ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
――定年退職後の楽しみは野球観戦だけ……趣味と実益を兼ねようと
(新潮社公式HPより)
<感想>
第1作『物件探偵 田町9分1DKの謎』(『小説新潮 2014年2月号』掲載)、第2作『物件探偵 小岩20分一棟売りアパートの謎』(『小説新潮 2014年9月号』掲載)、第3作『物件探偵 浅草橋5分ワンルームの謎』(『小説新潮 2015年2月号』掲載)、第4作『物件探偵 北千住3分1Kアパートの謎』』(『小説新潮 2015年9月号』掲載)に続く『物件探偵』シリーズ第5弾です。
年2回、2月号と9月号の掲載となっているようです。
『物件探偵 小岩20分一棟売りアパートの謎』と『物件探偵 浅草橋5分ワンルームの謎』と『物件探偵 北千住3分1Kアパートの謎』はネタバレ書評(レビュー)がありますね。
・『物件探偵 小岩20分一棟売りアパートの謎』(乾くるみ著、新潮社刊『小説新潮 2014年9月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
・『物件探偵 浅草橋5分ワンルームの謎』(乾くるみ著、新潮社刊『小説新潮 2015年2月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
・『物件探偵 北千住3分1Kアパートの謎』(乾くるみ著、新潮社刊『小説新潮 2015年9月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
今回も物件探偵・不動尊子が新たな謎に挑むことに。
その謎とは「何故、撤去物が消えたのか?」。
そう、「ホワイダニットもの」です。
そんな本作で特筆すべきは事態の推移。
当初は「撤去物を理由に吉田が購入に悩む」ところから「犯人の目的は購入阻止」と思いきや……狙いが全くの真逆であることが判明する点が面白い。
人の立場や見方によって意味が異なって来るさまを見事に描いています。
さらに、これを「不動産物件」と絡めて描写した点は特筆すべきでしょう。
個人的にかなり好みの1編です。
なお、あらすじはまとめ易いようにかなり改変しています。
興味をお持ちの方は本作それ自体を読まれることをオススメ致します。
ちなみに、管理人の通う書店では女性作家の棚に並ぶ乾くるみ先生。
で・す・が、れっきとした男性です(これもある意味叙述か)!!
乾先生、市川尚吾名義で評論もされてます。
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
吉田敦也:セカンドハウスを探している今回の主人公。
佐藤:熊野見不動産の担当者
朝永:管理組合の責任者
不動尊子:謎の女性。
吉田敦也はセカンドハウスを探していた。
吉田は数ヶ月前に定年退職を迎えたばかり、家族は妻と娘が3人だ。
吉田は1つの大きな悩みを抱えており、その解消をセカンドハウスに求めたのだ。
吉田の悩みとは家族との関係についてであった。
働いていた間は特に何も無かったのだが、定年となり自宅に居る時間が増えるようになると目に見えて妻子の態度が悪くなったのだ。
どうやら、吉田を持て余しているらしい。
困り果てた吉田。
もちろん関係改善の努力もしたのだが、これといって効果もない。
其処で吉田はそもそも家に居る時間を減らすことにした。
実は吉田には1つだけ趣味があった。
それが野球観戦だ。
事の発端は吉田自身の名前にあった。
吉田敦也―――あの古田敦也選手と1字違いである。
しかも、その1字も限りなく似ている。
これにシンパシーを感じた吉田は古田選手のファンとなりヤクルトスワローズのファンになった。
それは古田選手が引退した後も続いている。
吉田は定年後の楽しみとして野球観戦をしようと心に決めていた。
それもヤクルトスワローズの本拠地・神宮球場でだ。
吉田は観戦することが一石二鳥になることに気付いた。
そして、この観戦を行う為の拠点としてセカンドハウス購入を決めたのだ。
購入資金は吉田の退職金を充てることに決めた。
予算上限も設定し物件を探すことにした吉田は「熊野見不動産」が取り扱う表参道の分譲住宅に目を留めた。
それは吉田の予算の範囲内だったからである。
早速、「熊野見不動産」の担当者・佐藤と連絡を取った吉田。
佐藤によると、吉田が目を付けた物件はお買い得らしい。
前の所有者が借金の為に管理費を滞納するようになり泣く泣く手放すことにした物なのだそうだ。
これに気を良くした吉田。
とんとん拍子に話は進み、内見を行うことに。
ところが、実際の部屋を目にした吉田は鼻白むことに。
其処には奇妙なイスやガラクタなどが所狭しと並んでいたのだ。
野球以外に趣味のない吉田が見る限り、どれも価値が無いように見えた。
管理組合の責任者・朝永によれば所有者が捨て置いて逃げてしまったらしい。
これは佐藤も知らなかったらしく激しく動揺。
この撤去費用に200万円ほどかかるとおずおず告げて来る。
それは吉田の予算ギリギリの数字であった。
こうなると話は変わって来る、吉田は先程までの高揚とは打って変わり気落ちしながら帰宅することとなった。
数日の間、吉田は悩み続けた。
あれほどの好立地の物件はそうないだろう。
第一、撤去費用を考えても他の物件に比べてあの値段は魅力だ。
吉田は思い切って家族に相談し、購入を決めることにした。
佐藤と契約を交わした吉田、我が家となった物件に足を運んでみて驚いた。
あのガラクタが消えていたのだ。
念の為、佐藤に確認したところ佐藤は知らないらしい。
だが、これにより撤去費用分は負担する必要が無くなったワケだ。
購入を悩まざるを得なかった障害が知らぬうちに取り除かれ、何やら狐につままれたような気分の吉田。
すると、1人の女性が吉田に声をかけてきた。
相手は不動尊子を名乗った。
尊子によればこの部屋が泣いていると言う。
ただし、嬉し涙と安堵の涙の半々なのだそうだ。
余計によく分からない吉田だが、尊子に促されて事情を明かし始めた。
これを聞いた尊子は何やら納得した様子で朝永宅へ行くと言い出した。
渋々ついて行った吉田。
すると朝永が意外な事実を語り出した。
あの撤去物は朝永たち管理組合の面々が用意した物だったのだ。
朝永によればあの物件をどうしても売る為に行ったのだそうだ。
前の居住者は管理費を滞納していた。
此の状態を続ければ真面目に管理費を支払っている他の居住者の不満が募ってしまう。
どうしても早急に新たな居住者に購入して貰う必要があった。
其処で管理組合の面々で話し合って、あの撤去物を用意した。
野球以外に趣味のない吉田は気付かなかったが、あの撤去物はレア物の塊であった。
例えば、玩具マニアや鉄道マニア垂涎の代物がゴロゴロしていたのである。
その価値は撤去費用を大幅に上回る。
これに気付けば内見者はレア物付きの部屋として購入を即決するだろう。
朝永は購入意欲に繋げさせようしていたのである。
もちろん、朝永たちにレア物を譲る気はない。
購入が決まった為に、それぞれが回収したのである。
もし購入者が後から撤去物がないことに気付いても、その価値に気付きつつ黙って得をしようとしていたのだから言い出せない筈だ。
ところが、その意に反し吉田は撤去物の価値に全く気付いていなかった。
むしろ、購入の障害と考えていたのである。
しかし、それでも純粋に購入を決めた。
尊子は呟く。
これによりクリーンな契約が為されたと。
嬉し涙と安堵の涙の理由はコレだったのである―――エンド。
◆「乾くるみ先生」関連過去記事
【物件探偵シリーズ】
・『物件探偵 小岩20分一棟売りアパートの謎』(乾くるみ著、新潮社刊『小説新潮 2014年9月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
・『物件探偵 浅草橋5分ワンルームの謎』(乾くるみ著、新潮社刊『小説新潮 2015年2月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
・『物件探偵 北千住3分1Kアパートの謎』(乾くるみ著、新潮社刊『小説新潮 2015年9月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)
【カラット探偵事務所シリーズ】
・『カラット探偵事務所の事件簿2』(乾くるみ著、PHP研究所刊)ネタバレ書評(レビュー)
【林四兄弟シリーズ】
・「六つの手掛り」(乾くるみ著、双葉社刊)ネタバレ書評(レビュー)
【その他】
・乾くるみ先生『イニシエーション・ラブ』(文藝春秋社刊)が映画化とのこと!!
【関連する記事】
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