ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
密室で突然死した大学教授、海上で起きた殺人事件、父親の連れ子に隠された秘密――『このミス』大賞作家による豪華書き下ろし3編!
密室で大学教授が突然死を遂げた。果たして単なる病死なのか(喜多喜久「リケジョ探偵の謎解きラボ」)。海上で殺害されたデベロッパー企業の社長は、周囲の誰からも恨まれていた(中山七里「ポセイドンの罰」)。父親が連れ帰ってきた少年が、“冬”のない温かな家庭に影を落とす(降田天「冬、来たる」)。人気『このミステリーがすごい!』大賞作家3名の手による、書き下ろしミステリー・アンソロジー!
(宝島社公式HPより)
<感想>
『女王はかえらない』にて第13回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞された降田天先生の受賞後第一作。
・『女王はかえらない』(降田天著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
作者である降田天先生は鮎川颯先生と萩野瑛先生の二人からなる作家ユニット名。
お2人は早稲田大学の同級生で共に30代の方、プロットを萩野先生が、執筆を鮎川先生が担当されているそうです。
そして、萩野先生と鮎川先生は「降田天」名義以外にも「鮎川はぎの」と「高瀬ゆのか」2つのユニット名で活躍中。
まず「鮎川はぎの」名義では「聖グリセルダ学院シリーズ」などライトノベル系作品を、続いて「高瀬ゆのか」名義にて漫画や映画のノベライズ作品(『今日、恋をはじめます』『花にけだものシリーズ』)を世に送り出しています。
そんな本作『冬、来たる』。
春菜、夏依、智秋ら三姉妹、その名の通り冬を知らない温かい家族のもとに父が見知らぬ少年・冬留を連れて来たことから一家に長い冬が始まる。
話者(三姉妹)によって真相が二転三転して行く構成が面白いですね。
それにより作品の色調が陰から陽に、陽から陰にと移りつつ、最終的に家族愛を高らかに歌い上げている点も良し。
降田先生はやはり「構成が巧みな作家さん」だと改めて思いました。
まず物語は「少年時代の冬留が姿を消して十数年後に冬留を名乗る男性が登場する」ところから始まる。
しかし、此処から物語は急展開を見せる。
「春菜」により「母が冬留を殺害したこと」を匂わせ「冬留を名乗る男が偽物」と思わせる。
「夏依」により「春菜の疑惑が間違いであること」を明かし「冬留を名乗る男が本物」と思わせる。
「智秋」により「夏依の知る事実は正しいが不足があること」を明かし「冬留を名乗る男の真偽」が判明する。
このように話者3人がそれぞれ知る事実の断片から「母の姿が変わる」と同時に「冬留の真偽も変わる」のだ。
また、これが「起承転結」にも通じている。
起:冬留を名乗る男が登場、果たして真偽は?
承:それを受けて「春菜」が知る事実から「偽」との主張。
転:転じて「夏依」が知る事実から「真」との主張。
結:最後に「智秋」が知る事実から真偽判明。
この流れと並行して智秋たち3姉妹、ひいては「家族の絆」を描くことにも成功している。
特に家族の絆を描く重要なアイテムが「資生堂パーラーのビスケット」。
これは同時に母と冬留の絆を描いた物でもある。
智秋が姉たちの棺に入れたのもコレでしょう。
さらにタイトル『冬、来たる』の意味。
それは「冬を知らない温かい家族に冬留が加わることで影を落とす様」と「冬が欠けていた一家に冬が加わったことで家族として完成した様」の2つを示す。
逆境を乗り越えたことで智秋たちは家族としての繋がりをより深めたのでしょう。
是非、本作をご覧頂きこの意味について考えて欲しい。
ちなみにネタバレあらすじはまとめ易いように改変しています。
興味をお持ちの方は本作をお読みになることをオススメします。
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
智秋:三姉妹の末っ子。
春菜:三姉妹の長女。
夏依:三姉妹の次女。
冬留:父が連れて来た弟を名乗る少年。
一家には三姉妹があった。
長女・春菜、次女・夏依、三女・智秋だ。
だが、実はもう1人だけ彼女たちには人知れない弟が居た。
それから数十年が経過し、年老いた智秋は2人の姉妹を送り出すこととなった。
智秋は姉たちの棺に「ある物」を入れる。
それは彼女たちの母の棺にも供えられた物、また家族の秘密であり絆でもあった。
ふと、母の通夜当時を思い出す智秋だが……。
その夜、母の死に際し久方ぶりに三姉妹が集まっていた。
智秋が母の棺に「ある物」を供える中、春菜は母を悪しざまに罵る。
春菜と母はある日を境に折り合いを欠いていたのである。
逆に母と仲の良い夏依はそんな春菜に反発していた。
と、其処へ1人の男性が現れた。
彼は智秋たちを姉と呼び、自身を弟の冬留だと明かす。
「冬留」の名にそれぞれの想いを抱く三姉妹。
男をその場に残した彼女たちは密かに話し合う。
特に春菜は男が冬留ではあり得ないと主張する。
こうして春菜が彼女の知る事実を語り出した。
・「春菜」の章
十数年前のこと、幼い三姉妹の前に父が1人の少年を連れて来た。
その名は冬留、冬を知らない三姉妹にとってまさに冬の訪れであった。
父は冬留を弟して扱うよう家族に厳命した。
母は表向きそんな父の意向に沿いつつ、冬留に対して激しく憎悪を燃やした。
三姉妹も父から贔屓される冬留に激しい嫉妬を繰り返した。
そんなある日、冬留は忽然と姿を消した。
周囲は神隠しだと噂したが……春菜は知っていた。
その日の夜のこと、母が冬留に何かを飲ませていたことを。
春菜は母が冬留を殺したと疑っていた。
そして、春菜の疑惑を母は最期まで否定しなかったのである。
冬留は既に死亡している。
ならば、冬留を名乗って現れた男は偽物でしかあり得ない。
春菜はそう主張する。
ところが、これを聞いた夏依が笑い出した。
どうやら春菜も知らない事実を知っているらしい。
こうして、今度は夏依が語り出した。
・「夏依」の章
夏依はその晩に冬留が飲んでいた物が彼の好物のサイダーだと知っていた。
それはその日が冬留との別れになると母も知っていたからだと言う。
とはいえ、その別れとは殺害ではなく実の両親のもとに返す為であった。
そもそも、冬留は三姉妹の弟ではなかったのだ。
実は父には生き別れの弟が居た。
その出生には祖父の後ろめたい過去が関わっていることもあって、祖父はもちろん親族一同から疎まれた存在だった。
そんな中、父だけは弟と密かに交流し可愛がっていたのだ。
ところが弟が行方不明となった。
これにより、弟の妻は1人で息子を抱えなければならなくなった。
見かねた父がその子供を「冬留」として育てることにしたのだ。
しかし、直後に弟の生存が確認され息子を返して欲しいと頼まれた。
親族の手前、弟の存在を明かせなかった母は「神隠し」として親元に冬留を返したのである。
当初こそ、冬留の素性を知らなかった母も知ってからはこれを可愛がっていたのだそうだ。
これを聞かされた春菜は母への誤解を解いた。
冬留が生きているのだとすれば、こうして現れたあの男性こそ冬留に違いない。
旧交を温めようとする春菜と夏依だが……真相を知る智秋は考え込む。
・「智秋」の章
それは母が亡くなる直前のこととなる。
介護をしていた智秋の前に見知らぬ年老いた男女が訪れた。
彼らこそ父の弟とその妻であり、冬留の両親だ。
彼らによれば、母は冬留を両親のもとに返してからも密かに交流を重ねていたらしい。
それはそれは冬留を可愛がっていたのだそうだ。
冬留もその恩に報いるべく、いつかご馳走すると約束していたらしい。
だが、それは叶わぬ物となってしまった。
何故なら、母に先立ち冬留が死亡してしまったのだ。
不慮の事故だったと言う。
冬留の両親は彼の想いを果たすべく「資生堂パーラーのビスケット」を持参していた。
直後、母は逝った。
智秋は冬留の想いを果たさせるべく「資生堂パーラーのビスケット」をその棺に供えた。
だから、智秋は知っている。
冬留を名乗る男が偽物であることを。
おそらく男は冬留の友人なのだろう。
少なくとも、冬留から彼の事情を聞かされる程には親しかったに違いない。
冬留を騙ったのは遺産相続を狙ってのことだろう。
智秋は春菜と夏依の想い出を壊さないように気を付けつつ、そっと男の傍に近寄ると「正体を知っている」と囁いた。
男は驚いたように智秋を見返すと、免れえないと知るや慌てて逃げ出した。
春菜と夏依には智秋から「急用が出来たのだそうだ」と伝えておいた。
2人は残念がったものだ。
こうして春菜と夏依も真相を知らぬうちに時が過ぎ、それぞれ此の世を去った。
真相を知るのは智秋1人である。
冬留はもう居ない。
しかし、先に逝ってしまった春菜や夏依と共にきっとあちらの世界で家族仲良くしていることだろう。
そして、直ぐ其処に本物の冬がやって来ようとしていた―――エンド。
・ドラマ版はこちら。
「このミステリーがすごい!2015〜大賞受賞豪華作家陣そろい踏み 新作小説を一挙映像化」(11月30日放送)ネタバレ批評(レビュー)
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・『女王はかえらない』(降田天著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
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