2016年03月23日

『一年半待て』(松本清張著、新潮社刊『張込み』収録)

『一年半待て』(松本清張著、新潮社刊『張込み』収録)ネタバレ書評(レビュー)です!!

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

推理小説の第1集。殺人犯を張込み中の刑事の眼に映った平凡な主婦の秘められた過去と、刑事の主婦に対する思いやりを描いて、著者の推理小説の出発点と目される「張込み」。判決が確定した者に対しては、後に不利な事実が出ても裁判のやり直しはしない“一事不再理”という刑法の条文にヒントを得た「一年半待て」。ほかに「声」「鬼畜」「カルネアデスの舟板」など、全8編を収録する。
(新潮社公式HPより)


<感想>

短編集『張込み』に収録された一編。
収録作はいずれも珠玉の名作ですが、中でも本作は一際の輝きを放つ傑作。
手に汗握る一篇です。
ラストのサプライズも素晴らしい。
展開の妙も含めて、まさに色褪せない作品と呼べるでしょう。

さと子は「一年半」により無実を得た。
だが、同じ「一年半」により動機にまでなったモノを失ってしまったワケです。
この諧謔的な結末。

さと子の唯一の計算違いは「相手もまた人間である」ことを忘れていたことでしょう。
さと子が計算し行動したように、相手もまた考え行動する。
あの状況に陥れば、さと子の身を案じていろいろと調べることは想像に難くなかった筈。
だが、さと子はこれを考慮しなかった。
結果として、さと子は笑うことになったのか、泣くことになったのか!?
この辺りが読者として興味が尽きません。

夫・要吉を殺したさと子。
そんなさと子を救った支持者・たき子の前に現れた岡島の正体とは!?
是非、本作を読んでサプライズを体験して欲しい。

ちなみにネタバレあらすじはかなり改変しています。
興味のある方は本作それ自体を読むべし。

<ネタバレあらすじ>

登場人物一覧:
須村さと子:夫・要吉殺害で逮捕された女性。
須村要吉:被害者。
高森たき子:婦人評論家、特別弁護人に名乗り出る。
脇田静代:さと子の友人。
岡島久男:たき子の前に現れた男。


須村さと子が夫・要吉殺害の罪で逮捕された。
さと子は取調で経緯について語り出した。

10年前、さと子は職場で要吉と出会い結婚した。
その後、子宝にも恵まれ平穏な日々が続いていた。
要吉が仕事をクビになった際も、代わりにさと子が仕事に出ることで生活を支えた。

さと子は要吉の分まで稼ぐ為に保険のセールスレディになった。
歩合給だったこともあって当初こそ収入が安定しなかったが、年若く弁も立ったさと子はコツを掴むと瞬く間にトップセールスを叩き上げることとなった。

だが、これが仇となった。
要吉はさと子に生活を依存し始めたのである。
やがてエスカレートすると昼日向から子供を放り出して酒を飲むようになった。
それでも要吉を愛するさと子は小遣いを与え、夫の自由を許した。

しかし、さと子の収入に影が差すようになった。
他社が新たに参入した結果、競争が激化し契約が伸び悩み始めたのである。
此処でさと子は思い切った手に出る。

敢えて遠方に足を運ぶことにしたのである。
しかも、ターゲットを絞った。
当時、ダム工事に従事していた労働者に注目したのである。
とはいえ、ただの労働者ではない。
安定して掛け金を支払ってくれる相手でなければ駄目だ。
其処でさと子は監督者や技師などに声をかけた。
彼らは会社で保険に加入しているが、もしもの危険を常に不安視していた。
さと子に声をかけられれば一も二もなく加入を約束したものだ。
こうして、さと子はまたもトップに立った。

一方、要吉は更にさと子への依存を深めるようになっていた。
もはや、要吉から生活を支える気持ちは消えていた。

そんな折である。
さと子は友人・脇田静代と再会した。
静代はバーを経営していたが、客が少なく困っていると言う。

其処でさと子は静代に要吉を紹介した。
要吉は静代の店に頻繁に足を運ぶようになった。
さと子としてはどうせ要吉が飲み歩くならば知り合いの静代の店の方が安心出来た。
また、静代は要吉にかなりサービスしているらしく飲み代が格安で賄えるのも魅力であった。

ところが、これが失敗だった。
いつしか、要吉は静代と男女の仲になってしまったのだ。
もはや、要吉はほとんど家に寄りつかず、たまに帰って来たかと思えば金を無心する始末。
しかも、これを断れば容赦のない暴力が振るわれる。
暴力は子供たちにも向かっていた。

ある日、さと子は子供が殴られている現場に遭遇した。
口から血を流す子供の姿を見たさと子は激怒した。
気付けば要吉はさと子の手により絶命していたのである。

以上がさと子が語った要吉殺害の経緯である。
こうして逮捕されたさと子だが、この経緯から彼女には世の婦人たちの同情が集中した。

そんな中、婦人評論家の高森たき子は先頭に立ってさと子を擁護した。
たき子は「さと子さんの犯行には理由がある、言わば正当防衛だ」と主張し、特別弁護人まで買って出た。
これが奏功したのか、半年ほど後にはさと子は無罪を勝ち取っていた。
一事不再理の原則により、さと子は自由の身になった。

たき子はこの結果を当然として満足していた。
ところが、たき子のもとを岡島久男なる男が訪ねて来たことから急転する。

岡島はある疑惑をたき子に告げた。
「すべてがさと子の計算通りなのではないか」と。

高揚した気持ちに水を差すような岡島の言葉に不快感を露にするたき子。
だが、岡島はそれに構わず彼の推理を述べて行く。

まずは当時の要吉の状態だ。
要吉は殺害される1年程前からさと子に夫婦関係を拒否されていた。
要吉はこれを不満として知人に洩らしていたのだ。
其処に静代を紹介された。
お預けを喰らっていた要吉は一も二も無く静代に飛び付いた。
また、静代もそう言った性向の女性だったことも分かっている。
さと子としてみれば腹を空かせたオオカミに餌を与えたようなものだ。
どうなるか結論は分かり切っていた筈なのだ。
にも関わらず、2人を引き合わせた。
それは犯行後に世間の同情を惹く為の布石だったのではないか。

続いて、さと子の心境について。
数年前からさと子は要吉を支えることに疲れ果てていた。
其処にダム工事で働く精力的な異性を目にすればどうなるか。
当然、心惹かれたのではないか。
しかも、相手が夫よりも知的な技師だとすれば尚更だろう。

相手も満更では無い筈だ。
女っ気のない現場でのことである。
若く才気もあるさと子と結婚したいと思う者が出ても不思議ではない。

しかも、さと子はダム現場では未亡人を名乗っていた。
もちろん、当初は契約に繋げる為だったのだろう。
しかし、この話を信じた者が求婚したとしたら。
さと子にとって再婚の為には要吉が邪魔になる。
其処で要吉殺害を決意したのだ。

実は、さと子は求婚者の愛を受け入れた際に「一年半待ってほしい」と伝えていた。
求婚者は意味も分からずこれに応じた。

さと子にはある計算があった。
まず、要吉を性的飢餓状態に追い込むために半年。
そして、静代を引き合わせて要吉殺害の事情を作るのに半年。
さらに、裁判を争い無罪を勝ち取る為に半年。
計一年半だ。

これを聞いたたき子は憤懣遣る方ない様子で岡島に問い質した。
「一年半との言葉に証拠はおありですの、それも推測なんでしょう」と。

だが、岡島は平然と呟く。
「いいえ」と。
続く岡島の言葉はたき子を驚愕させた。

「何故なら……実際に彼女が私にそう言ったからです」

言うなり立ち上がった岡島、その言葉の意味は1つしかない。

「すべては彼女の計算通りでした。ただ、1つだけ計算違いがありました」

もはや、驚きのあまり言葉を失ってしまったたき子。
そんなたき子を意に介さず、背中を向けた岡島は言葉を続ける。

「それは……真相を知った相手の男が去ってしまったことですよ」

言うや、部屋を退室する岡島。
其処には1人、たき子だけが残された―――エンド。

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