ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
日本初!文系の天才博士が事件を解決!
それでも地球は動いている。――こう語ったイタリアの科学者の名前を冠した大ヒットシリーズがある。ミステリーの主人公には、かように天才物理学者や、天才数学者がしばしば登場する。たしかに、理系の天才は見えやすい。
しかしながら、天才は文系にも存在している。
中世の修道院を舞台にしたミステリー『薔薇の名前』で知られる哲学者ウンベルト・エーコなど、その一人であろう。
この物語は、そんな文系の天才が登場するミステリーである。
物語の主人公・宇野辺叡古(うのべえーこ)は、東京帝国大学法科大学の教授である。大著『日本政治史之研究』で知られる彼は、法律・政治などの社会科学にとどまらず、語学・文学・史学など人文科学にも通じる“知の巨人”である。
その知の巨人が、連続殺人事件に遭遇する。
時代は明治。殺されたのは帝大の教授たち。事件の背景には、生まれたばかりの近代国家「日本」が抱えた悩ましい政治の火種があった。
他を圧倒する「知の巨人」が開示していく事件の真相は、まさに予測不能。ラストは鳥肌モノ!!
第153回直木賞候補作、早くも文庫化!
(小学館公式HPより)
<感想>
あらすじにある大ヒットシリーズとは東野圭吾先生『ガリレオ』のことですね。
ただ、どちらかと言うと本作は山田風太郎先生『明治断頭台』(角川書店、筑摩書房刊)に近い印象。
そんな本作は衒学的な遊びに満ちている点が特徴。
何しろ、宇野辺叡古自身が『薔薇の名前』の著者ウンベルト・エーコのもじりですし。
他にも、思わぬ形で登場する偉人たちには日本史に詳しい読者ならばニヤリとしてしまうに違いありません。
例えば、徳富蘇峰、原敬、夏目漱石ら偉人が多々登場。
そして、語り手である阿蘇藤太の意外な正体とは!?
なお、ネタバレあらすじはかなり改変しています。
興味のある方は本作それ自体を読むべし!!
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
宇野辺叡古:東京帝国大学法学部教授、「知の巨人」。
阿蘇藤太:宇野辺の助手だが、その正体は……。
高梨教授:七博士の1人、第1の被害者
鳥居教授:七博士の1人、第2の被害者
おはつ:おちかの母
おちか:おはつの娘
徳富蘇峰:宇野辺の親友、実在の人物
夏目金之助:後の夏目漱石
原敬:後の平民宰相
重光葵:後の外務大臣
時は明治時代、日露戦争に勝利した直後のことである。
大国に勝利したとの自信から国民は講和条約により得られる報酬の大きさに期待していた。
それは裏を返せば、それだけの犠牲を強いられた戦いであるとも言えた。
言わば、犠牲に見合う……いや、それ以上の代価を求めたのだ。
そんな風潮を後押しするように高梨教授、鳥居教授ら七博士が戦争を推進する言説で世を鼓舞していた。
そんなある日、1人の男性が彼の師である東京帝国大学法学部教授・宇野辺叡古との待ち合わせ場所に急いでいた。
ところが、待ち合わせ場所には叡古教授ではなく高梨教授……しかもその死体があったのである。
男性は駆け付けた警官の取調べを受けて慌てる羽目に。
後から現れた叡古教授は咄嗟に男性に阿蘇藤太との偽名を与えてその場を救う。
叡古教授は何者かに罠に嵌められたことに気付き、男性を巻き込まないようにしたのだ。
こうして、男性は阿蘇藤太として暮らすこととなった。
一方、事件は瞬く間に知られることとなった。
叡古教授が高梨教授に対し異を唱える立場にあったことや、生前の高梨教授が「叡古に殺される」と洩らしていたことから容疑は叡古教授へと向かうことに。
この事態に、宇野辺の親友であり「國民新聞」を主宰する徳富蘇峰は胸を痛める。
蘇峰もまた叡古と同じく世情に不安を抱く1人、言わば同志である叡古の危機は捨て置けないものだったのだ。
矢先、今度は鳥居教授が殺害されてしまう。
この容疑は夏目金之助(後の夏目漱石)に向かうことに。
叡古教授は夏目金之助を庇いつつ、濡れ衣を晴らす為に真犯人探しに乗り出す。
続いて、さらに七博士が殺害され被害者は3人に。
そんな中、叡古教授はおはつとおちかの母娘に出会う。
実は事件の実行犯はおはつの息子たちであった。
だが、何者かに依頼されたらしい。
つまり、黒幕が存在するのだ。
おちかによれば、その黒幕は原敬なのだそうだが……。
一方、七博士が3人まで殺害されたことで推進派の勢いが落ち込むかと思いきや、逆に勢いづく事態に発展。
人々は鳥居教授らの死を惜しむと、これと対立していた運動家たちを批難し始めたのである。
結果、「國民新聞社」が暴徒の襲撃を受けることに。
叡古教授と阿蘇らは徳富蘇峰と共にこれを撃退する。
こうして難を逃れた叡古教授は関係者を呼び集めると「犯人を告発する」と宣言する。
ところが、叡古教授が挙げた名は友人である筈の徳富蘇峰であった。
叡古教授によれば、徳富蘇峰は「七博士を殺害し見せしめを作ること推進派の勢いを削ごう」と考えたのだ。
其処で原敬を騙り、おちかに犯行を依頼したのだ。
この犯行を原敬によるものに偽装することで、危険視していた原を排除するつもりだったようだ。
まさに「一石二鳥」である。
これを認める徳富蘇峰だが、1点だけ異なると主張する。
実際に殺害するつもりは無かったのだそうだ。
あくまで事件を演出するつもりだったのである。
ところが、何者かが途中から便乗し、おちかたちを操り犯行に及ばせたのだ。
何やら深い溜息を洩らす叡古教授。
それから数日後、叡古教授は阿蘇を伴い陛下との謁見の場を設けた。
叡古教授は真犯人について語り出す。
計画を立てたのは徳富蘇峰だが、その計画に便乗した真犯人とは……なんと第2の被害者である鳥居教授であった。
鳥居教授は徳富蘇峰の計画を知り、逆に推進派の起爆剤になり得ると考えた。
其処で実際の犯行に及ぶようにおちかたちを誘導したのだが……ただ1つだけ誤算があった。
鳥居教授自身を標的から外すように言い含めていたのだが、上手く伝わっていなかったのだ。
結果として、鳥居教授は2番目に命を落とすこととなってしまった。
これを聞かれた陛下は「以後、このようなことがないように」と周囲に厳命されるのであった。
また、立ち会った阿蘇は叡古教授が自身の為に此の場を用意したと悟り、今後も奮闘することを誓う。
そんな阿蘇の本名こそ重光葵、後に第二次大戦で敗れた日本を支える外務大臣その人であった―――エンド。
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