ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
「伝説の体操選手 結城幸市」――彼は何のために飛んだのか?
体操界期待の新星だった幸市。充実した毎日は、妹が植物状態になったときから、狂い始めた――。
事故と思われた妹の不幸だったが、故意の可能性が浮上し――
第13回『このミス』大賞優秀賞受賞後 第一作!
『このミステリーがすごい!』大賞・優秀賞受賞作家のデビュー第二作!全日本種目別選手権の鉄棒で優勝した体操界期待の新星・結城幸市は、コーチを務める両親や応援してくれる幼馴染らに囲まれ、充実した日々を送っていた。だがある日、妹の似奈が階段から転落し、意識不明の重体になったときから、すべての歯車が狂い出す。立て続けに重なる不幸に心が折れかけながらも、幸市は大会に向けて猛練習に励む。瑞々しい青春スポーツミステリー。
(宝島社公式HPより)
<感想>
『いなくなった私へ』にて第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞された辻堂ゆめ先生の受賞後第1作。
・『いなくなった私へ』(辻堂ゆめ著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
本作『コーイチは、高く飛んだ』は「将来を嘱望される体操選手・結城幸市の周囲を巡る事件を描いた作品」。
第1章『夏のサンタと事故』、第2章『同窓会と底』、第3章『試技と告白』、第4章『白い悪意と八月』の4章からなっており、大きく「過去」と「現在」に分けられます。
各章ごとに「私」による一人称で描かれていますが、この「過去」と「現在」とで視点人物が異なっているのがミソです。
所謂「叙述トリック」ですね。
このトリックにより、幸市の存在が「過去」と「現在」とで変わって来ることに。
此処から完全にネタバレとなりますが……。
視点人物は次の通り。
過去:幸市
現在:幸市の父
これにより幸市が現在も生存しているように読者をミスリードしています。
幸市は皆の罪を背負って飛んだのでしょう。
そして、その罪を浄化し散った。
言わば皆の犠牲になった。
いや、犯人の為に命を落としたのか。
何とも切ない幕切れの作品となっています。
また、この視点人物入替りを示す為の伏線が「子供たちの名前」となっています。
詳しくは本作を読んで頂きたい。
スポーツとミステリと言えば東野圭吾先生『鳥人計画』(角川書店刊)や同じく『カッコウの卵は誰のもの』(光文社刊)などがありましたね。
今後もこのタイプのミステリが増えて行くのかもしれません。
ちなみにネタバレあらすじはまとめ易いように改変しています。
興味をお持ちの方は本作をお読みになることをオススメします。
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
【過去】
結城幸市:将来を嘱望される体操選手
似奈:幸市の妹
雪人:幸市と同じクラブチームのメンバー、似奈の想い人
弥生:似奈の友人
幸市の父:コーチの1人
幸市の母:コーチの1人
福井:幸一たちのコーチ
美羽:幸市、似奈の妹になる筈だったが……
【現在】
私:???
妻:私の妻
莉代:私の娘
奏午:私の息子
【現在】
私は妻と娘・莉代や息子・奏午ら家族に囲まれ幸せに暮らしている。
だが、過去を振り返ると心が痛む。
其処には大きな喪失が存在しているからだ。
そんな私の気も知らず、子供たちは「コーイチ選手、コーイチ選手」と繰り返している。
「コーイチ選手」すなわち「結城幸市」、その名を聞くたびに私の気は滅入るばかりだ。
そんな私を妻がそっと支えるのであった。
【過去】
結城幸市は将来を嘱望される体操選手、オリンピックに出場し日本に金メダルをもたらす逸材とされていた。
幸市にはコーチの両親と妹・似奈が居る。
数ヵ月後には新たな妹・美羽が加わる予定であった。
ちなみに、両親は子供の名に数字を盛り込んでいた。
幸市(一)、似(二)奈、美(三)羽という具合だ。
幸市の所属するクラブチームには若手コーチの福井、チームメイトの雪人、似奈の親友で平行棒が得意な弥生が居た。
共に切磋琢磨していたのだが……。
選考会が近付いたある日、幸市が使用していた吊り輪に何者かが切れ目を入れていたことから事件が始まる。
幸市は試技中に敢え無く落下し、恐怖心を抱くようになってしまった。
その直後、今度は似奈が階段から転落し意識不明の重体になってしまった。
回復は絶望的とされ、幸市と両親は深く悲しんだ。
さらに、これが原因か母が流産しお腹に居た美羽が死亡してしまう。
相次ぐ悲劇に意気消沈する幸市だが、似奈の転落が事故ではなく事件なのではないかと考えるように。
其処で密かに真相を調べ始めた。
すると、似奈の事故以降に弥生の態度が不自然になっていることに気付く。
問い詰めたところ、弥生が似奈と揉めて階段で転落事故を起こしたことを聞き出す。
とはいえ、故意ではなく偶然なのだそうだ。
しかも、弥生はその場から逃げ出してしまったのである。
逆上する幸市であったが、弥生は似奈に原因があると主張する。
弥生は平行棒が得意なのだが、似奈が福井コーチと図り平行棒を強化していることを裏切りと感じたのだそうである。
指導を求めるならば両親に請えば良い。
どうして、わざわざ福井だったのか……疑問を抱いた幸市は彼を問い質す。
すると、福井は似奈に懇願されたからと事情を明かした。
しかも、弥生は勘違いしていたが平行棒ではなく苦手の床で高難易度の技を習得しようとしていたそうだ。
さらに、福井が何かを隠していると察した幸市が詰め寄ると、似奈が階段から転落した日も練習を行っており直前に転倒事故を起こして居たことが分かった。
つまり、似奈は一度頭をぶつけて不安定な状況で再度頭部に衝撃を受けたことになる。
だからこそ、意識不明に至ったのだ。
福井は責任を問われることを怖れ隠していたのだ。
それにしても……どうして似奈は苦手の床で高難易度の技に挑もうとしたのか!?
幸市は似奈が雪人に想いを寄せていたことを思い出し、彼を問い質す。
これに雪人は真相を語り出した。
実は雪人は別のクラブチームの指導者の息子であった。
言わば、幸市たちとはライバル同士だったのだ。
雪人は父が余命幾許も無いことを知るとどうしても勝たせたいと考え、妨害する為に幸市のクラブチームに潜り込んだ。
そして、幸市の吊り輪に工作したのだ。
しかし、幸市は恐怖心を抱いたものの怪我も無く健在。
其処で、次なる工作を仕掛けようとしたところを似奈に目撃されてしまった。
雪人を愛する似奈は彼を説得。
これに雪人が「似奈が床で高難易度の技を出来るようになれば考える」と応じた為に、似奈が無理をすることとなったのだ。
罪を悔いていると語る雪人。
彼の父は数日前に死亡してしまっていた。
今更、幸市と対立する理由を失ってしまったと言う。
幸市は彼を許すと共に、ある決意を抱えて選考会に出場する。
選考会当日、幸市は一命を懸けて成功したことの無い新技に挑む。
其処には似奈の回復や皆の前途を祈る気持ちが込められていた。
そして、幸市は高く飛んだ。
【現在】
あれから数年が経過した。
私は亡き息子・幸市と思ってそっと涙する。
あの日、幸市はこれまでにない美しさで新技を披露した。
そして、無理を犯した代償に落命したのである。
莉代と奏午は彼らの兄を讃えていた。
2人は生まれて来る筈だった美羽の下に出来た子供である。
だから、莉代(四)、奏午(五)と名付けた。
幸市の死後、似奈は劇的な回復を遂げた。
まるで、幸市の生命を吸ったかのような回復ぶりであった。
そして、そんな似奈を傍らで支えたのが雪人だ。
今では、雪人は似奈を結婚し暮らしている。
だが、その雪人本人こそが全ての元凶であると知らされたとき、私は冷静ではいられなかった。
だから、幸市の名を聞くたびに思い起こすのは彼への憎しみだ。
この想いは生涯絶えることは無いだろう。
それにしても、あのときの幸市は何を願って飛んだのか!?
それだけが不思議でならない―――エンド。
◆関連過去記事
・『いなくなった私へ』(辻堂ゆめ著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)
◆「このミステリーがすごい!」関連書籍はこちら。
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