。
部屋の中には匂いが籠り、一日中も換気扇を回し続ける羽目に陥ってしまった。

その数日後、刑事が2人ほど淳哉のもとを訪れた。
彼らはそれぞれ海埜と館林と名乗った。
彼らの口から伯父の死を聞かされた淳哉はショックの表情を作るのに苦労した。
だが、その日は特に何事もなく彼らは去って行った。

そう、その日は……だ。
翌日も彼らは淳哉のもとを訪れた。
海埜は「淳哉宅の換気扇が一日中回り続けて居た」ことを突き付けた。
どうやら、近所の住人がご注進に及んだようだ。
余計な事をしやがって……苛立つ淳哉だが、それをおくびにも出さず「フライパンを焦がしてしまって」と述べた。
こんなこともあろうかと淳哉は焦げたフライパンを用意していたのだ。

ところが、海埜たちは早くも興味を失くした様子で次の話題に遷る。
伯父宅のテーブルにコップが残っていたのだそうだ。
それはそうだろう、それは伯父が自分用に入れた麦茶のコップだ。
淳哉もソレには手を触れなかった。

ところが、これが不味かった。
海埜たちは「伯父がコップに麦茶を入れながらすぐに飲まずに作業を行っていた」点に注目し「来客があり、そのついでに自分のコップにも麦茶を入れたのだ」と結論付けていた。
すなわち、伯父殺害の犯人は伯父と親しい人物になる。

淳哉は自分が疑われていることに気付かざるを得なかった。
だが、まだ彼自身が犯人である証拠は無い。
海埜たちは大人しく帰って行った。

その翌日、海埜たちが来るのではないか……と気が気では無かった淳哉だが彼らは来なかった。
ところが……。

その翌日に海埜たちが現れた。
しかも「1日考える時間を与えたが、自首する気はないか」と強気の姿勢である。
これはどうしたことか……冷や汗が止まらない淳哉に新事実が突き付けられた。

そもそも、淳哉が伯父を殺害する必要が無かったことが明かされたのだ。
「淳哉に遺産を譲る気はない」と語っていた伯父。
だが、貸金庫に遺言状が残されており、其処には「淳哉に遺産を残す」と明記されていたらしい。

動揺する淳哉に止めが刺された。
伯父のダイイングメッセージが発見されたのだ。

馬鹿な……呆然とする純也に海埜が笑いかける。
遺体の傍の血液が拭い去られた痕跡に目を留めた彼らはその意味を考えた。
其処でルミノール反応を調べたのだ。
すると、くっきりと「CJ」の文字が浮かび上がったのである。

この意味に気付いた淳哉は絶句した。
淳哉はルミノール反応を気に掛けていたが、肝心なところでミスを犯していた。
「血液→ダイイングメッセージ」の順で処理した為に、ルミノール試薬がダイイングメッセージの文字に反応しなかったのだ。
だが、その周囲の血液には反応する。
結果、「CJ」の文字が浮かんでしまったのだ。

「どうすれば良かったのかな……」
「ダイイングメッセージを拭き取った後に、被害者の血を塗っておけば良かったんですよ」
呟く淳哉にあっさりと答える海埜。

「もっと早くに、その方法を聞いておきたかったなぁ」
こうして、淳哉は逮捕されることとなった―――エンド。

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