2016年05月04日

『コーイチは、高く飛んだ』(辻堂ゆめ著、宝島社刊)

『コーイチは、高く飛んだ』(辻堂ゆめ著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)です。

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

「伝説の体操選手 結城幸市」――彼は何のために飛んだのか?

体操界期待の新星だった幸市。充実した毎日は、妹が植物状態になったときから、狂い始めた――。
事故と思われた妹の不幸だったが、故意の可能性が浮上し――

第13回『このミス』大賞優秀賞受賞後 第一作!

『このミステリーがすごい!』大賞・優秀賞受賞作家のデビュー第二作!全日本種目別選手権の鉄棒で優勝した体操界期待の新星・結城幸市は、コーチを務める両親や応援してくれる幼馴染らに囲まれ、充実した日々を送っていた。だがある日、妹の似奈が階段から転落し、意識不明の重体になったときから、すべての歯車が狂い出す。立て続けに重なる不幸に心が折れかけながらも、幸市は大会に向けて猛練習に励む。瑞々しい青春スポーツミステリー。
(宝島社公式HPより)


<感想>

『いなくなった私へ』にて第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞された辻堂ゆめ先生の受賞後第1作。

『いなくなった私へ』(辻堂ゆめ著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

本作『コーイチは、高く飛んだ』は「将来を嘱望される体操選手・結城幸市の周囲を巡る事件を描いた作品」。
第1章『夏のサンタと事故』、第2章『同窓会と底』、第3章『試技と告白』、第4章『白い悪意と八月』の4章からなっており、大きく「過去」と「現在」に分けられます。

各章ごとに「私」による一人称で描かれていますが、この「過去」と「現在」とで視点人物が異なっているのがミソです。
所謂「叙述トリック」ですね。
このトリックにより、幸市の存在が「過去」と「現在」とで変わって来ることに。

此処から完全にネタバレとなりますが……。

視点人物は次の通り。

過去:幸市
現在:幸市の父

これにより幸市が現在も生存しているように読者をミスリードしています。

幸市は皆の罪を背負って飛んだのでしょう。
そして、その罪を浄化し散った。
言わば皆の犠牲になった。
いや、犯人の為に命を落としたのか。
何とも切ない幕切れの作品となっています。

また、この視点人物入替りを示す為の伏線が「子供たちの名前」となっています。
詳しくは本作を読んで頂きたい。

スポーツとミステリと言えば東野圭吾先生『鳥人計画』(角川書店刊)や同じく『カッコウの卵は誰のもの』(光文社刊)などがありましたね。
今後もこのタイプのミステリが増えて行くのかもしれません。

ちなみにネタバレあらすじはまとめ易いように改変しています。
興味をお持ちの方は本作をお読みになることをオススメします。

<ネタバレあらすじ>

登場人物一覧:
【過去】
結城幸市:将来を嘱望される体操選手
似奈:幸市の妹
雪人:幸市と同じクラブチームのメンバー、似奈の想い人
弥生:似奈の友人
幸市の父:コーチの1人
幸市の母:コーチの1人
福井:幸一たちのコーチ
美羽:幸市、似奈の妹になる筈だったが……

【現在】
私:???
妻:私の妻
莉代:私の娘
奏午:私の息子


【現在】

私は妻と娘・莉代や息子・奏午ら家族に囲まれ幸せに暮らしている。
だが、過去を振り返ると心が痛む。
其処には大きな喪失が存在しているからだ。

そんな私の気も知らず、子供たちは「コーイチ選手、コーイチ選手」と繰り返している。
「コーイチ選手」すなわち「結城幸市」、その名を聞くたびに私の気は滅入るばかりだ。
そんな私を妻がそっと支えるのであった。

【過去】

結城幸市は将来を嘱望される体操選手、オリンピックに出場し日本に金メダルをもたらす逸材とされていた。

幸市にはコーチの両親と妹・似奈が居る。
数ヵ月後には新たな妹・美羽が加わる予定であった。
ちなみに、両親は子供の名に数字を盛り込んでいた。
幸市(一)、似(二)奈、美(三)羽という具合だ。

幸市の所属するクラブチームには若手コーチの福井、チームメイトの雪人、似奈の親友で平行棒が得意な弥生が居た。
共に切磋琢磨していたのだが……。

選考会が近付いたある日、幸市が使用していた吊り輪に何者かが切れ目を入れていたことから事件が始まる。
幸市は試技中に敢え無く落下し、恐怖心を抱くようになってしまった。

その直後、今度は似奈が階段から転落し意識不明の重体になってしまった。
回復は絶望的とされ、幸市と両親は深く悲しんだ。

さらに、これが原因か母が流産しお腹に居た美羽が死亡してしまう。

相次ぐ悲劇に意気消沈する幸市だが、似奈の転落が事故ではなく事件なのではないかと考えるように。
其処で密かに真相を調べ始めた。

すると、似奈の事故以降に弥生の態度が不自然になっていることに気付く。
問い詰めたところ、弥生が似奈と揉めて階段で転落事故を起こしたことを聞き出す。
とはいえ、故意ではなく偶然なのだそうだ。
しかも、弥生はその場から逃げ出してしまったのである。

逆上する幸市であったが、弥生は似奈に原因があると主張する。
弥生は平行棒が得意なのだが、似奈が福井コーチと図り平行棒を強化していることを裏切りと感じたのだそうである。

指導を求めるならば両親に請えば良い。
どうして、わざわざ福井だったのか……疑問を抱いた幸市は彼を問い質す。

すると、福井は似奈に懇願されたからと事情を明かした。
しかも、弥生は勘違いしていたが平行棒ではなく苦手の床で高難易度の技を習得しようとしていたそうだ。
さらに、福井が何かを隠していると察した幸市が詰め寄ると、似奈が階段から転落した日も練習を行っており直前に転倒事故を起こして居たことが分かった。

つまり、似奈は一度頭をぶつけて不安定な状況で再度頭部に衝撃を受けたことになる。
だからこそ、意識不明に至ったのだ。
福井は責任を問われることを怖れ隠していたのだ。

それにしても……どうして似奈は苦手の床で高難易度の技に挑もうとしたのか!?
幸市は似奈が雪人に想いを寄せていたことを思い出し、彼を問い質す。

これに雪人は真相を語り出した。
実は雪人は別のクラブチームの指導者の息子であった。
言わば、幸市たちとはライバル同士だったのだ。
雪人は父が余命幾許も無いことを知るとどうしても勝たせたいと考え、妨害する為に幸市のクラブチームに潜り込んだ。
そして、幸市の吊り輪に工作したのだ。

しかし、幸市は恐怖心を抱いたものの怪我も無く健在。
其処で、次なる工作を仕掛けようとしたところを似奈に目撃されてしまった。

雪人を愛する似奈は彼を説得。
これに雪人が「似奈が床で高難易度の技を出来るようになれば考える」と応じた為に、似奈が無理をすることとなったのだ。

罪を悔いていると語る雪人。
彼の父は数日前に死亡してしまっていた。
今更、幸市と対立する理由を失ってしまったと言う。
幸市は彼を許すと共に、ある決意を抱えて選考会に出場する。

選考会当日、幸市は一命を懸けて成功したことの無い新技に挑む。
其処には似奈の回復や皆の前途を祈る気持ちが込められていた。
そして、幸市は高く飛んだ。

【現在】

あれから数年が経過した。
私は亡き息子・幸市と思ってそっと涙する。
あの日、幸市はこれまでにない美しさで新技を披露した。
そして、無理を犯した代償に落命したのである。

莉代と奏午は彼らの兄を讃えていた。
2人は生まれて来る筈だった美羽の下に出来た子供である。
だから、莉代(四)、奏午(五)と名付けた。

幸市の死後、似奈は劇的な回復を遂げた。
まるで、幸市の生命を吸ったかのような回復ぶりであった。
そして、そんな似奈を傍らで支えたのが雪人だ。
今では、雪人は似奈を結婚し暮らしている。

だが、その雪人本人こそが全ての元凶であると知らされたとき、私は冷静ではいられなかった。
だから、幸市の名を聞くたびに思い起こすのは彼への憎しみだ。
この想いは生涯絶えることは無いだろう。

それにしても、あのときの幸市は何を願って飛んだのか!?
それだけが不思議でならない―――エンド。

◆関連過去記事
『いなくなった私へ』(辻堂ゆめ著、宝島社刊)ネタバレ書評(レビュー)

「コーイチは、高く飛んだ (『このミス』大賞シリーズ)」です!!
コーイチは、高く飛んだ (『このミス』大賞シリーズ)



「いなくなった私へ (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)」です!!
いなくなった私へ (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)



◆「このミステリーがすごい!」関連書籍はこちら。
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2016年04月30日

『恋人たちの汀』(倉知淳著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.75 FEBRUARY 2016』掲載)

『恋人たちの汀』(倉知淳著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.75 FEBRUARY 2016』掲載)ネタバレ書評(レビュー)です。

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

叔父を殺した劇団の演出家。恋人と企てたアリバイ工作は上手く行ったように見えたが、死神めいた風貌の刑事が現れ……
(東京創元社公式HPより)


<感想>

「乙姫警部シリーズ」の1作。
シリーズには『運命の銀輪』や『皇帝と拳銃と』があり、本作『恋人たちの汀』はその第3弾となります。

本シリーズの特徴は「倒叙ミステリ」であること。 
「倒叙ミステリ」とは「刑事コロンボ」や「古畑任三郎」などで知られる「先に犯人による完璧と思われる犯行が描かれ、これに刑事や探偵が挑み、その瑕疵を暴く」もの。
最近だと、深水黎一郎先生『秋は刺殺。夕陽のさして血の端いと近うなりたるに』などがありますね。

『秋は刺殺。夕陽のさして血の端いと近うなりたるに』(深水黎一郎著、講談社刊『メフィスト 2015vol2』掲載)ネタバレ書評(レビュー)

『恋人たちの汀』では劇団演出家の間宮が黒瀬を殺害。
その後、恋人・美凪と共にアリバイを作ることに。
これに乙姫警部が挑みます。

ポイントは「どうやって乙姫警部が間宮が犯行現場に居たことを証明した」か。
さて、乙姫警部は如何にしてこれを証明したのか!?
キーワードは「消臭剤」と「劇団チラシ」。
此の伏線が凝っていて再読にも耐えうる作品だと感じました。

正直、下記のあらすじでは明らかに本作を表現し切れていません。
興味を持たれた方は倉知先生の緩急自在ぶりを味わう為に本作それ自体を読むべし!!
こうなると、猫丸先輩の新作も読みたいぞ!!

<ネタバレあらすじ>

登場人物一覧:
乙姫警部:死神のような容貌の警部
間宮:劇団の演出家
美凪:劇団が誇る女優
黒瀬:間宮の伯父、金貸しをしている


劇団の演出家である間宮は母方の伯父・黒瀬に呼び出され、彼の家を訪れていた。
とはいえ、黒瀬は間宮を呼び出しておいてスプレー式の消臭剤を噴霧することに忙しない。
これは黒瀬の癖であった。
来客の前だろうと何だろうと黒瀬は徹底的に消臭剤を撒き散らすのだ。
四角い部屋であれば中央から四隅まで余すところなく散布しなければ気が済まないらしい。

応接間のテーブルの前でひとしきりそんな黒瀬を眺めていた間宮。
暫くして、ようやく思い出したように黒瀬が戻って来た。
その手には、何故か間宮の劇団の新規公演のチラシが握られている。
チラシ自体は間宮が黒瀬に届けたもので不思議はない。
確か20枚ほど渡した筈だが手にしているのは1枚きりだ、残りは何処かに放置しているのだろう。
不思議なのは黒瀬がそれを持ち出して来たことだ。
以前、間宮は黒瀬を公演に招待したことがあったが黒瀬は全く理解を示さなかった。
どうやら興味が無いようだ。
そんな黒瀬がどうしてチラシを持って来るのだろうか。

黒瀬はそんな間宮の疑問を意に介さず、テーブルの上にチラシを置いた。
そして、次に発した黒瀬の言葉は間宮を驚かせるに充分であった。

「この女を寄越せ」

黒瀬はそう口にしたのだ。
その視線の先にはチラシの中央で微笑む劇団の看板女優・美凪が居た。
黒瀬は美凪を愛人にしたいと言い出したのだ。
演出家である間宮の口添えがあれば美凪も断り切れないだろうと考えているようだ。

黒瀬の要求は間宮にとって言語道断であった。
もちろん、本人の意志を無視していることもそうだが、美凪は間宮の恋人だったからである。

やんわりと拒否した間宮。
しかし、黒瀬は強引であった。
もしも、要求が通らなければこれまでに貸した金を返せと主張したのである。

これまた間宮にとっては青天の霹靂であった。
確かに黒瀬には資金面で世話になっていた。
だが、それは伯父と甥の仲で返さなくともよいと約束していたからである。
しかし、黒瀬は借用書まで持ち出し間宮に迫った。

もはや、間宮に出来ることは限られていた。
気付けば間宮は黒瀬を殺害していた。

凶器は黒瀬のコレクションの短刀だ。
前方から刺し、後方へ回り込むと改めて深々と貫いた。
おかげで返り血を浴びずには済んだが、テーブルは血塗れになってしまった。

我に返った間宮は事態への対処を迫られることとなった。
間宮が訪問した事実を知る者はいない。
痕跡を消せば逃げ切れる筈であった。

まず、借用書を処分することにした。
次いで、間宮はテーブルの上のチラシに気付いた。
これを残しておけば劇団関係者の犯行だと分かってしまう。
間宮は血に濡れたソレをそっと回収した。
残るはアリバイだ。
間宮は美凪に連絡を入れることにした。

そして、事件が発覚した―――。
捜査に乗り出したのは死神の容貌を持つ男・乙姫警部である。

乙姫警部は黒瀬の唯一の親族であった間宮に目を付ける。
しかし、間宮には死亡推定時刻に美凪と共にレストランで食事をしていたとの鉄壁のアリバイがあったのだ。

このアリバイ、もちろん間宮のトリックだ。
あの後、間宮は美凪に連絡を入れるや誤って黒瀬を殺害してしまったと説明すると適当な男を誘ってレストランで食事をするように指示をした。
この際、従業員が男性ばかりの店を選ぶように指定した。

これは図に当たった。
美凪の美貌に目を惹かれた従業員は同行していた男性には目も留めなかったのだ。
結果、美凪が男性と食事をしたとの事実が残されたのである。
美凪が相手を間宮だと主張する限り、これを覆せる事実はない。

一方、乙姫警部は黒瀬の奇妙な癖を聞き込んでいた。
さらに、犯行現場のテーブルに出来たA4サイズのスペースに注目した。
そう、間宮がチラシを持ち去った為にそのスペースが生じてしまったのである。

乙姫警部は間宮の周辺を調べ、美凪と恋仲であると突き止めた。
しかも、レストランの従業員に面通しを行い、美凪についての記憶はあるが同行していた男性については確認されていない事実も突き止めた。

そして、乙姫警部は現場である検査を行う。
これにより自身の推測と合致する証拠を手にした乙姫警部は間宮を呼び出した。

呼び出された間宮に対し、乙姫警部は「あなたが犯人です」と指摘する。

まず、テーブルにはA4サイズの何かが置かれていたことが分かっている。
だが、捜査が始まった時点でこの何かは消えていた。
つまり、犯人が持ち去ったことになる。
それは犯人にとって不都合な物だったに違いない。

これは何だったのか?
その正体を乙姫警部は突き止めたのだ。

検査の内容について語り出す乙姫警部。
それは消臭剤の痕跡を見出す検査であった。

黒瀬には消臭剤を撒く癖があった。
あの日も撒いていたことは床やテーブルから確認が取れている。
それは万遍なく撒かれていたが、ただ一箇所だけ検出されない箇所があった。

乙姫警部が指差した先にあったのは劇団のチラシの束である。
チラシは20枚を束でまとめて渡していた。
黒瀬は消臭剤を撒いた後で、その1番上にあった1枚を無造作に掴んでテーブルに持って来たのだ。
これにより其処だけ消臭剤が付着しなかったのである。

残されたチラシのサイズはA4であった。
すなわち、その1番上に置かれていた筈のチラシも同じくA4である。
テーブルから消えた物の正体はコレしかない。

犯人が持ち去った品の正体は劇団のチラシであった。
そして、これに繋がる関係者は間宮しか居ないのである。

乙姫警部は間宮に告げる。
間宮が犯人だとすればアリバイを証言した美凪も共犯者になる、と。

この瞬間、間宮は罪を認めざるを得ないことを悟った。
乙姫警部の言葉は「間宮が此の場で犯行を認めない限り、事態が長引けば美凪にも嫌疑が向かうぞ」と暗に示していた。
間宮にとって美凪だけは巻き込むワケには行かない。
何しろ、彼女を守る為の犯行である。
間宮は美凪を守るべく乙姫警部に首を垂れるのであった―――エンド。

◆倉知淳先生関連過去記事
【ネタバレ書評(レビュー)】
『壺中の天国』(倉知淳著、東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)

『シュークリーム・パニック 生チョコレート』(倉知淳著、講談社刊)ネタバレ書評(レビュー)

『シュークリーム・パニック Wクリーム』(倉知淳著、講談社刊)ネタバレ書評(レビュー)

『片桐大三郎とXYZの悲劇』(倉知淳著、文藝春秋社刊)ネタバレ書評(レビュー)

【その他】
倉知淳さんの「猫丸先輩」が舞台化!!

倉知淳先生の作品集「なぎなた」&「こめぐら」は東京創元社さんより9月30日発売!!

倉知淳先生短編集が講談社さんより2013年10月発売予定!!

倉知淳先生、短編集はよもやの2ヶ月連続刊行予定!!2013年10月『シュークリーム・パニック 金(仮)』に『銀』が続く!?

『恋人たちの汀』が掲載された「ミステリーズ! vol.75」です!!
ミステリーズ! vol.75



キンドル版「片桐大三郎とXYZの悲劇 (文春e-book)」です!!
片桐大三郎とXYZの悲劇 (文春e-book)



キンドル版「星降り山荘の殺人 (講談社文庫)」です!!
星降り山荘の殺人 (講談社文庫)

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2016年04月28日

『東京帝大叡古教授』(門井慶喜著、小学館刊)

『東京帝大叡古教授』(門井慶喜著、小学館刊)ネタバレ書評(レビュー)です!!

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

日本初!文系の天才博士が事件を解決!
それでも地球は動いている。――こう語ったイタリアの科学者の名前を冠した大ヒットシリーズがある。ミステリーの主人公には、かように天才物理学者や、天才数学者がしばしば登場する。たしかに、理系の天才は見えやすい。
しかしながら、天才は文系にも存在している。
中世の修道院を舞台にしたミステリー『薔薇の名前』で知られる哲学者ウンベルト・エーコなど、その一人であろう。
この物語は、そんな文系の天才が登場するミステリーである。
物語の主人公・宇野辺叡古(うのべえーこ)は、東京帝国大学法科大学の教授である。大著『日本政治史之研究』で知られる彼は、法律・政治などの社会科学にとどまらず、語学・文学・史学など人文科学にも通じる“知の巨人”である。
その知の巨人が、連続殺人事件に遭遇する。
時代は明治。殺されたのは帝大の教授たち。事件の背景には、生まれたばかりの近代国家「日本」が抱えた悩ましい政治の火種があった。

他を圧倒する「知の巨人」が開示していく事件の真相は、まさに予測不能。ラストは鳥肌モノ!!
第153回直木賞候補作、早くも文庫化!
(小学館公式HPより)


<感想>

あらすじにある大ヒットシリーズとは東野圭吾先生『ガリレオ』のことですね。
ただ、どちらかと言うと本作は山田風太郎先生『明治断頭台』(角川書店、筑摩書房刊)に近い印象。

そんな本作は衒学的な遊びに満ちている点が特徴。
何しろ、宇野辺叡古自身が『薔薇の名前』の著者ウンベルト・エーコのもじりですし。
他にも、思わぬ形で登場する偉人たちには日本史に詳しい読者ならばニヤリとしてしまうに違いありません。
例えば、徳富蘇峰、原敬、夏目漱石ら偉人が多々登場。
そして、語り手である阿蘇藤太の意外な正体とは!?

なお、ネタバレあらすじはかなり改変しています。
興味のある方は本作それ自体を読むべし!!

<ネタバレあらすじ>

登場人物一覧:
宇野辺叡古:東京帝国大学法学部教授、「知の巨人」。
阿蘇藤太:宇野辺の助手だが、その正体は……。
高梨教授:七博士の1人、第1の被害者
鳥居教授:七博士の1人、第2の被害者
おはつ:おちかの母
おちか:おはつの娘
徳富蘇峰:宇野辺の親友、実在の人物
夏目金之助:後の夏目漱石
原敬:後の平民宰相
重光葵:後の外務大臣


時は明治時代、日露戦争に勝利した直後のことである。
大国に勝利したとの自信から国民は講和条約により得られる報酬の大きさに期待していた。
それは裏を返せば、それだけの犠牲を強いられた戦いであるとも言えた。
言わば、犠牲に見合う……いや、それ以上の代価を求めたのだ。
そんな風潮を後押しするように高梨教授、鳥居教授ら七博士が戦争を推進する言説で世を鼓舞していた。

そんなある日、1人の男性が彼の師である東京帝国大学法学部教授・宇野辺叡古との待ち合わせ場所に急いでいた。
ところが、待ち合わせ場所には叡古教授ではなく高梨教授……しかもその死体があったのである。

男性は駆け付けた警官の取調べを受けて慌てる羽目に。
後から現れた叡古教授は咄嗟に男性に阿蘇藤太との偽名を与えてその場を救う。
叡古教授は何者かに罠に嵌められたことに気付き、男性を巻き込まないようにしたのだ。
こうして、男性は阿蘇藤太として暮らすこととなった。

一方、事件は瞬く間に知られることとなった。
叡古教授が高梨教授に対し異を唱える立場にあったことや、生前の高梨教授が「叡古に殺される」と洩らしていたことから容疑は叡古教授へと向かうことに。

この事態に、宇野辺の親友であり「國民新聞」を主宰する徳富蘇峰は胸を痛める。
蘇峰もまた叡古と同じく世情に不安を抱く1人、言わば同志である叡古の危機は捨て置けないものだったのだ。

矢先、今度は鳥居教授が殺害されてしまう。
この容疑は夏目金之助(後の夏目漱石)に向かうことに。
叡古教授は夏目金之助を庇いつつ、濡れ衣を晴らす為に真犯人探しに乗り出す。

続いて、さらに七博士が殺害され被害者は3人に。

そんな中、叡古教授はおはつとおちかの母娘に出会う。
実は事件の実行犯はおはつの息子たちであった。
だが、何者かに依頼されたらしい。
つまり、黒幕が存在するのだ。
おちかによれば、その黒幕は原敬なのだそうだが……。

一方、七博士が3人まで殺害されたことで推進派の勢いが落ち込むかと思いきや、逆に勢いづく事態に発展。
人々は鳥居教授らの死を惜しむと、これと対立していた運動家たちを批難し始めたのである。
結果、「國民新聞社」が暴徒の襲撃を受けることに。
叡古教授と阿蘇らは徳富蘇峰と共にこれを撃退する。

こうして難を逃れた叡古教授は関係者を呼び集めると「犯人を告発する」と宣言する。
ところが、叡古教授が挙げた名は友人である筈の徳富蘇峰であった。
叡古教授によれば、徳富蘇峰は「七博士を殺害し見せしめを作ること推進派の勢いを削ごう」と考えたのだ。
其処で原敬を騙り、おちかに犯行を依頼したのだ。
この犯行を原敬によるものに偽装することで、危険視していた原を排除するつもりだったようだ。
まさに「一石二鳥」である。

これを認める徳富蘇峰だが、1点だけ異なると主張する。
実際に殺害するつもりは無かったのだそうだ。
あくまで事件を演出するつもりだったのである。
ところが、何者かが途中から便乗し、おちかたちを操り犯行に及ばせたのだ。

何やら深い溜息を洩らす叡古教授。
それから数日後、叡古教授は阿蘇を伴い陛下との謁見の場を設けた。

叡古教授は真犯人について語り出す。
計画を立てたのは徳富蘇峰だが、その計画に便乗した真犯人とは……なんと第2の被害者である鳥居教授であった。
鳥居教授は徳富蘇峰の計画を知り、逆に推進派の起爆剤になり得ると考えた。
其処で実際の犯行に及ぶようにおちかたちを誘導したのだが……ただ1つだけ誤算があった。
鳥居教授自身を標的から外すように言い含めていたのだが、上手く伝わっていなかったのだ。
結果として、鳥居教授は2番目に命を落とすこととなってしまった。

これを聞かれた陛下は「以後、このようなことがないように」と周囲に厳命されるのであった。
また、立ち会った阿蘇は叡古教授が自身の為に此の場を用意したと悟り、今後も奮闘することを誓う。
そんな阿蘇の本名こそ重光葵、後に第二次大戦で敗れた日本を支える外務大臣その人であった―――エンド。

文庫版「東京帝大叡古教授 (小学館文庫 か 44-1)」です!!
東京帝大叡古教授 (小学館文庫 か 44-1)



キンドル版「東京帝大叡古教授」です!!
東京帝大叡古教授



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明治断頭台 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)

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