2016年04月02日

『ヒーロー基金』(深緑野分著、新潮社刊『小説新潮 2016年2月号』掲載)

『ヒーロー基金』(深緑野分著、新潮社刊『小説新潮 2016年2月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)です!!

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

――晴れた日の公園に現れた変てこな老婆。平和な景色が色を変えて――
(新潮社公式HPより)


<感想>

のどかな公園から始まる物語は紆余曲折を経てヒーロー譚へと話を変えることに。
それが本作です。

とはいえ、本作はヒーロー譚であると同時にその悲哀を描いたものでもあります。
作中で老婦人が受けた仕打ちはヒーローである彼が受けたソレと同じでしょう。
そして、ヒーローと言えど人は人。
如何に強固なメンタルを誇ろうとも何処かに負担がかかっていることも匂わせています。
同時にそんなヒーローを酷使せざるを得ない組織そのものにも社会の縮図が見て取れるようです。

また、本作は展開により生ずる謎も面白い。

例えば、タコの怪物が登場し老婦人が思わせぶりな台詞を口にしたところでは「ひょっとして老婦人はヒーローのスカウトなのではないか?」と読者に思わせます。
ところが続いて、博士とソフィーが登場したところで「ひょっとして洗脳している?」と思いきやラストは意外な形に。
ただ、あれは一種の洗脳に近いのかもしれないところがありますよね。
そう考えると少し恐ろしくもあったり。

しかし、本作はそれも含めていろいろと考えさせる点が特徴。
是非、読んでみて欲しい作品。

ちなみにネタバレあらすじはかなり改変しています。
特に本作の特徴の1つに文章自体がある為に、興味のある方は本作それ自体を読むことをオススメします!!

<ネタバレあらすじ>

その日、私は公園のベンチで久しぶりの休日を満喫していた。
サンドイッチを片手にコーヒーを啜る、なんと甘美な事か!!
そんな私の視界に1人の老婦人が映り込む。

綿帽子のような髪型の老婦人は白い箱を両手に抱えつつ、何やら周囲の人々に声をかけて回っている。
どうやら、募金を集めているようだがこの内容が奮っていた。
老婦人は「ヒーロー募金」を募っていたのだ。

何やら奇異に感じつつも、これを視界から外そうとする私。
しかし、老婦人はそんな私の気も知らずベンチへと歩み寄って来た。

身構える私を意に介さず、老婦人は隣に腰かけていた美女に声をかけた。
美女はタブレットを触る手を止めると嫌そうな素振り1つ見せず、それが当たり前のことのように募金に協力していた。
むしろ「この間の夜は痴漢から助けて貰っちゃいまして」とまで応じていたほどだ。

私はその光景に何かのドッキリを思い起こさずにはいられなかった。
慌ててベンチを立つとその場を逃げ去る私。
すると、そんな私を老婦人が呼び止めた。

「ゴミをきちんと捨てないとトラッシュ・マンがやって来るよ!!」
老婦人に指摘されてベンチを振り返ると其処には食べかけのサンドイッチが残されていた。
どうやら、狼狽のあまりに置き忘れてしまったようだ。
私は慌ててそれを手に取るとトレンチコートを翻しその場を逃げ出した。
それにしても……トラッシュ・マン(ゴミ男)とは冗談にしても何というネーミングだろう!!

その後も、老婦人は公園内で募金を続けていた。
これに「いつもお世話になっています」とニコヤカに応じる夫妻。
その一方で「恥を知れ!!」と罵ると老婦人に唾を吐きかける男性も居た。

どうしたことか老婦人が気になって仕方がない私。
そんな私に気付いたのか、老婦人がツカツカと歩み寄って来た。
そして言う、「あなたはヴィラン(悪役)なの?」と。

あまりのことに言葉を失う私に老婦人は重ねて言葉をかけて来た。
「だって、ヒーローに対して寄付をしようともしないなんて」と。

ドッキリでもなく真剣な様子の老婦人に私はおそるおそる問いかけてみた。
「ヒーロー基金とはなんですか」と。

今度は老夫人が言葉を失う番であった。
老婦人は目の前の私を信じられないと言った様子であったが、やがて説明を始めた。

ヒーローとはそのものズバリ正義感から人々を救う存在のこと。
だが、彼らはその仕事柄怪我が絶えない。
そんな彼らを金銭面で支援する為の募金を募っているのだそうだ。
そしてヴィランとはその名の通りヒーローの天敵のことらしい。
だが、老婦人に唾を吐きかけた人物はヒーローとヴィランの戦いに巻き込まれ命を落とした人物の遺族だそうである。

どれが真実でどれが嘘なのか、私が困惑し始めたそのとき、1人の男が老婦人に声をかけた。
とはいえ、男には募金をするつもりはないらしい。
むしろ、募金箱を寄越せと迫って来た……強盗だ。

気付けば、私の身体が自然に動き老婦人を庇っていた。
それでも男は私へ掴みかかろうとして……不意に宙に浮いた。
いや、その背後には大きなタコの怪物が控えていた。
男は浮いているのではなく、タコの怪物に身体を抱えられていたのだ。
驚く暇もなく男はタコの怪物に呑み込まれてしまった。

「あれがヴィランよ!!」
叫ぶ老婦人を連れて慌てて逃げ出した私。
その間も公園に居た人々は次々とタコの怪物に喰われて行く。

その様子を見ていた私の身体が不意に熱くなった。
「あなたになら出来るかしら?」私に向けて微笑みかける老婦人。
その意味を考えることもなく私はタコの怪物に向けて走り出した。
トレンチコートがたなびき、身体が宙に浮かぶ!!

次に気付いたとき、其処は研究所であった。

「気分はどうだいサム?」
問いかけて来たのは博士である。
その隣には助手のソフィーがタブレットを手に立っている、相変わらず美人だ。

自分の置かれた状況が咄嗟に理解出来ず戸惑っていた私だが、少しずつ思い出した。
私の名はサム、そしてヒーロー名はトレンチ・コートマンだ。
今日はこの研究所に何かの用でやって来たのだが、それが何かまでは思い出せなかった。

私は博士に礼を述べるとその場を後にした。
ただ、室内あった綿帽子のような髪型のマスコットが妙に印象に残った。

サムが去った室内、残された博士とソフィーは今回の研究成果について語り合っていた。
実は公園での出来事はすべてプログラムであった。
サムはヴィランを倒した際に市民を巻き添えにしてしまったことを気に病み、ヒーローを辞めたいと訴えていた。
其処でこの精神安定プログラム「ヒーロー募金」の被験者となったのである。

登場した美女はソフィーの投影。
老婦人に唾を吐きかけていたのは彼が実際に会った被害者遺族の投影である。
タコの怪物はヴィランの投影だ。
そして、綿帽子の髪形をした老婦人こそ部屋に飾られたマスコットだったのだ。
サムは無意識に自身の正義をマスコットに託していたのだろう。

結果はまさに上々であった。
サムは明日からヒーローとしての活動を再開出来るだろう。
それはプログラムが示している。

この結果を以て他のヒーローたちのメンタルケアにも転用出来そうだ。
何しろ、「募金編」だけではなく様々なバージョンが用意されているのだから。

「それにしても意外だったのは……」
博士がソフィーに呟く。

シナリオこそ博士が用意したプログラムだが舞台そのものは被験者の深層心理が反映される。
つまり、サムは「公園でのどかな1日を過ごしたい」と強く望んでいたのだ。
どうやら、休暇を与える必要があることだけは認めざるを得ないようである―――エンド。

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『オーブランの少女』(深緑野分著、東京創元社刊「ミステリーズ vol.44」掲載)ネタバレ書評(レビュー)

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