2015年12月19日

『夏は溺殺。月の頃はさらなり』(深水黎一郎著、講談社刊『メフィスト 2015vol3』掲載)

『夏は溺殺。月の頃はさらなり』(深水黎一郎著、講談社刊『メフィスト 2015vol3』掲載)ネタバレ書評(レビュー)です。

ネタバレあります、未読の方は注意!!

<感想>

深水黎一郎先生による「倒叙ミステリ」です。
まさに「倒叙」の醍醐味とも言える「完璧と思われる犯行の何処にミスがあったのか?」が見所です。
此の点で本作はかなり秀逸と言えます。
なにしろ、犯人が軽んじていた点こそが彼の足もとを掬うこととなるのですから。
あの下りを目にしたときには「おおっ!!」と驚嘆したほど。

そんな本作ですが、タイトルは『枕草子』の「夏は夜」の一文をもじったもの。
当然、「春」、「秋」、「冬」も存在する筈で、既にあります「秋」が。

『秋は刺殺。夕陽のさして血の端いと近うなりたるに』(深水黎一郎著、講談社刊『メフィスト 2015vol2』掲載)ネタバレ書評(レビュー)

すなわち、本作はそのシリーズ第2弾となります。

さらに『2016 本格ミステリ ベスト10』(原書房刊)では「四季」を描くことが予告されています。
つまり、4編の連作集となることが判明。
これは何時か来る単行本が楽しみなことに!!

でもって、本作には『花窗玻璃 シャガールの黙示著』などに登場した著者のレギュラーキャラである海埜刑事も登場。
ファンは読むべし!!

ちなみにネタバレあらすじはまとめ易いようにかなり改変しています。
興味を持たれた方は本作それ自体をきちんと読むべし!!

<ネタバレあらすじ>

秋森は龍也に殺意を抱いていた。
龍也に片思いの相手である真悠子を奪われたからである。

龍也は人の可能性を熱く語る熱血漢。
真悠子によれば龍也のそんなところが好きらしい。
だが、秋森にとってそれは単純な奴としか呼べなかった。

だからこそ、秋森は龍也を殺害し真悠子を取り戻すことを決めた。
殺害方法は決まっている、2人の共通の趣味である釣りを利用するのだ。

秋森は龍也を夜釣りに誘い出すと、自身が所有するプレハブ小屋へ招き入れた。
未だに自身に降りかかることを知らない龍也は今日も人の可能性について語りつつ団子を頬張っていた。

そんな龍也の姿に苛立ちを覚えた秋森は早々にナイフを抜くと龍也へ突き付けた。
身動き出来ない龍也の両手を素早く結ぶと、その身体を床に転がす。
もはや、龍也に勝ち目はない。

秋森は成功を確信しつつ、奥から海水がなみなみと注がれたクーラーボックスを持ち出して来た。
中身はこれから龍也を遺棄する海域の水だ。
これならば水から犯行を特定されることはない。

秋森は縛られた龍也の顔をクーラーボックスの中へと強引に沈めた。
激しく抵抗する龍也、その口内から吐瀉物が漏れ出た。
先程、口にしていた団子のようだ。
足掻く龍也を嘲りつつ、秋森は渾身の力で止めを刺す。
やがて、龍也はぐったりとし動かなくなった。

秋森は龍也の死を確認すると、クーラーボックスの水を近くに捨てた。
そして1人でほくそ笑む、これで凶器の始末も完璧だ、と。

続いて、龍也の死体をボートに積むと沖合へと乗り出した。
周囲に人の目は無い。
これまた完璧だ。

やがて、目的のポイントに辿り着いた秋森は龍也の遺体を遺棄するや悠々と釣りを開始する。
龍也と釣りをしていたと証言するには、これもまた重要なことであった。
さて、それなりに釣れただろうか。

秋森はボートを陸へ戻すと、近くの派出所に駆け込んだ。
そして告げる、龍也が海に落ちた、と。

数日後、龍也の遺体が沖合で発見された。
その身体には多数の傷があり、縛った手首の痕跡ももはや見抜けない。

さらに秋森は「龍也と沖合で釣りをしていたところ龍也がバランスを崩して落ちた」と証言していた。
「溺れながら助けを求める龍也をどうしても救えなかった」とも。
秋森は悲劇の当事者となった、これを崩せるような証拠も秋森が考える限り無い。

そして傷心の真悠子に近付き、その信頼を勝ち得ることにも成功した。
まさに計画通りである。
此処まで一片の隙もないように秋森には思われた。

ところが、そんな秋森のもとを刑事が訪ねて来たのだ。
その刑事は自身を海埜と名乗った。
しかし、秋森の対処はこれまでと変わらない。
それで乗り切れる筈であった。

そんな秋森の思惑をあっさりと海埜は乗り越えて来る。
龍也のライフジャケットから始まった追及は遂に秋森の犯行の核心へと斬り込んだ。

海埜は「乾性溺死」との言葉を口にしたのだ。
それは肺が水に満たされる前に窒息死したことを示す。

そんな馬鹿なと動揺する秋森。
龍也の死因はクーラーボックス内の海水によるものだった筈なのだ。

これに海埜は意外な答えを口にした。
龍也は食べていた団子を咽喉に詰まらせていたのだ。

さらに海埜は畳みかける。
龍也が咽喉に団子を詰まらせていたのならば溺れた際に助けを呼ぶことなど出来はしない。

「そう言えば、記憶違いだったかも……」
必死に考えを巡らせ逃げ延びようと試みる秋森。

しかし、海埜の手にはまだカードが残されていた。
龍也の体内から彼自身の吐瀉物が検出されたのだ。
これが何を意味するか?

本当に龍也が広い海で溺れたのならば吐瀉物は漏れ出た瞬間に流されてしまっている筈だ。
これを呑み込むことが出来たのは狭い何処かで窒息させられたからしかあり得ない。
例えば、クーラーボックスような。

そして、海埜はプレハブ小屋付近から龍也の物と思われる吐瀉物を含む水溜りを発見していた。
これは既に鑑識で照合済みである。

もはや逃げ場を失ったことを悟った秋森。
龍也が団子を詰まらせたことが彼自身の最期の抵抗だったと気付く。
それは龍也が普段から口にしていた通り、人間の可能性を意味する行動だ。
なるほど、秋森も今なら龍也の口癖を理解出来そうであった―――エンド。

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