ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執──痛みを引き受けながらそれらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。『王とサーカス』後の六編を収録する垂涎の作品集。
(東京創元社公式HPより)
<感想>
2016年1月時点での「ベルーフシリーズ」最新作です。
「ベルーフシリーズ」は『さよなら妖精』(東京創元社刊)に登場した太刀洗万智を主人公とするシリーズ作品のこと。
これまでに発表されている作品は、長編が『さよなら妖精』、『王とサーカス』の2作、短編が『失礼、お見苦しいところを』、『恋累心中』、『ナイフを失われた思い出の中に』、『名を刻む死』、『真実の10メートル手前』の5作品となっていました。
この短編が1つの単行本となり、また書下ろし『綱渡りの成功例』を加えた六編を収録したの短編集が本作『真実の10メートル手前』。
ちなみに収録作の各タイトルのうち『失礼、お見苦しいところを』は『正義漢』に改題されています。
この改題の意味は本作を目にすれば頷けますね。
そんな本作は『王とサーカス』に続き、太刀洗万智の報道に対する厳格な姿勢と凄絶な覚悟を描いた短編集。
其処では万智による万智自身を見る眼すら厳しく律されています。
それは何処か突き放した視線であり怜悧なもの。
ジャーナリストとして客観的な視点が求められる故のことでしょう。
客観的であると言うことは第三者的視点を保持することに他ならない。
かといって、万智は決して取材対象者から距離を置いているワケでは無い。
関わることで傷を負うことを知りつつも、自ら取材対象に真摯に向き合う。
この「客観性」と「取材対象への真摯な態度」の2つにより万智は大切な何かを掴む。
それが真実。
本作『真実の10メートル手前』では様々な真実が描かれる。
表題作『真実の10メートル手前』では「太刀洗万智のジャーナリストとしての目覚め」を描いている。
『正義漢』では犯人視点から万智を描くと共に「独善的であることの罪」を描いている。
『恋累心中』では万智により「とある心中事件が180度別の姿」を見せる。
『名を刻む死』でも「ある人物の独りよがりが別の人物を大きく傷付けてしまう姿」を描いている。
万智の取材がこの残酷な真実を突き止めるが、それによりあの人物は救われたのだろう。
『ナイフを失われた思い出の中に』でもその流れは同様だ。また、この短編は『さよなら妖精』の既読者にとっては別に大きな意味を持つだろう。
そして『綱渡りの成功例』でも「万智が真実を突き止めたことで救われる魂」がある。
言わば、本作は太刀洗万智が真実を明かすことで誰かを救う姿を描いているのである。
同時に客観的な万智とは対照的に自身の視点に執着する人々の姿も描かれている。
それは時に多くの悲劇を生む。
そして万智はそんな悲劇と向き合うのである。
なお、あらすじはまとめ易いようにかなり改変しています。
興味をお持ちの方は本作それ自体を読まれることをオススメ致します。
<ネタバレあらすじ>
・『真実の10メートル手前』
『真実の10メートル手前』(米澤穂信著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.72 AUGUST 2015』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
・『正義漢』(『失礼、お見苦しいところを』改題)
その日、太刀洗万智は乗り込んだ電車で騒ぐ男を目撃した。
電車を降りた万智、するとその目の前で男がホームから転落し次の電車に轢かれる事故に居合わせる。
これを事件だ、と主張する万智は周囲に向けて取材を始める。
こんなときに……と戸惑う周囲の人々。
そんな中、万智に近付く男が1人。
ところが、男は万智に声を掛けるや、当の万智により殺人事件の容疑者として告発されてしまった。
後に万智は語っている。
被害者が分かった際にその動機にも見当がついた、と。
被害者は車内で騒ぎ立て周囲に迷惑をかけた男。
加害者はそんな男に対し義憤に駆られた人間だろう。
其処で、敢えてそんな加害者が嫌うような人間を演ずることで誘き寄せたのだ。
そして、万智はさらに語る。
もしも予想が外れていればその時は恥をかくだけだ、と―――エンド。
・『恋累心中』
2人の高校生の男女が黄燐を口にして死亡した。
どうやら、学校で管理されている黄燐を盗み出し使用した物と思われた。
また、恋人同士と思われる彼らの死は、その最期を迎えた地名から恋累心中と呼ばれた。
一方で爆弾を用いた事件が続発していたが……。
この取材に太刀洗万智が乗り出した。
万智は助っ人の都留と共に2人が通っていた学校を訪れる。
教師の下滝などから2人について聞いた万智は真相を看破することに。
万智は2人が黄燐を口にし死亡したことに注目した。
何故、わざわざ黄燐なのか。
さらに爆弾の材料に黄燐が用いられることにも気付いた。
其処で万智は考えた。
「2人が黄燐を用いて死亡した事件」と「爆弾事件」が別ではなく、同根なのではないかと。
犯人は爆弾に用いたことで黄燐が減っていることを隠す為に、2人を黄燐を使用した心中へと誘導したのだ。
これで黄燐が減っていても不思議には思われない。
そんな万智が犯人として告発したのは教師の下滝であった―――エンド。
・『名を刻む死』
「名を刻む死(ミステリーズ!vol.47掲載)」(米澤穂信著、東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『ナイフを失われた思い出の中に』
『ナイフを失われた思い出の中に』(米澤穂信著、東京創元社刊『街角で謎が待っている がまくら市事件』収録)ネタバレ書評(レビュー)
・『綱渡りの成功例』
大規模な土砂崩れ事故が発生。
地域で雑貨屋を営む大庭が消防団として出動することとなった。
出向いたのは彼の得意先となっている戸波家。
戸波家には老夫婦が2人で暮らしているが、3日前から孤立状態にあった。
大庭は戸波家の外観を目にし、少し胸を撫で下ろした。
電気こそ断たれているようだが、建物自体は無事なようだ。
それよりも隣家の原口家がかなり危い。
大庭がハラハラする中でレスキュー隊が駆け付け、戸波夫妻は3日ぶりに救出された。
助け出された戸波夫妻は「すみません、すみません」と何故か何度も謝罪を繰り返していた。
その翌日、大庭は戸波夫妻の救助について報じるニュースを目にする。
なんでも、戸波夫妻は電気が途絶え食料に困る中、息子一家が残して行ったコーンフレークで命を繋いだらしい。
大庭は戸波家の息子がコーンフレークを購入していたことを思い出した。
アレを使ったのだろう。
また、ニュースでは原口家の壊滅も伝えていた。
原口宅は食堂や居間は無事だったが寝室に土砂が流れ込み、夫妻を押し潰していたのだ。
そんな中、太刀洗万智が大庭に声を掛けて来た。
実は万智は大庭の大学時代の先輩であった。
大庭は万智から受け身ではなく主体的に動くことの大切さを教えられたのだ。
どうやら万智は戸波夫妻のニュースを気に掛けているらしい。
恩返しすべく協力を申し出た大庭に万智はコーンフレークについて尋ねる。
果たして万智は何をそんなに気にしているのだろうか?
万智に頼まれた大庭は戸波夫妻のもとへ彼女を案内する。
万智からコーンフレークについて問われた夫妻は表情を凍らせる。
それは夫妻にとって大きな問題らしい。
驚く大庭をよそに、戸波夫妻は自ら語り出し始めた。
コーンフレークを食べる為には牛乳が必要だ。
だが、停電していた戸波家では牛乳は用意出来ない。
冷蔵庫が使えない為に腐ってしまうからだ。
では、何処から牛乳を調達していたか?
それが隣家である原口家であった。
原口家は寝室こそ土砂に潰されたがキッチンは無事であった。
電気も通じており、冷蔵庫も使用出来た。
戸波夫妻は生きる為に原口家の冷蔵庫を借り、自宅の牛乳を冷やしたのだ。
もちろん、原口家から何かを盗み出したり、食糧に手をつけてもいない。
だが、戸波夫妻にとってソレは大きな罪であった。
其処で告白の機会を求めていたのである。
万智はコレに逸早く気付いた。
万智によれば他の視聴者も気付いただろうと言う。
いずれ真相に辿り着く者や、根も葉もないデマを流す者も現れるだろう。
その機先を制して真実を報じることで、少しでも戸波夫妻の風評被害を阻止しようとしていたのだ。
「失敗していたらどうするのか?」と思わず万智に尋ねる大庭。
それは戸波夫妻の心を大きく傷付けただろう。
「本当にそう。今回はたまたま上手く行っただけの綱渡りの成功例に過ぎない」と応じる万智。
それは万智がこれまでにも何度となく同じような状況を経験し続けていることを物語っていた。
そんな万智に昔と変わらぬ彼女の姿を見た大庭はそっと頭を下げるのであった―――エンド。
◆関連過去記事
・「インシテミル」(文藝春秋社)ネタバレ書評(レビュー)
・「儚い羊たちの祝宴」(新潮社)ネタバレ書評(レビュー)
・「追想五断章」(集英社)ネタバレ書評(レビュー)
・「折れた竜骨」(東京創元社)ネタバレ書評(レビュー)
・『Do you love me ?』(『不思議の足跡』収録、米澤穂信著、光文社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『下津山縁起』(米澤穂信著、文藝春秋社刊『別冊 文芸春秋 2012年7月号』)ネタバレ書評(レビュー)
・『川越にやってください』(米澤穂信著、早川書房刊『ミステリマガジン700 国内篇』収録)ネタバレ書評(レビュー)
・『ほたるいかの思い出』(米澤穂信著、新潮社刊『小説新潮 2014年7月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
・『リカーシブル』(米澤穂信著、新潮社刊『小説新潮』連載)ネタバレ書評(レビュー)まとめ
・『リカーシブル リブート』(『Story Seller 2』収録、米澤穂信著、新潮社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『満願』(米澤穂信著、新潮社刊)ネタバレ書評(レビュー)
【古典部シリーズ】
・「氷菓」(角川書店)ネタバレ書評(レビュー)
・「愚者のエンドロール」(角川書店)ネタバレ書評(レビュー)
・「クドリャフカの順番」(角川書店)ネタバレ書評(レビュー)
・「遠まわりする雛」(角川書店)ネタバレ書評(レビュー)
・「ふたりの距離の概算」(角川書店)ネタバレ書評(レビュー)
・『鏡には映らない』(米澤穂信著、角川書店刊『野性時代』2012年8月号 vol.105掲載)ネタバレ書評(レビュー)
・『長い休日』(米澤穂信著、角川書店刊『小説野性時代 2013年11月号 vol.120』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
【小市民シリーズ】
・「夏期限定トロピカルパフェ事件」(東京創元社)ネタバレ書評(レビュー)
【S&Rシリーズ】
・『犬はどこだ』(米澤穂信著、東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)
【太刀洗シリーズ】
・『さよなら妖精』(米澤穂信著、東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・「名を刻む死(ミステリーズ!vol.47掲載)」(米澤穂信著、東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『ナイフを失われた思い出の中に』(米澤穂信著、東京創元社刊『街角で謎が待っている がまくら市事件』収録)ネタバレ書評(レビュー)
・『真実の10メートル手前』(米澤穂信著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.72 AUGUST 2015』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
・『王とサーカス』(米澤穂信著、東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・米澤穂信先生、次なる新作は太刀洗シリーズ最新長編『E85.2(仮)』とのこと!!
・【発売日判明】米澤穂信先生『王とサーカス』(東京創元社刊)は2015年7月29日発売とのこと!!
【シモンズシリーズ】
・『913』(『小説すばる 2012年01月号』掲載、米澤穂信著、集英社刊)ネタバレ書評(レビュー)
・『ロックオンロッカー』(米澤穂信著、集英社刊『小説すばる 2013年8月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
・『金曜に彼は何をしたのか』(米澤穂信著、集英社刊『小説すばる 2014年11月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
【甦り課シリーズ】
・オール讀物増刊「オールスイリ」(文藝春秋社刊)を読んで(米澤穂信「軽い雨」&麻耶雄嵩「少年探偵団と神様」ネタバレ書評)
・『黒い網』(米澤穂信著、文藝春秋社刊『オール読物 2013年11月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
【その他】
・探偵Xからの挑戦状!「怪盗Xからの挑戦状」(米澤穂信著)本放送(5月5日放送)ネタバレ批評(レビュー)
古典部シリーズ『連峰は晴れているか』が掲載された「野性時代 第56号 62331-57 KADOKAWA文芸MOOK (KADOKAWA文芸MOOK 57)」です!!
野性時代 第56号 62331-57 KADOKAWA文芸MOOK (KADOKAWA文芸MOOK 57)
野性時代 第56号 62331-57 KADOKAWA文芸MOOK (KADOKAWA文芸MOOK 57)
古典部シリーズ『鏡には映らない』が掲載された「小説 野性時代 第105号 KADOKAWA文芸MOOK 62332‐08 (KADOKAWA文芸MOOK 107)」です!!
小説 野性時代 第105号 KADOKAWA文芸MOOK 62332‐08 (KADOKAWA文芸MOOK 107)
小説 野性時代 第105号 KADOKAWA文芸MOOK 62332‐08 (KADOKAWA文芸MOOK 107)
◆米澤穂信先生の作品はこちら。
【関連する記事】
- 『どこかでベートーヴェン』(中山七里著、宝島社刊)
- 『通いの軍隊』(筒井康隆著、新潮社刊『おれに関する噂』収録)
- 『クララ殺し』最終話、第6話(小林泰三著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.7..
- 『自殺予定日』(秋吉理香子著、東京創元社刊)
- 『タルタルステーキの罠』(近藤史恵著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.76 ..
- 『歯と胴』(泡坂妻夫著、東京創元社刊『煙の殺意』収録)
- 『迷い箱』(長岡弘樹著、双葉社刊『傍聞き』収録)
- 『噂の女』(奥田英朗著、新潮社刊)
- 『追憶の轍(わだち)』(櫻田智也著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.69 F..
- 『コーイチは、高く飛んだ』(辻堂ゆめ著、宝島社刊)
- 『恋人たちの汀』(倉知淳著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.75 FEBRU..
- 『東京帝大叡古教授』(門井慶喜著、小学館刊)
- 『傍聞き』(長岡弘樹著、双葉社刊『傍聞き』収録)
- 『動機』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『動機』収録)
- 『愚行録』(貫井徳郎著、東京創元社刊)
- 『転生の魔 私立探偵飛鳥井の事件簿』(笠井潔著、講談社刊『メフィスト 2016v..
- 『声』(松本清張著、新潮社刊『張込み』収録)
- 『黒い線』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『陰の季節』収録)
- 『図書館の殺人』(青崎有吾著、東京創元社刊)
- 『陰の季節』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『陰の季節』収録)