2016年04月06日

『図書館の殺人』(青崎有吾著、東京創元社刊)

『図書館の殺人』(青崎有吾著、東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)です。

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

期末試験中のどこか落ち着かない、ざわついた雰囲気の風ヶ丘高校。試験勉強をしようと学校最寄りの風ヶ丘図書館に向かった袴田柚乃は、殺人事件捜査のアドバイザーとして、警察と一緒にいる裏染天馬と出会う。男子大学生が閉館後の図書館内で殺害された事件らしいけど、試験中にこんなことをしていていいの? 閉館後に、山田風太郎の『人間臨終図巻』で撲殺された被害者は、なんとなんと、二つの奇妙なダイイングメッセージを残していた……。“若き平成のエラリー・クイーン”が満を持して贈る第三長編。
“館”の舞台は図書館、そしてダイイングメッセージもの!
(東京創元社公式HPより)


<感想>

「裏染シリーズ」長編第3弾です。
すなわち『体育館の殺人』『水族館の殺人』に続く第3の館になります。
ちなみに、シリーズには短編集『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』もあります。

そんな本作。
第3弾にして、さらにロジックが強調された印象です。
これは本格ファンには堪らない作品となっているのではないでしょうか。

一方で、ストーリー性も強化。
物語ラストに登場する淡木雪海、その正体とは!?

いろいろと気になる点も多いシリーズ最新作(2016年1月時点)となっています。

なお、あらすじはまとめ易いように改変しています。
特に本作は論理的な伏線が肝要となっています。
本作に興味をお持ちの方は本作それ自体を読むべし!!

<ネタバレあらすじ>

裏染天馬:主人公
袴田柚乃:ヒロイン
久我山卓:図書館司書
城峰有紗:恭介の従姉妹、文学少女
城峰恭介:有紗の従兄弟、大学生
城峰美世子:恭介の母、犯人
淡木雪海:???


城峰恭介が図書館で殺害された。
死因は山田風太郎著『人間臨終図巻』による撲殺であった。
恭介は死の直前に2つのダイイングメッセージを残していた。
1つは「指差した書籍の登場人物・クガヤマ」、もう1つは「血文字のく」だ。

現場の図書館には久我山卓なる男性職員が勤務しており、ダイイングメッセージが正しければ彼の犯行が疑われるのだが……。

恭介の従姉妹・有紗によれば生前の恭介は森朝深零著『鍵の国星』に興味を持っていたようだ。
それもその筈、実は『鍵の国星』の作者は有紗だったのだ。
恭介は有紗と共に作った自主製作本『鍵の国星』を図書館に並べて密かに観察することを楽しんでいたのである。

この恭介殺害事件解決に裏染が乗り出した。
裏染は恭介の死亡時の状況から「クガヤマ」が偽のダイイングメッセージであると断定。
凶器である『人間臨終図巻』が恭介の視界を塞ぐ為に「クガヤマ」を直視することが出来なかったのだ。
当然、それを指差すことは物理的に不可能だ。

これから「く」こそが真のダイイングメッセージであると結論付ける。
裏染はそれが「母」と書きかけて絶命したものと説明。
それにより指し示された犯人は美世子であると告発した。

こうして、美世子が逮捕された。
美世子によれば『鍵の国星』を図書館に並べていた恭介を許せなかったらしい。

事の顛末を見届けた有紗はそっと裏染にダイイングメッセージの真の意味を問う。
「く」こそが犯人を示していた。
それは『鍵の国星』の犯人である被害者の母親の頭文字だったのだ。
奇しくも、『鍵の国星』が犯人を示していたのである。

一方、柚乃は裏染に関する新事実を手にしていた。
裏染には過去に愛する人が居たらしいのだ。
その名は淡木雪海とのことだが―――エンド。

◆関連過去記事
『体育館の殺人』(青崎有吾著、東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)

『水族館の殺人』(青崎有吾著、東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)

『針宮理恵子のサードインパクト』(青崎有吾著、東京創元社刊『ミステリーズ!vol.60』掲載)ネタバレ書評(レビュー)

青崎有吾先生、裏染シリーズ短編集『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』が刊行!!裏染版『五十円玉二十枚の謎』になるか!?

「第22回鮎川哲也賞」決定!!栄冠は青崎有吾先生『体育館の殺人』に!!

「図書館の殺人」です!!
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2016年04月05日

『陰の季節』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『陰の季節』収録)

『陰の季節』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『陰の季節』収録)ネタバレ書評(レビュー)です。

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

天下りなどの人事問題に真っ正面から取り組んで、選考委員の激賞を浴びた松本清張賞受賞作ほかテレビドラマ化されたD県警シリーズ

警察一家の要となる人事担当の二渡真治は、天下り先ポストに固執する大物OBの説得にあたる。にべもなく撥ねつけられた二渡が周囲を探るうち、ある未解決事件が浮かび上がってきた……。「まったく新しい警察小説の誕生!」と選考委員の激賞を浴びた第5回松本清張賞受賞作を表題作とするD県警シリーズ第1弾。解説・北上次郎
(文藝春秋社公式HPより)


<感想>

横山秀夫先生による「D県警シリーズ」第1弾。
「D県警シリーズ」は架空の「D県警」を舞台に其処で働く人々が関わる事件とその真相を描いたシリーズ作品。
シリーズ既刊には『陰の季節』の他に『顔 FACE』『64』が存在しており、共通の世界観を保持しています。
また、未収録作品として『刑事の勲章』も存在しています。
いずれも視点人物が異なるものの、二渡が共通して登場している点がポイントです。

『黒い線』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『陰の季節』収録)ネタバレ書評(レビュー)

『64』(横山秀夫著、文藝春秋社刊)ネタバレ書評(レビュー)

本作『陰の季節』は短編集となっており表題作『陰の季節』の他に『地の声』『黒い線』『鞄』など合わせて4作が収録されている。
特に表題作でもある本作『陰の季節』は第5回松本清張賞受賞作となっています。

ちなみに『陰の季節』は「何故、尾坂部が退任しないのか?」に基づく「ホワイダニット」作品。
その陰に潜む事情と残酷な結末は必読です!!
また、「傍聞き」が意外な効果を示しているのもポイントです。

なお、ネタバレあらすじはかなり改変しています。
興味のある方は本作それ自体を読むべし!!

<ネタバレあらすじ>

登場人物一覧:

二渡真治:警務部警務課に所属する警視
尾坂部:元刑事部長、現在は産業廃棄物不法投棄監視センター専務理事
前島:刑事課長、二渡とは親友の間柄
恵:尾坂部の娘
青木:尾坂部の運転手


二渡真治は警務部警務課の警視、同期の中では出世頭だ。

そんな二渡の頭を悩ませる事態が出来した。
なんと、3年の約束で「産業廃棄物不法投棄監視センター専務理事」の職に送り出した尾坂部が約束の期間を過ぎても居座る素振りを見せたのである。
既に後任が決まっている。
今更、「嫌だ」はあり得ない事態であった。

尾坂部は叩き上げで刑事部長にまでのし上がったD県警の伝説。
また、それに相応しいキャリアの持ち主でもあった。
これまでに未解決となったのは暴行事件ともう1つ、僅かに2件のみだ。

その尾坂部が輝かしいキャリアの最期に自ら汚点を残そうとしている。
尾坂部の娘・恵の結婚も近くに控えており、新婦の父として今になってその座を惜しんだのか?
だが、二渡にはどうしてもそうは思えなかった……。

尾坂部の狙いを把握すべく「産業廃棄物不法投棄監視センター」を訪れた二渡。
ところが、当の尾坂部は留守であった。
何でも尾坂部は此処半年ほど頻繁にセンターの車で出かけるようになったらしい。
壁を見れば周辺地図と共に実際に足を運んだと思われる場所にチェックが入っていた。
それは市内を縦横無尽に走っていた。

異動はすぐ其処に迫っており猶予は殆どない。
焦る二渡は何とか尾坂部へ接触しようと試みるが、尾坂部の態度は冷ややかなものである。

一縷の望みを抱いて尾坂部を良く知る前島に助言を求める二渡。
前島は二渡の同期にして現刑事課長、尾坂部とは元上司と部下の関係にあたる。
上手く行けば何かのヒントが得られるはずであった。

二渡の来訪に驚きつつも、これに応じた前島。
尾坂部の人柄について問うと「犯人は現場に戻らない」を信条にしていたらしい。
通説では「犯人はその後の捜査が気になって現場に戻る」とされているが、実際は全く逆なのだそうだ。
事実、尾坂部はこの信条に基づき伝説とまで称される存在となったのである。

結局、確たる情報を得られなかった二渡。
だが、尾坂部の未解決事件の被害者に、彼の娘・恵の名を目にしてある可能性を思い至る。

もしかして、尾坂部は嫁ぐ娘の為にこの事件を解決しようとしているのではないか?
だが、尾坂部は車を運転出来ない。
其処でセンターの運転手である青木に協力を求め、密かに捜査を続けているのではないか……。

翌日、二渡は思い切ってこの疑惑を尾坂部へぶつけてみた。
尾坂部は二渡に青木の車に同乗するよう促すと、彼を前に暴行事件について語るよう迫る。
戸惑いながらも二渡はこれに応じた。
緊迫した雰囲気を察したのか青木の咽喉が大きく鳴る、気のせいか青木の白髪頭が細かく震えているようだ。
そんな2人を嘲笑うかのように尾坂部は二渡の推測が的中していることを認めた。
ただし、それには予想外の続きがあった。

なんと「既に目星を付けている」と述べたのだ。
しかも「犯人の遺留品として髪の毛があり、逮捕も直だ」と断言したのである。

そんな話を聞いていなかった二渡は大混乱。
慌てて前島に確認してみることに。
すると、前島はさらに意外な返答を寄越す。

前島によれば「確かにあった。だが、今はもうない」のだそうだ。
現場から採取されたのはたったの1本。
しかも、犯人の血液型を特定すべく粉砕してしまったので存在しないらしい。
また、その髪は白髪だったと言う。

それから数ヵ月が経過した。
結局、尾坂部は退任しなかった。
代わりに、後任に目されていた人物が辞退することで事態は解決を迎えた。
おそらく尾坂部が直接、後任と話を付けたのだと思われた。

そんなある日のこと、二渡はある新聞記事を目にして驚愕する。
其処には青木が自殺したと書かれていた。
この瞬間、二渡の中で全ての点が線で繋がった。

二渡は尾坂部のもとを訪れると真相を語り出した。

尾坂部が解決できなかった暴行事件。
すなわち、恵を襲った犯人は青木だったのだ。
偶然にも運転手としてやって来た青木と出会った尾坂部は彼の髪色から犯人ではないかと疑惑を抱いた。
さらに、意図的に青木が現場付近を避けて運転していたことに気付き、確信した。
「犯人は現場に戻らない」とのアレである。
しかし、証拠がない。
其処で尾坂部は青木に現場付近を走るように命じ、その様子をじっと窺っていたのだ。
何時か青木が精神的に屈し自白することに期待しながら。
だが、青木が自白するよりも早く任期切れが迫ってしまった。
だからこそ、尾坂部は居座ることに決めたのだ。
ところが、二渡が真相に迫ったことで計画を変更し、大胆な勝負に出た。
ありもしない証拠をあると述べ、より積極的に青木に圧力をかけたのだ。
結果、青木は耐え切れなくなり自殺したのであった―――エンド。

◆関連過去記事
【横山秀夫先生著作記事】
『黒い線』(横山秀夫著、文藝春秋社刊『陰の季節』収録)ネタバレ書評(レビュー)

『64』(横山秀夫著、文藝春秋社刊)ネタバレ書評(レビュー)

【ドラマ関連】
土曜ドラマ「64(ロクヨン)」第1話「窓」(4月18日、4月24日)ネタバレ批評(レビュー)

土曜ドラマ「64(ロクヨン)」第2話「声」(4月25日、5月1日)ネタバレ批評(レビュー)

土曜ドラマ「64(ロクヨン)」第3話「首」(5月2日、5月8日放送)ネタバレ批評(レビュー)

土曜ドラマ「64(ロクヨン)」第4話「顔」(5月9日、5月15日放送)ネタバレ批評(レビュー)

水曜ミステリー9「横山秀夫特別企画 永遠の時効 謎の数列29、41、51は無意識の自白調書!2つの完全犯罪とオンナの嘘を暴く逆転の取り調べ!」(6月25日放送)ネタバレ批評(レビュー)

日曜洋画劇場「特別企画 臨場 劇場版 話題作!!テレビ初放送 大ヒットドラマ遂に映画化!!型破り検視官倉石が挑む最大の事件」(6月9日放送)ネタバレ批評(レビュー)

【その他】
横山秀夫先生、前橋でのトークショーにて小説観を語る!!

横山秀夫先生7年ぶりの新作『64』、文藝春秋社より2012年10月27日発売決定!!

【速報】横山秀夫先生『臨場』が映画化決定!!キャストはドラマ版と同じ!!

「横山秀夫サスペンス」DVD-BOX、2010年10月27日発売!!

横山秀夫先生『64』(文藝春秋社刊)が続々実写化!!まずは2015年4月に連続ドラマ化、次いで2016年に映画化とのこと!!

「陰の季節 (文春文庫)」です!!
陰の季節 (文春文庫)



キンドル版「陰の季節 D県警シリーズ」です!!
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顔 FACE



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刑事の勲章 D県警シリーズ (文春e-Books)

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2016年04月02日

『ヒーロー基金』(深緑野分著、新潮社刊『小説新潮 2016年2月号』掲載)

『ヒーロー基金』(深緑野分著、新潮社刊『小説新潮 2016年2月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)です!!

ネタバレあります、注意!!

<あらすじ>

――晴れた日の公園に現れた変てこな老婆。平和な景色が色を変えて――
(新潮社公式HPより)


<感想>

のどかな公園から始まる物語は紆余曲折を経てヒーロー譚へと話を変えることに。
それが本作です。

とはいえ、本作はヒーロー譚であると同時にその悲哀を描いたものでもあります。
作中で老婦人が受けた仕打ちはヒーローである彼が受けたソレと同じでしょう。
そして、ヒーローと言えど人は人。
如何に強固なメンタルを誇ろうとも何処かに負担がかかっていることも匂わせています。
同時にそんなヒーローを酷使せざるを得ない組織そのものにも社会の縮図が見て取れるようです。

また、本作は展開により生ずる謎も面白い。

例えば、タコの怪物が登場し老婦人が思わせぶりな台詞を口にしたところでは「ひょっとして老婦人はヒーローのスカウトなのではないか?」と読者に思わせます。
ところが続いて、博士とソフィーが登場したところで「ひょっとして洗脳している?」と思いきやラストは意外な形に。
ただ、あれは一種の洗脳に近いのかもしれないところがありますよね。
そう考えると少し恐ろしくもあったり。

しかし、本作はそれも含めていろいろと考えさせる点が特徴。
是非、読んでみて欲しい作品。

ちなみにネタバレあらすじはかなり改変しています。
特に本作の特徴の1つに文章自体がある為に、興味のある方は本作それ自体を読むことをオススメします!!

<ネタバレあらすじ>

その日、私は公園のベンチで久しぶりの休日を満喫していた。
サンドイッチを片手にコーヒーを啜る、なんと甘美な事か!!
そんな私の視界に1人の老婦人が映り込む。

綿帽子のような髪型の老婦人は白い箱を両手に抱えつつ、何やら周囲の人々に声をかけて回っている。
どうやら、募金を集めているようだがこの内容が奮っていた。
老婦人は「ヒーロー募金」を募っていたのだ。

何やら奇異に感じつつも、これを視界から外そうとする私。
しかし、老婦人はそんな私の気も知らずベンチへと歩み寄って来た。

身構える私を意に介さず、老婦人は隣に腰かけていた美女に声をかけた。
美女はタブレットを触る手を止めると嫌そうな素振り1つ見せず、それが当たり前のことのように募金に協力していた。
むしろ「この間の夜は痴漢から助けて貰っちゃいまして」とまで応じていたほどだ。

私はその光景に何かのドッキリを思い起こさずにはいられなかった。
慌ててベンチを立つとその場を逃げ去る私。
すると、そんな私を老婦人が呼び止めた。

「ゴミをきちんと捨てないとトラッシュ・マンがやって来るよ!!」
老婦人に指摘されてベンチを振り返ると其処には食べかけのサンドイッチが残されていた。
どうやら、狼狽のあまりに置き忘れてしまったようだ。
私は慌ててそれを手に取るとトレンチコートを翻しその場を逃げ出した。
それにしても……トラッシュ・マン(ゴミ男)とは冗談にしても何というネーミングだろう!!

その後も、老婦人は公園内で募金を続けていた。
これに「いつもお世話になっています」とニコヤカに応じる夫妻。
その一方で「恥を知れ!!」と罵ると老婦人に唾を吐きかける男性も居た。

どうしたことか老婦人が気になって仕方がない私。
そんな私に気付いたのか、老婦人がツカツカと歩み寄って来た。
そして言う、「あなたはヴィラン(悪役)なの?」と。

あまりのことに言葉を失う私に老婦人は重ねて言葉をかけて来た。
「だって、ヒーローに対して寄付をしようともしないなんて」と。

ドッキリでもなく真剣な様子の老婦人に私はおそるおそる問いかけてみた。
「ヒーロー基金とはなんですか」と。

今度は老夫人が言葉を失う番であった。
老婦人は目の前の私を信じられないと言った様子であったが、やがて説明を始めた。

ヒーローとはそのものズバリ正義感から人々を救う存在のこと。
だが、彼らはその仕事柄怪我が絶えない。
そんな彼らを金銭面で支援する為の募金を募っているのだそうだ。
そしてヴィランとはその名の通りヒーローの天敵のことらしい。
だが、老婦人に唾を吐きかけた人物はヒーローとヴィランの戦いに巻き込まれ命を落とした人物の遺族だそうである。

どれが真実でどれが嘘なのか、私が困惑し始めたそのとき、1人の男が老婦人に声をかけた。
とはいえ、男には募金をするつもりはないらしい。
むしろ、募金箱を寄越せと迫って来た……強盗だ。

気付けば、私の身体が自然に動き老婦人を庇っていた。
それでも男は私へ掴みかかろうとして……不意に宙に浮いた。
いや、その背後には大きなタコの怪物が控えていた。
男は浮いているのではなく、タコの怪物に身体を抱えられていたのだ。
驚く暇もなく男はタコの怪物に呑み込まれてしまった。

「あれがヴィランよ!!」
叫ぶ老婦人を連れて慌てて逃げ出した私。
その間も公園に居た人々は次々とタコの怪物に喰われて行く。

その様子を見ていた私の身体が不意に熱くなった。
「あなたになら出来るかしら?」私に向けて微笑みかける老婦人。
その意味を考えることもなく私はタコの怪物に向けて走り出した。
トレンチコートがたなびき、身体が宙に浮かぶ!!

次に気付いたとき、其処は研究所であった。

「気分はどうだいサム?」
問いかけて来たのは博士である。
その隣には助手のソフィーがタブレットを手に立っている、相変わらず美人だ。

自分の置かれた状況が咄嗟に理解出来ず戸惑っていた私だが、少しずつ思い出した。
私の名はサム、そしてヒーロー名はトレンチ・コートマンだ。
今日はこの研究所に何かの用でやって来たのだが、それが何かまでは思い出せなかった。

私は博士に礼を述べるとその場を後にした。
ただ、室内あった綿帽子のような髪型のマスコットが妙に印象に残った。

サムが去った室内、残された博士とソフィーは今回の研究成果について語り合っていた。
実は公園での出来事はすべてプログラムであった。
サムはヴィランを倒した際に市民を巻き添えにしてしまったことを気に病み、ヒーローを辞めたいと訴えていた。
其処でこの精神安定プログラム「ヒーロー募金」の被験者となったのである。

登場した美女はソフィーの投影。
老婦人に唾を吐きかけていたのは彼が実際に会った被害者遺族の投影である。
タコの怪物はヴィランの投影だ。
そして、綿帽子の髪形をした老婦人こそ部屋に飾られたマスコットだったのだ。
サムは無意識に自身の正義をマスコットに託していたのだろう。

結果はまさに上々であった。
サムは明日からヒーローとしての活動を再開出来るだろう。
それはプログラムが示している。

この結果を以て他のヒーローたちのメンタルケアにも転用出来そうだ。
何しろ、「募金編」だけではなく様々なバージョンが用意されているのだから。

「それにしても意外だったのは……」
博士がソフィーに呟く。

シナリオこそ博士が用意したプログラムだが舞台そのものは被験者の深層心理が反映される。
つまり、サムは「公園でのどかな1日を過ごしたい」と強く望んでいたのだ。
どうやら、休暇を与える必要があることだけは認めざるを得ないようである―――エンド。

◆関連過去記事
『オーブランの少女』(深緑野分著、東京創元社刊「ミステリーズ vol.44」掲載)ネタバレ書評(レビュー)

『戦場のコックたち』(深緑野分著、東京創元社刊)ネタバレ書評(レビュー)

『迂闊な婦人の厄介な一日』(深緑野分著、新潮社刊『小説新潮 2015年2月号』掲載)ネタバレ書評(レビュー)

『ヒーロー基金』が掲載された「小説新潮 2016年 02 月号 [雑誌]」です!!
小説新潮 2016年 02 月号 [雑誌]



「戦場のコックたち」です!!
戦場のコックたち



キンドル版「戦場のコックたち」です!!
戦場のコックたち



「オーブランの少女 (ミステリ・フロンティア)」です!!
オーブランの少女 (ミステリ・フロンティア)



キンドル版「オーブランの少女 (ミステリ・フロンティア)」です!!
オーブランの少女 (ミステリ・フロンティア)

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