ネタバレあります、注意!!
<あらすじ>
娘の不可解な行動に悩む女性刑事が、我が子の意図に心動かされる「傍聞き」。元受刑者の揺れる気持ちが切ない「迷い箱」。女性の自宅を鎮火中に、消防士のとった行為が意想外な「899」。巧妙な伏線と人間ドラマを見事に融合させた4編。表題作で08年日本推理作家協会賞短編部門受賞!
(双葉社公式HPより)
<感想>
長岡弘樹先生の短編集『傍聞き』収録の一編です。
短編集『傍聞き』には他に『迷走』『899』『迷い箱』の3編が収録されています。
また表題作である本作は2008年の「日本推理作家協会賞 短編部門」受賞作でもあります。
タイトルでもある「傍聞き」とは「本人が誰かから直接聞いた情報は信じられなくとも、第三者同士で交わされた情報を耳にした場合は信じてしまうこと」。
これが読み進めるうちに思わぬ形で表出化する点がポイントです。
「菜月の絵葉書」と「横崎の恫喝」と2つの啓子へのメッセージ。
それが共に「傍聞き」と化した時、大きなサプライズが訪れることでしょう。
ちなみに、ネタバレあらすじはまとめ易いように改変を加えているので、興味のある方は本作それ自体をご覧になるべし!!
<ネタバレあらすじ>
登場人物一覧:
羽角啓子:盗犯係の女性刑事
羽角菜月:啓子の娘
羽角フサノ:羽角家の裏に住む老女、啓子と同姓だが血縁関係はない
横崎:窃盗犯
斉藤:留置係
羽角啓子は盗犯係の女性刑事である。
夫を亡くし、娘の菜月と2人で暮らしている。
ある日のこと、管轄内で発生した殺人事件の捜査に駆り出された啓子は疲れ果てて帰宅の途に就いていた。
ところが、家の周辺に人だかりが出来ているではないか。
しかも、その中に見知った顔があることに啓子は気付いていた。
つまり、事件が起こったのだ。
まさか、菜月の身に何か!?
驚く啓子であったが、事件が起こったのは自宅の裏に住む独り暮らしの老女・羽角フサノ宅であった。
どうやら、窃盗事件のようだ。
ちなみに、同じ羽角姓ではあるが啓子とフサノに血縁は無い。
あくまで近所同士の間柄である。
だが、菜月は独りで暮らすフサノを何かと気にかけていた。
それだけに啓子はフサノへの事件の影響が心配でならなかった。
最近は独居老人の自殺や孤独死が増えている、ショックを受けたフサノが思い切った行動に出ないとも限らないからだ。
大丈夫だろうかと思いつつ、見知った顔に声をかける啓子。
すると相手はフサノの無事を伝えて来た。
その一方で啓子にとってさらに不安に駆られる事実を告げて来る。
事件の直前に目の下に大きな傷のある男が目撃されたらしい。
啓子の脳裏に浮かぶのは横崎だ。
横崎は窃盗の常習犯で啓子が逮捕した男であった。
先日になって刑期を終えたばかりの筈だった。
もしかしてお礼参りにやって来て家を間違えたのだろうか。
啓子の不安は大きくなるばかりであった。
菜月に注意するよう伝えなければ……と考える啓子。
そんな啓子の気がかりの種はまだある。
当の菜月のことだ。
菜月にはある奇妙な癖があったのだ。
菜月は啓子と喧嘩をすると啓子への文句を記した葉書を送るのである。
例えば、何かをやっていないとか。
あるいは逆に、干渉し過ぎだとか。
これを回りくどく自宅あてにポストへ葉書を投函して送り届けるのだ。
ところが、同じ苗字なこともあってフサノのもとに届くこともざらであった。
流石にこれは恥ずかしい、止めるように何度も口を酸っぱく叱っても一向に改善されないのであった。
その夜も、半ば諦めつつ啓子は菜月へ注意を怠らなかった。
此の時、啓子はふと「傍聞き」について菜月に語って聞かせた。
「傍聞き」とは「本人が誰かから直接聞いた情報は信じられなくとも、第三者同士で交わされた情報を耳にした場合は信じてしまうこと」だ。
もちろん、横崎のことも注意したのは言うまでもない。
それから数日が経過した。
殺人事件の捜査は啓子を始め多くの捜査員が駆け回っていたが未だ進まずに居た。
結果、啓子は残業を重ねることとなった。
一方、菜月からの葉書が時を同じくして再開した。
内容は「窃盗犯ばかり追っていないで家のこともしてよね」とのもの。
しかも、届けられたのはフサノ宅であった。
何よりも啓子が辛かったのは、絵葉書の為に宛名面にこのメッセージが書かれていたことだ。
これではフサノの目に留まったことは確実だろう。
啓子としては顔から火が出るほど恥ずかしいことであった。
しかし、菜月の葉書攻勢は続いたのである。
同じ頃、フサノ宅の窃盗犯らしき男が逮捕されたとの報が啓子に届いた。
何でも男が啓子に会いたがっていると言う。
まさか……と思いつつも面会に訪れた啓子は相手が横崎であると確認するや不安に襲われた。
やはり、お礼参りだったのか!?
ところが、横崎は留置係の斉藤を背中にしつつニヤニヤ笑いを浮かべている。
警戒する啓子に、横崎はフサノ宅の窃盗は別人の犯行であると語り出した。
しかも、証拠が出たらしく直に捕まるのだそうだ。
すぐに此処から出てやると繰り返す横崎に、啓子は恐怖心を抱くことに。
さらに数日が経過し、真犯人が逮捕されたことで横崎の言葉が実現することになった。
自由になった横崎との対決を視野に入れる啓子。
だが、そんな啓子の決意よりも先に横崎がやって来た。
しかし、その様子はあの時とは全く違っていた。
何処か腰が低いのだ。
拍子抜けする啓子に横崎は謝罪する。
全ては真犯人を捕まえる為の芝居だった、と。
横崎は啓子ではなく別の人物に話しかけていたのだ。
横崎の狙いは「窃盗犯に繋がる証拠が出ており逃げられないこと」を啓子との会話の中で窃盗犯自身に聞かせ、出頭させることであった。
それこそ「傍聞き」、真犯人は斉藤であった。
犯行当日、横崎は斉藤の窃盗現場を目撃してしまった。
証言により被疑者となってしまったところ、何と犯人がすぐ其処に居るではないか。
驚いた横崎は啓子を利用することで状況を打開したのである。
此の時、啓子はもう1つの「傍聞き」に気付いた。
その夜、帰宅した啓子は菜月が行った「傍聞き」について指摘する。
それは絵葉書の宛名面に書かれたメッセージだ。
一見すると啓子への非難の言葉に見えるソレ。
だが、実際は別の意味を抱えていた。
「窃盗犯ばかり追っていないで家のこともしてよね」
これは啓子たちが実際は殺人事件を追っていたにも関わらず、窃盗事件を追っていることを示している。
菜月は啓子へ絵葉書を送っているように見せて、実はフサノへメッセージを届けていたのだ。
被害者となったフサノに「家事が疎かになってしまうほど、皆が真剣に捜査しています」と伝えていたのだ。
そうすることでフサノを励ましていたのだ。
もちろん、絵葉書を用いたのも確実にフサノの目に届くように仕組む為だろう。
それほど、菜月はフサノを心配していたのだ。
啓子は親として菜月を誇らしく思うのであった―――エンド。
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