ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
【第61回江戸川乱歩賞受賞作】問題。悪い人は誰でしょう?――ビデオジャーナリストの伏見が住む鳴川市で、連続イタズラ事件が発生。現場には『生物の時間を始めます』『体育の時間を始めます』といったメッセージが置かれていた。そして、地元の名家出身の陶芸家が死亡する。そこにも、『道徳の時間を始めます。殺したのはだれ?』という落書きが。イタズラ事件と陶芸家の殺人が同一犯という疑いが深まる。同じ頃、休業していた伏見のもとに仕事の依頼がある。かつて鳴川市で起きた殺人事件のドキュメンタリー映画のカメラを任せたいという。十三年前、小学校の講堂で行われた教育界の重鎮・正木の講演の最中、教え子だった青年が客席から立ち上がり、小学生を含む300人の前で正木を刺殺。動機も背景も完全に黙秘したまま裁判で無期懲役となった。青年は判決に至る過程で一言、『これは道徳の問題なのです』とだけ語っていた。証言者の撮影を続けるうちに、過去と現在の事件との奇妙なリンクに絡め取られていくが、「ジャーナリズム」と「モラル」の狭間で、伏見はそれぞれの事件の真相に迫っていく。
道徳の時間
江戸川乱歩賞の沿革及び本年度の選考経過
江戸川乱歩賞受賞リスト
第62回(平成28年度) 江戸川乱歩賞応募規定
(講談社公式HPより)
<感想>
第61回江戸川乱歩賞受賞作。
読ませるが、結末が人を選ぶかもしれない作品。
特に「起承転」までの運びが上手いだけに、あの結末には驚く筈。
これは『小説現代 9月号』(講談社刊)に掲載された短編『月に吠える兎』にも同じことが言えるかな。
おそらく、本作は「事件そのもの」ではなく「事件を調べる伏見」が物語の中心に居る「サスペンス的要素」が強い作品なのでしょう。
言わば「事件を通じて伏見がどう感じ、どう成長したか」がメイン。
なので、「事件の謎解きソレ自体」に重きを置いて見ると結末で驚かされることとなる。
あくまで「主人公が中心」と理解した上で読むと楽しめると思います。
これは、それだけ「ストーリー性が高い作品」の証左でもあるでしょう。
ちなみに本作『道徳の時間』は主に2つの事件を軸に展開。
1つ目が「13年前に発生した教育評論家・正木殺害事件」。
2つ目が「現在に発生した陶芸家死亡事件」。
1つ目は犯人が既に逮捕されており、2つ目は未だ不明の状況。
この13年の時を隔てた無関係と思われる2つの事件が「道徳の時間」というフレーズで繋がれることとなります。
当然、読者はその繋がりを想像しつつ読み進めるのですが……。
先述した通り、此の点に期待を寄せるとラストで「おやっ?」と思われる筈。
個人的にコレをいろいろ考えていたので、解決篇では「なるほど、そうだったのか!!」と頷く半面で「ええっ、そうなの……」との気持ちも残ったり。
其処で、あらすじでは敢えて「13年前の事件」のみに焦点を絞ってまとめてみました。
こちら単体では「ホワイダニット」がポイントになっています。
また当然、あらすじはまとめ易いようにかなり改変しています。
興味をお持ちの方は本作それ自体を読まれることをオススメ致します。
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
伏見:主人公、ビデオジャーナリスト。
越智冬菜:伏見と共に13年前の正木殺害を追うジャーナリスト。
正木:13年前に殺害された教師。
宮本:正木の教え子の1人。教師。
向:正木の教え子の1人。正木刺殺犯。
向美幸:向の妹、消息不明。
ビデオジャーナリストの伏見は新進気鋭の若手ジャーナリスト・越智冬菜の氏名を受けて共に13年前の正木殺害事件を追うこととなった。
13年前、正木は教え子の1人で教師となっていた宮本に招かれ彼が勤務する学校で講演会を開いていた。
その最中、正木に駆け寄った人影が1つ。
正体はこれも正木の教え子の1人・向であった。
何かを感じ取ったのか宮本が間に割って入ったのだが、時既に遅く正木は刺殺されていたのだ。
逮捕された向は動機について何も明かすこともなく、ただ「これは道徳の問題なのです」とのみ繰り返していた。
そして、黙々と判決を受け入れたのであった。
ところが、冬菜によればこれに疑惑があるらしい。
衆人環視の中で向が正木に駆け寄ったのは間違いないが、本当に彼が刺したのかが不明だったのだ。
どうやら、冬菜は傍に居た宮本の犯行を疑っているようだ。
こうして、当時の事件について調べ始めた伏見。
すると、向に妹が居たことが分かった。
その名は向美幸。
だが、美幸は事件直後に姿を消していた。
当時の取材記者によれば美幸には売春の疑惑があったらしいが……。
そんな中、美幸を追った伏見は驚くべき真相に辿り着く。
なんと、冬菜こそ美幸その人だったのだ。
しかも、冬菜が事件について調べ始めたのはジャーナリストとして自身の名を売る為であった。
実は正木殺害は向の犯行で正しかった。
向の動機はそれこそ冬菜と同じく自身の名を売る為。
特に正木に恨みも何も持っていなかった。
向は小説家を志望しており、謎の動機で正木を殺害することで名を売ろうとしたのだ。
ところが、思ったよりも注目が集まらず服役しながらヤキモキしていた。
其処に名を売りたい冬菜が協力を持ちかけたのである。
向は今回のドキュメンタリーと並行して出版計画が進んでいた。
そして、冬菜にはもう1つ目的があった。
過去、彼女の客であった宮本への復讐である。
表向き聖職者として飾っていた宮本だが、実は獣だったのだ。
冬菜は13年越しにその告発を行うつもりだったのだ―――エンド。
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